妊活の大前提とは
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:阪口美由紀(ライティング・ゼミ平日コース)
どうしても言い出す勇気が出なかった。4か月前に出会ったばかりの元他人と、セックスの話をしなければならない。新幹線の時間まであと30分しかない。食後に頼んだアイスコーヒーのストローを右に左に回す。隣のテーブルでは、20代の若者がカヤックの魅力について熱く語っていた。
元他人とは私の婚約者だ。婚活は紆余曲折がありすぎた。が、ともかく結婚は決まった。とはいえ、まだ1回ずつしか旅行もお泊りもしていない。しかも新幹線に乗る距離での遠距離交際中。本来ならこれから時間をかけて、お互いに対する信頼を育んでいきたいところだ。だが、私には時間がない。とても焦っていた。
2週間前に私は、かかりつけの婦人科でブライダルチェックを受けた。ブライダルチェックとは、妊娠後にトラブルが起きるような原因がないかを調べるものだ。かかりつけ医のおじいちゃん先生は43歳の私にも「ご結婚おめでとう」と言ってくれた。そして、卵巣機能の状態を示すAMH検査の値をゆびさしながら、「うん、年相応だからね。すぐにでも専門の病院に行きなさい」と続けた。
不妊治療クリニックの初診予約は、混んでいて10日後にしか取れなかった。待つ間に産婦人科医の著作を数冊読み、女性の年齢と妊孕性(妊娠のしやすさ)の現実を改めて思い知らされる。残された時間はごくわずか。正直きびしいだろうな。でも何もしないのは嫌だった。最大限の努力をしたと誰かに証明したかったのかもしれない。
「日曜日の9時以降にタイミング取ってきて。次は月曜日ね、フーナーテストするから」
クリニックの院長は不妊治療の一般的な流れの説明を終えると、さらっとこう言った。私はそうとう怪訝な顔をしていたのだろう。院長の隣に立っていた若い看護師が、アニメの声優のような声で付け加えた。
「日曜日の夜にー、仲良ししてくださいってことでーす。排卵日に子宮の周りの粘液を取って、
その中の精子の数や運動状態を調べるんですよ」
赤の他人に日時まで指定されるのか。恥ずかしさなのか情けなさなのか、よく分からない感情がわいてきて、一刻も早くその場から立ち去りたかった。
結局、婚約者にはフーナーテストを受ける話はできないまま、週末に泊まりにいく約束だけを取り付けた。自分で何とかするしかないと開き直り、自然な流れでことが起きるように計画した。体のラインがきれいに出るニットを選び、いい香りのボディークリームをつける。カウンターで横に座って、よく笑い、ボディータッチは多めで。結果、デートは楽しく盛り上がり、婚約者は上機嫌だった。そして、日本酒を次々と頼み始めてしまった。
ベッドでスヤスヤと眠る婚約者の隣で、私は自身に対するいら立ちと焦りを抱え、寝ることができずにいた。なぜこうなった。どうして不妊治療をしたいと言い出せない。協力してほしいと一言言えばいいいだけなのに。そういえば、幼い頃から「したい、ほしい、手伝って」が言えない子供だった。ほしいと言ったら、嫌われるかもしれないと、なぜだか思ってしまう。あれが食べたい、次はこれがしたい、と無邪気に繰り返す3つ下の弟がいつもうらやましかった。
欲求を素直に表現できない私は、生きる方策として「自分が頑張る、一人で頑張る、隠れて頑張る」というスキルを身に付けた。二人乗りのカヤックをイメージしてほしい。後ろに座る人が主なかじ取りをし、前の人のタイミングに合わせてこぐことで、カヤックは推進する。誰が前に乗っていたとしても、後ろに座る私が方向を決めオールを必死にこげば、カヤックは前に進むのだ。そうだ、まだあきらめてはいけない。今この問題を解決するにはどうすればいい?
計画を修正し、早朝に実行した。今起きたばかりのようなけだるい雰囲気を醸し出し、自分が考えうる最大限セクシーな体勢を取った。目が合った。手が伸びることを期待したのに、婚約者は言った。
「みゆきちゃんって、朝からしたいタイプ?」
「いやっ!!! そういう話じゃない」 「や、そうだけど、そうじゃない!」
思いは言葉にならず、代わりに涙になった。私はようやく降参した。妊活は二人乗りのカヤックではダメなのだ。自分が一人で隠れて頑張るでは全く前に進めない。不妊治療は一人ではできないのか……。当たり前のことに今更ながらに気づく。カヤックに乗って目的地に着くには、嫌われるかもしれないと思っても、「私はカヤックに乗りたいのですが、あなたはどうですか?」と勇気を出して聞くしかない。そして、二人乗りではなく一人乗りのカヤックを2そう用意しよう。途中でどちらかが遅れたり離ればなれになったりしても、「おーい、そっちは大丈夫?」と声をかけ合いながら、各々がオールをこいで進むのだ。
ベッドに腰かけていると、目の前にコーヒーが差し出された。ほろ苦いよい香りがする。
「どうした、何があった? 話してみて」と将来、私の夫になる人は言った。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325
■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」
〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984