劇団天狼院には、プロの俳優がいるよりも、全員素人の方がいい理由。
記事:楠田誠一(ライティング・ラボ)
「素人芝居に、5,000円も払えないよな」
もっともな、意見である。
自分だって、おそらく観る側だとしたら、そう思うだろう。
なんといっても未知数過ぎる。
前売券5,000円、当日券7,000円の投資をするには。
それだけの価値が得られるのかを、まず考えてしまい躊躇するだろう。
私は、11月16日月曜日19時から開演した約70分の舞台である
劇団天狼院秋公演「殺し屋のマーケティング」に、役者の一人として出演した。
いまだかつて、芝居の経験は一度もない。
10月31日から、公演前日の10月15日まで、16日間の芝居稽古をしただけである。
もちろん、演劇にまったく興味がなかったわけではない。
観る側であれば、学生時代からかなりの芝居を観てきた。
小さな劇場での芝居から、大きな劇場での舞台。
劇団四季のミュージカルは、いうまでもなく、歌舞伎でさえも。
また、日本国内のみならず、ミュージカルは、世界各地で観ている。
ニューヨークのブロードウェイ、英国のロンドンでも、フランスのパリでも。
シェイクスペアの本場、英国でロイヤルシェイクスピアカンパニーも観たし、
フランスのコメディーフランセーズなんかも観た。
旅費も含めたとしたら、おそらく観劇に費やした金額は、この30年で
1,000万円を超えるかもしれない。
ただ、自分が演りたいとは、一度も思ったことはなかった。
中学、高校時代や、学生時代に、演劇部に所属したこともない。
それが、なぜ今回、劇団天狼院に演者として、参加したいと思ったのか。
劇団天狼院は、今回の公演が3回目になるのだが、書店員さん、そして
書店のお客さんが、初心者でも参加可能で、ワークショップを何回か
経験することで、舞台に立てる可能性があると知ったからだ。
それにしても、本当にたった二週間強(正確には16日間)の短い期間で、人様にお見せできるような水準の芝居にまで、完成させることが、本当にできるものなのかと。
そのことが、まずは一番に興味深かったし、知りたかった。たとえオーディションに落ちたとしても、スタッフとして、参加してみたかった。
天狼院書店には、数多くの部活がある。
書店が開催する部活とは、変なものだが、プロの専門家を招いて、ワークショップを
開いている。
そのひとつに、劇団もあった。
自分もそれに参加した。
しかし、そのワークショップに参加したときには、自分は芝居にはあまり向いて
いないなぁ、と思っていた。
けれども、10月12日に行われた劇団のオーディションには、挑戦してみたいと
ふと思ったのだった。
それが、なんだかは、はっきりとした理由のようなものはなかった。
オーディション開始時間の20分前になっても、近くのカフェで、
参加しようかどうかすら迷っていた。
オーディションで落とされるのが、単純に恐かったからだ。
まぁ、でも落ちたとしても、いっときの恥である。
自分がとてもとても大好きな異性に、告白をして振られるようなものよりは、
だんぜん、大したことのないことだ。
オーディションは、池袋にある東京天狼院の店内で行われた。
今回のストーリーである「殺し屋のマーケティング」の登場人物がいくつか
すでに決まっていて、脚本・演出をてがける店主三浦さんが、指示した
登場人物になりきっての即興劇を、その場でやるというものだった。
102歳の老婆役、主人公の女性のお父さん役、妊婦さん役、女医さん役、
あやしげなコンサルタント役などがあった。
もちろん、男性が女性の役をやることは、あまりありえないだろう。
自分は、ゴッドファーザー的なフィクサー役というのを、与えられた。
結果的に言うと、この日オーディションに参加したメンバーは、全員通過した。
もちろん、全員が劇団のワークショップの参加者だったというのもある。
出演が決まってしまうと、怒濤の戦いが始まった。
本屋さんで便利なのは、演劇に関する本をそこで買うことができ、
稽古が始まるまで準備できることにある。
自分もいくつかの演劇関連本を購入した。
天狼院書店には、書棚に演劇関連本コーナーもある。
私は、山﨑努さんの「俳優のノート」(文春文庫)を、一番のバイブルとした。
ほかに、演劇界では有名な鴻上尚史さんの「演技と演出のレッスン」を二番目に。
さらに、鴻上さんの文庫を2冊「あなたの思いを伝える表現力のレッスン」、
「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」を購入。
まずは、本から取り組む準備をスタートさせた。
10月31日土曜日から、稽古がスタートした。
当初の予定では、稽古開始前の10月24日には、台本が配布されるはずだった。
ところが、稽古初日に台本は存在しなかった。
9月に表参道に天狼院STYLEを、福岡には、福岡天狼院をオープンさせ、
またいくつかの書籍の本作りに力を入れていた三浦さんに、台本を書く時間が
なかったのだ。
演技指導のスギ田ナオさんを中心に、基礎レッスンを中心とした稽古から始まった。
存在しない台本を待ち望んでも、ないものはない。
台本は、遅れに遅れて、11月3日に完成した。
台詞を覚えるのをスタートしたのは、それからだ。
この10月31日から11月15日までの16日間の稽古の風景を、もし詳細に書いたとしたら、おそらく一冊の本が出来てしまうくらいに、濃密な時間だった。
土曜、日曜、祝日の休日は、原則13時から21時半まで。
平日は、17時半から21時半まで、1日の休みもなく稽古は続けられた。
稽古場所は、池袋天狼院書店の付近にある公民館だ。南池袋、雑司ヶ谷、東長崎など。
