メディアグランプリ

おばあちゃんのハガキ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
髪、切りたい。
前に美容院に行ったのはいつだったろうか。昨日までは気にならなかった毛先も、気になり出したら突然ボサボサに見えてきた。やつれている。よく見たら白髪がぴょんと出ているではないか。前髪をかきあげたらもっと出てきた。うわぁ……。会社の化粧室で1人悲しいため息を漏らす。
 
今週末こそは美容院に行ってやる!
鏡の前でそう決意した矢先、携帯に連絡が入る。
「おばあちゃんが介護ベッドを使うことになったので、部屋の片付けを手伝ってください」
実家からの連絡だった。あぁ、今週も美容院には行けそうにない。せっかくの休みに片付けなんて面倒くさいな……。ガッカリしながら仕事に戻った。
 
祖母は90歳を過ぎている。筆まめな人で、昔から離れて暮らす孫の私によく手紙をくれた。書道の先生をしていたという祖母の字は子どもの私からみても達筆で、その流れる筆遣いに惚れ惚れとしたものである。ところが、ここ最近祖母から送られてくる手紙の様子がなんだかおかしい。
「この頃は目も悪くなり……」
と始まる文字は、よろよろと力なさげで、右へ左へふらふらとしているのだ。送られてきたばかりのハガキに目を落としながら、片付けなんて面倒くさいと思っていた気持ちを少し反省する。
 
そして迎えた週末。
先に実家に到着した妹夫婦から連絡が入る。
「お姉ちゃん、これはやばい。覚悟してきてください」
えぇ……。今からでも帰っていいかな。先に美容院に行こうかな。行きたくない気持ちがムクムク湧いてくる。私よ、面倒くさいとか思った自分を反省したんじゃなかったのか。いやでも、自分の家も片付いてないのに、何故実家の片付けをするのだ。やらねばならぬと思っていても、向かう足取りは重たくなる。あぁ、行きたくない。
 
「着きましたよぉ……」
不吉な予告に恐る恐る開けた扉の向こうは覚悟を一瞬で打ち砕くダンボールの山だった。
片付ける予定の部屋はもともと妹が使っていた部屋で、結婚して家を出てからもそのままにしていたから、それなりに荷物があるとは知っていた。しかし、なんだこの荷物の量は。同居する際に必要最低限のものをと運んでいたはずだったが、ここ数年であれもこれもと送り、この部屋に押し込んでいたらしい。薄暗くって、空気もよどんている気すらする。気合を入れねばこちらが飲み込まれそうだ。
 
結局、部屋を1つ片付けるのに大人3人で丸2日かかった。
 
最低限ベッドのスペースを確保。それだけを考えての片付けだったから、不要な物を運び出す以外は、端に荷物を寄せただけである。それでも部屋は見違えるほどスッキリした。
 
「みてみて、じゃじゃーん!」
すっかり日が傾いた頃、わざわざ足の悪い祖母を呼びつけて、片付けた部屋を見せびらかした。ピカピカになった部屋を見て、祖母は「まぁ、驚いた」と、にっこり孫たちの労をねぎらってくれた。スッキリした部屋は、なんだか前より明るくなったみたいだ。足取り軽く、それぞれの帰路に着いた。
 
私の髪もさっぱりした頃、祖母から一枚のハガキが届いた。
そこには無事に介護ベッドが設置してもらえたという報告と改めて部屋を片付けたことに対する感謝の言葉が綴られていた。電話でもいいのに、相変わらずまめである。
するすると最後まで読んで、おや? とまた始めから読み直す。
 
するする、するする。
 
まっすぐと、流れるような文字。シャキッと背筋の伸びた力強い筆遣い。
あれ? 字が綺麗になってる! 嬉しくなって、また始めから読む。うん、これが祖母の文字だ。
 
ただ部屋を片付けただけ。たったそれだけで見違えるように若返った祖母の文字に見惚れながら、「片付け」は「髪を切る」ようなものだと思った。部屋も顔も前と何も変わらないのに、まるで新しく生まれ変わったような気になる。これまでの悩みは苦労は捨て去って、素敵な未来だけが待っているに違いないと予感する。
 
散らかったものを整え、不要な物を処分する。ただそれだけのことだけれど、つい後回しにしてしまうもの。無視しているとずっと心のどこかに引っかかってしまう。軽やかに生きたいのなら、蔑ろにしてはいけないのだ。好きでも嫌いでも付き合っていくのなら、いつも整っている方がいい。
 
年老いた祖母が今、未来に何を思うのかは分からない。けれど、すっと背筋を伸ばして、このハガキを書いてくれたのだろうと思う。
 
「心機一転ガンバリます」
 
便りの最後はこう締めくくられていた。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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