結婚式は誰のため?
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記事:市川春香(ライティング・ゼミ特講)
「結婚式はあまり好きじゃない」
そんなこと言うと、「人の幸せも祝えないのか」とか、「捻くれてる」とか思われる。
でも仕方がない、現に私は捻くれていた。
綺麗に飾られた会場、手の込んだ料理、ドレスアップした新郎新婦に、長い乾杯の挨拶、涙涙のお手紙、生い立ちムービー……
なんだか作り物みたいで不自然な1日は、私が持っているお祝いしたい気持ちを容赦なく奪っていった。もちろん主役は新郎新婦なのだから、本人達が望むようにやればいい。
でも広く煌びやかな空間で、私はひとり置いてけぼりになることが多かった。
きっと人の結婚式に出席しすぎたせいもあるのだろう。
人は良くも悪くも慣れてしまう。
そんな私が結婚することになった。
夫はこんな捻くれた私をよく理解してくれて、かたちだけの挙式と家族だけの食事会をすることで話がまとまった。
2回しかない打ち合わせも、面倒で仕方なかった。
お互いの家族と、大好きな祖父に晴れ姿を見せられることだけが私の原動力となっていた。
私の祖父は新しいもの好きで、オシャレで、パソコンやスマホを使いこなし、海外旅行もよく行くハイカラおじいちゃんだった。仕事が辛くて休んだ日に、山登りに連れて行ってくれた。祖父だけが、仕事を辞めて留学をすることを最初から応援してくれた。そんな祖父が私は大好きだった。
でもある日、母から衝撃的な一言を告げられた。
「おじいちゃん、結婚式に出られなくなっちゃった」
祖父は数年前から癌を患っていたが、いつも元気に振る舞っていたので誰もが病気のことなんて忘れかけていた。
祖父はホスピスに入ることを余儀なくされた。
私は結婚式に対するモチベーションが、ほとんどなくなっていた。
そんな時、前の勤務先の英会話スクールで仲良くしていた生徒さんにバッタリ会った。
Mさんは着付け師をしていて、とても明るくて太陽みたいな人。
立ち話だったけれど、祖父の病気のことを話したらこんな提案をしてくれた。
「自宅結婚式、してみない?」
聞くと、カメラマン、ヘアメイク、着付け師の彼女の3人で「旅する写真屋さん」として、家婚式、つまり自宅結婚式を執り行う活動をしているという。
実は私にはもうひとつ気がかりになっていたことがあった。
祖父がホスピスに入ってから、親族で集まるということがほとんどなくなったのだ。
次に集まるのはもしかしたら祖父がいなくなった時なのではないかと考えては、寂しい気持ちになっていた。
祖父は、あの家にみんなが集まることが大好きだった。
わたしはすぐに自宅結婚式をやると決めた。
祖父の体調のことも気になるし、スケジュール的にも実行できるのは2週間後のある1日だけ。
帰宅してすぐに夫に相談した。「いいよ」と快諾してくれた。
母にも相談した。「よし、やろっか」と言ってくれた。
親戚で一番頼りになる叔母も「やりましょう!」と言ってくれた。
でもとても仲の良かった姉だけが難色を示した。
「自分たちの晴れ姿を見せたいだけで、急に集められたってみんな困るだけだよ。おじいちゃんの家が写真映えするからそこでやりたいだけでしょ?」とピシャリ。
愕然とした。
私が今まで結婚式に対して抱いていた捻くれた想いを、そっくりそのまま姉からぶつけられたから。
姉のことは最後まで説得できずに、当日を迎えることになった。
当日はまだ薄暗い時間に、母とふたりで祖父の家に向かい、中に入って驚いた。
家主を失って冷んやりとした家の中が、手作りの飾りでいっぱいになっていた。すぐに叔母の仕業だとわかった。ちょっとずれた「おめでとう」の垂れ幕が手作りの温かさを感じさせた。
準備を進めているとちらほらと親戚が集まってきて、家が明るく、暖かくなっていくのを感じた。気が付くと、いつもの顔ぶれが揃っていた。
室内の写真撮影を終えたら施設へ移動して、祖父を驚かせてやろう!
そうMさんと私は企んでいた。
でも集合写真を撮るため、撮影場所を変えようと庭に出た私たちの前には、シルクハットをかぶり正装をした祖父の姿があった。おしゃれが大好きだった、ハイカラおじいちゃんがそこにいた。
こんなサプライズがあるなんて、まさかの出来事に涙も鼻水も止まらなかった。
少し前から姿が見えなかった、叔母、弟、いとこのお兄さんたちがホスピスまで祖父を迎えに行ってくれていたようだ。知らなかったのは、私と夫だけ。
祖父も「こんなえぇ日が来るとは思わなんだ」とつぶやきながら泣いていた。
隣にいた夫も、そんな姿を見て泣いていた。
そのあとはいつもどおりみんなで食事をし、お酒を飲み、恒例のビンゴ大会をして、笑顔溢れる素晴らしい時間になった。
祖父が少しの間でも大好きな家に戻ってこられたこと、また親戚のみんなで集まることができたことを喜んでくれて、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
こんなに嬉しい気持ちにさせてもらえたことが、何よりのお祝いだった。
当日までギクシャクしていた姉も、
「これがあなたがやりたいことだったんだね」と声を掛けてくれた。
その日、私が今まで結婚式があまり好きじゃなかった理由が全部なくなった。
結婚式が周囲への感謝のためのものなら、主役はもしかしたら新郎新婦じゃなくて、感謝される側の家族だったり友人だったりするのかもしれない。
そんな主役たちが楽しそうに喜んでくれている姿を見て、新郎新婦は嬉しくなって、これからも頑張ろうと思えるような気がする。
私はまた結婚式が好きになった。
こんな時だからこそ、式場ではなくても自宅で「家婚式」をするという選択肢がもっとひろまったらいいのになと思う。
そんなことを考えながら、私は今日もあの日の写真を見返している。
***
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