大きな集会室のときもあれば、こじんまりしたスペースの和室のときもあった。
みな、ほぼほぼ毎日、稽古に通っていた。出席率の悪いメンバーはいなかった。
そして、メンバー皆がとても真剣だった。
ナオさんの演技指導に、真剣に真摯に向き合って、ひとつでも多くのことを吸収しようとしていた。
他のメンバーの成長は、自分にとっても良い刺激になる。
日に日に、メンバーひとりひとりが成長していった。
成長は焦りにもなった。
その焦りの気持ちが、自分を奮い立たせた。
他の人に、遅れをとらないようにと、切磋琢磨することができた。
しかしながら、本番4日前の11月21日木曜日の初の通しリハーサルの時点では、
われわれメンバーは、まだまだボロボロな状態だった。
台詞を完璧に覚えているメンバーは、まだひとりもいなかった。
こんな状態で、お金をとって人様に観ていただくことは、できないと
正直に思った。焦る気持ちは、最高潮に達した。
この日は、通しリハということで、三浦さんをはじめ、当日スタッフとして
参加してくれる方々も多く見学に訪れていた。
演者だけで行なってきたいつもの稽古場とは、まったく違った空気が流れていた。
本番さながらのとても張りつめた空気だ。
自分も多くの台詞が飛んでしまい、空白の時間を何度も作ってしまった。
自分は、もう30年以上も音楽、バンドをやっていて、ステージ慣れをしているはずだった。その油断があった。
演劇は、音楽とはまったく違ったステージだった。
音楽のときは、自分のベースのほかに、キーボードやドラムスやギター、ボーカルの
音が鳴っている。自分の音だけが鳴っているという瞬間がない。
ところが、芝居では、自分が台詞を言う瞬間は、静寂なのだ。
ほかの音が鳴っていない。
したがって、自分が台詞をど忘れしてしまったとしたら、自分が言葉を発するまでは、
無音、静寂が10秒、20秒、1分と続いてしまうのだ。
そのことが、ものすごく恐いことだと、初めて自覚した。
最低限、台詞だけは完璧に覚えておかねばならないと、強く自覚した。
今回の劇団の公演日程は、ある意味においては、ベストだったのかもしれない。
集客的には厳しいものではあるが、われわれ素人メンバーがやるには、
直前の土曜、日曜のたっぷりとした稽古時間がとても助かった。
プロの俳優さんが、メンバーに含まれていなかったのも、今回は良かったのではないかと思う。
「こんな台詞もろくに覚えられないメンバーと一緒にやってられない!」
「4日前の通しリハでも仕上がらない劇なんて、出られない!」
「この芝居に出ることが、そもそも自分の汚点になる!」
プロの俳優さんがいたとしたら、当然言われてしまうことを、言われなかった。
そして、プロと素人のあまりの演技の差に、われわれメンバーも落ち込むこともなかった。
なんとか、カタチにしたいという一縷の望みを誰もが抱いていたように思う。
ナオさんを信じて、ナオさんの少しでも納得いく水準になるべく近づけるようになることがメンバーの思いだった。
三浦さんは、通しリハのあとに、そんなわれわれメンバーを勇気づけるように、言ってくれた。
「本番当日に頂点、ピークになればいいんで。むしろ、前回は3日前に完成してしまって、本番ボロボロだったんで。本番よろしく!」
そう、オリンピックのようなものだ。
前日のリハが完璧な演技だったとしても、当日緊張でこけてしまい、金メダルをうっかり逃してしまうような。
われわれ12人のメンバーは、当日の奇跡の金メダルを目指した。
もはや、それしかなかった。
公演当日、13時に集合した。
そこでも通しリハができるのではないかと甘く考えていたが、そんな時間はなかった。
場あたりリハといって、場面が変わる箇所の照明や、出入りをチェックする時間しかなかった。まさしく、ぶっつけ本番に限りなく近かった。
本番のわれわれを劇的にレベルアップしてくれたものがあった。
劇のオープニングとエンディングに、生演奏のチェロとピアノが入る。
リハーサルで、チェリストの寺島志織さんとピアニスト兼作曲家の酒井麻由佳さんの
演奏が、鳥肌ものの素晴らしい演奏だった。
このプロの二人が紡ぎ出す水準に、可能な限り近づきたいと思わせてくれた。
それが、バランスというものだ。
ぐいぐいぐいっと、われわれのボルテージを上げてくれた。
土日の稽古のあとに、メンバーみなそれぞれが、こっそり稽古をしたのではないかと思えるほどの気合いの入った芝居になった。
みな、輝いていた。感情もこもっていた。
私にも、4人の友人が観にきてくれた。それは、最高に幸せなことだった。
演者自らは、この演劇を観ることができない。
だから、実際にはどんなだったかは、のちに仕上がる予定の録画映像を観るしかない。
けれども、一度舞台に立ったものは、たとえそのときにどんなに大変な思いをしても、
また再び立ちたくなるものだと言われる。
自分は、どうだろうか?
最高の12人のメンバーで、「殺し屋のマーケティング」を演じることができた。
「お願いだから、演ろうなんて思わないで。普通の生活を続けたかったら、お願いだから、芝居を演ろうなんて思わないで!」
これは、演じた者が次も出たいので、新たにオーディションのライバルを増やしたくないがゆえの切なる思いである。
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この記事は、ライティングラボにご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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