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小さな魔女へのお取り置き


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:倉持加奈(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
この文章はフィクションです。
 
本棚の前に少女が座り込んでいた。
手にした箱の裏側を見つめている。
 
「お客様、なにかお悩みですか?」
「はい?」
 
振り向いた少女は、ズレた眼鏡を直しながら僕を見上げた。
おっとりとした表情をしていたが、慌てて立ち上がる。
 
「ご、ごめんなさい! 万引きとかじゃないです……!」
「疑ってませんよ。何をお考えなのか気になりまして」
「高いなって思ってただけで! 本当にごめんなさい……!」
「あ、その、お客さ……」
 
少女は箱を棚に戻し、足早に店から出て行く。
引止めようと思った手が行き場を失った。
 
視線を本棚に向け、何を持っていたのか確認する。
占いの道具らしく、綺麗で神秘的なイラストが箱に描いてあった。
星をモチーフにして作られたカードが入っているらしい。
 
「あの子には高いのか……」
 
手に取り、表紙を眺めた後に僕は箱の裏を確認した。
ハードカバーの書籍2冊分。
他のお客様に買われないよう、受付の中に保管しておく事にした。
 
ここはクノイスト。
元々は小さな村で、魔法使いが暮らしていたという伝承がある。
今では昔話で、自分たちの祖先が魔法を使っていたと信じる人はいない。
立派な都市へと発展し、隣国との貿易も盛んだ。
 
僕はフレディ。書店「シリウスフォルリー」で働いている。
店主はミラン・タスカー、隣国出身の曾祖父がこの地に作った書店を守っている。
 
「店主。子供にとって本2冊って、高いんでしょうか」
「急に妙な質問をするね。まぁ、物によるんじゃないかな」
「さっき女の子がこれを手にして、座り込んでいたんです」
 
僕は店主に少女が手にしていた箱を見せた。
興味を持ってもらえたのか、店主は受け取って箱の表と裏を眺める。
 
「こういうイラストが好きって人は多そうだね」
「値段で悩んでたみたいで……」
「値段? ああ、確かに子供にはちょっと高いかもね」
 
店主は箱に入っている説明書を出して表紙を開いた。
読書が好きな店主らしい、無意識の行動だろう。
普段は本を読んでいるのを覗いたりしないが、気になって店主の横に立った。
 
「ケフェウスに住んでる占星術師が『星々の言葉が届きますように』って願いを込めて作ったみたいだね」
「占星術ってあれですよね、ホロスコープ。表を用意して複雑な計算をすると聞いてます。カードを引くだけなら手軽ですね」
 
ケフェウスは国境を4つ越えた先にあり、天文学の先進国だ。星の位置を計算して占う占星術も主流なのだろう。
 
「フレディくん、そのお客様にお取り置きしてあげて」
 
店主は箱の中に説明書を戻し、僕に差し出しながらそう言った。
僕も保管しようと思っていた矢先のことで驚いていた。
意味が分かってないと受け取られたのか、店主は言葉を添えた。
 
「値段で迷ってたんだよね?」
「はい……」
「たぶんまた見に来るから。その時のために保管しておいてあげて」
 
僕は箱を受け取り、紙袋に入れて受付の棚に入れた。
店主は顔に手を添えて何かを考え込むように眉間に皺を寄せている。
そして「あ!」と声を上げた。
 
「フレディくん! そのお客様がいらっしゃった時に『占ってくれませんか』って言ってみて!」
「え?」
 
思い出せてすっきりしたと言いたげな笑みが満面に浮かんでいる。
店主は本棚の方へ向かい、1冊の本を手に戻ってきてそれを僕に差し出した。
 
「ここが以前、魔女の村だったっていう伝承を思い出したんだ」
「この国の昔話ですよね。ちゃんとは知らないですけど……」
「これ、けっこう分かりやすく書いてあるから読んでみて! たぶんだけど、その子は不思議な力を持ってるのかもしれない!」
「魔女の末裔ってことですか?」
「そうそう! 自分と相性のいい道具だって感知したけど、彼女にとっては値段が高くてすぐ買えなかったんだよ! だから絶対に、お金を用意して買いに来るはず!」
「なるほど……」
「今の時代、不思議な力の話はしにくいし、信じない人が多いからね。だから占ってほしいって言ってみて! 信じる人だって伝われば、喜んでくれるから!」
 
店主は満足げにコーヒーを淹れたと言って僕に振舞ってくれた。
コーヒーを飲みながら、渡された本の表紙を開く。
なぜ魔法を求めたのか。どうやって神と契約したのか。その呪いとは一体何か。
1人の魔女の生涯の物語として、これらが記されていた。
 
――……
 
小さな魔女が再び訪れたのは3日後だった。
店に入り、まっすぐ例の本棚に向かっていく。
僕は保管していたカードを持って後を追いかけた。
 
「……」
 
少女は本棚の前で立ち尽くしていた。
箱が置かれていた場所を見つめ、見開かれた目に涙を溜めている。
数日で誰かに買われてしまったと思っているようだ。
 
「お客様、お探しの物はこちらでしょうか」
「え、あ……! それです!! それ、っ……」
 
僕は少女に声を掛け、持っていた箱を差し出した。
少女は驚いた後、安心したように涙を零し始める。
 
「申し訳ございません、他の方に買われないようにと、お取り置きさせて頂きました」
「ご、ごめんなさい、わたし、それ、ケイロン先生の、前から、これが良いって……、ケフェウスに行かなきゃって思ってて、でも長旅できるほど、お金が無くて、ほうきにも乗れなくて、わたし、まだ見習いで、ここで出会った時、迷って……」
 
僕が聞いていい話なのか分からないが、溢れる涙の理由を教えてくれた。
ポケットを探り、持っていたハンカチを彼女に渡した。
 
「小さな魔女さん、僕のことを占って頂けませんか?」
 
僕はかがんで微笑みを向けたら、少女は言葉を詰まらせ、余計に涙を溢れさせながら頷いた。
何回も頷いた後、眼鏡を外して僕が渡したハンカチで目元を押さえる。
 
「わ、わたしまだ、うまくできないです、けど……これ、使いこなせるようになったら、きっと……」
「僕はフレディ。アルフレッド・キャロルです。一番最初の予約でお願いします」
「私、ソフィア・テララ……きっと、きっとあなたのこと、占いにきます……!」
 
僕は彼女から代金を受け取った。
かき集めて用意したのか、たくさんのコインが僕の手の上に乗せられる。
ハンカチは洗って返しますと言い、彼女は店から出て行った。
 
「喜んでもらえたね」
 
僕らのやり取りを遠くから見守ってくれていた店主は、入口の扉が閉まったのを見届けて僕に声を掛けてきた。
 
「彼女は諦めずに占い師になるよ」
「このお金、僕はできたら、受け取りたくありませんでした……」
「占って貰った時にお返しすれば良い。それと一緒に、きみの気持ちを添えてさ」
 
店主は僕を励ますように肩に触れ、普段通りの仕事を始めた。
 
僕が声をかけた事で、きっと彼女の背中を押すことができたはずだ。
彼女は立派な占い師になって戻ってきてくれる。
その日を信じて待ち続けると、僕は心に誓った。
 
「ここはシリウスフォルリー。
お客様の人生を変える、そんな書店を目指しています。
ご来店、心よりお待ちしております。」
 
 
 
 
***
 
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2020-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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