中国から来た日本文化の伝道者
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記事:wakiyama(ライティング・ゼミ日曜コース)
「今週の土曜日、『おおかみこどもの雨と雪』見に行きましょう。」
はじめましてから15分の会話で中国人留学生と一緒に映画を見に行くことになった。
彼の名前は李儒君だ。上海にある工業大学を卒業した後、日本に来日して2年間日本語学校に通った後、国立市にある大学院の経済学研究科に入学してきた中国人留学生である。
入学1年目の最初の学期、彼とは統計学のクラスで一緒だった。彼はいつも私の席の前に座っていた。後ろから見える彼のPCの壁紙は、なぜか1960年代ごろの日本映画のものだった。あとでこの壁紙が小津安二郎の『秋刀魚の味』で、映っているのが若い頃の岩下志摩であることを知って大変おどろいたことを覚えている。しかし、この時はそんなことよりもそれを壁紙にする彼に強くひかれた。何度も話しかけようと思ったのだが、結局、話しかけるのが、期末テストの時になってしまった。
期末テスト直後に、話しかけてみると最初は戸惑っていたが、すぐに映画の話題でもりあがった。彼とは馬が合い、いつまででも話続けられそうだったが、次のテストがあったために、週末に一緒に映画を見ることになったのだ。
当日、立川駅の映画館で『おおかみこどもの雨と雪』を見た後に、カフェでまた映画の話題でもりあがった。その時だ。自分が日本映画についてまだ全然知らないと気付いたのは。
儒君と話しているとちょくちょく1950年代や1980年代の映画の話題が出てきた。しかも、あまり名前を聞かない映画である。その時に話に出てきたのは、今村昌平の『楢山節考』や小津安二郎の『秋刀魚の味』である。今村昌平という名前の監督は、当時まったく知らなかったし、小津安二郎も『東京物語』しか知らなかった。
儒君は、この二つの作品を知らなかったことに驚き、絶対に見るべきだということで私を半強制的に彼の寮へと連れて行った。
そこで二つの作品を見て衝撃を受けた。特に、『楢山節考』(1983年版)のストーリー設定や結末には感銘を受けた。
『楢山節考』は姥捨て山伝説をモチーフとした作品であり、江戸時代ごろの山奥の寒村を舞台にしている。耕作地として恵まれず、気候的に非常に厳しいために、村全体の生存のために、3つ掟があった。その中の一つがこの映画のテーマである掟である。
齢70を迎えた老人は『楢山参り』に出なければならない。
これは70歳になったら、山奥に一人置き去りにされて死ななければならないという意味である。そしてこの物語の主人公のおりんの物語開始時の年齢が70歳となっている。
こんなに衝撃的でおもしろい映画が日本にあるのかと感動したのを覚えている。面白いだけでなく知的好奇心を高めてくれる。この映画がきっかけになって、日本の村社会に興味を持つようになり、日本の農村史や人類学の本をたくさん読みあさったりもした。
小津安二郎の『秋刀魚の味』は、映画の見方を変えた。ストーリー自体は単調であまり魅力を感じることはできなかったが、小道具の配置が美しく、映し出される映像ひとつひとつが絵のようになっていた。特に、ヤカンや電話器などの原色の小道具が美しく、インテリアで真似をしたくなるような気持ちにさせられた。
この二つの映画をきっかけに、今村昌平、黒澤明、小津安二郎、溝口健二、大島渚などの旧名作をかたっぱしから見るようになる。そこからどんどん日本映画に関する関心レパートリーが広がっていき、現代映画でも今まで関心がなかった岩井俊二や黒沢清などの作品も見るようになった。
儒君とは、その後も交流が続き、1週間に1度ぐらいの頻度で食事に行く仲になった。その後、日本のアニメ映画に関しても関心の分野が広がった。きっかけになったのは、『パーフェクトブルー』という映画である。
今まで日本のアニメはジブリぐらいしか見ていなかった。しかし、『パーフェクトブルー』はアニメとは思えないほどサイコホラーとしてよくできており、何回も繰り返しみてしまうほどおもしろかった。
『ブラックスワン』で有名のダーレン・アフロノスキー監督は、今敏監督の『パーフェクト・ブルー』から強い影響を受けていて、彼の作品ではたびたび『パーフェクト・ブルー』の映画シーンをそのまま実写化したようなシーンが出てくることが多々ある。
『パーフェクトブルー』によって日本アニメの新しい魅力に気づき、ジブリ以外の日本アニメ映画を見るようになった。
儒君との出会いは、日本映画、いや日本への関心を広げる起爆剤になった。今まで古い日本映画やアニメにはほとんど無関心だったし、日本の歴史にはもっと無関心であった。彼のおかげでそういったところにも自然と目がいくようになった。
訪日留学生と交流することは、今まで見ていなかった日本に目を向けるきっかけになるかもしれない。
訪日留学生の多くは、日本に関心があるから日本に来ている場合が多い。しかも、ふだん目を向けている場所も、我々と異なる場合が多い。
私と儒君との出会いがそうであったように、新しい日本を知り、自分の趣味を広げる絶好のチャンスになるかもしれない。
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