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ワーママ、専業主婦との遭遇

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記事:中村まい(ライティングゼミ平日コース)
 
 
「子供の年も近いので、今度ぜひいっしょに遊びましょう。連絡先はこちらです」と書かれた小さなカードが、マンションの部屋の扉の下に置かれていた。丁寧に連絡をくださったのはお向かいに住んでいらっしゃるAさん。引っ越してきたばかりの私たちを気遣ってくれたのだろう。親切なメッセージが嬉しい反面、私は彼女と交流するのが不安で仕方なかった。いままでほとんど出会ったことのないタイプの彼女とうまくやれるだろうか。不安を抱えたまま、玄関のベルを鳴らした。
 
私がこのマンションに引っ越したのは、2年前のことだ。夫の駐在に帯同して、5歳になったばかりの息子を連れ、海外のある都市に引っ越した。もともと海外旅行は好きだったので、海外に住むことへの抵抗はなかったものの、不安の一つは日本人の駐在妻と呼ばれる方々とうまくやっていけるのだろうかということだった。海外で家族を支える駐在妻といえば、現地で調達可能な材料を駆使して日本食を作るなど、家事を完璧にこなし、空いた時間にはゴルフだの、テニスだの奥様同士の交流を満喫するという専業主婦の鑑のようなイメージだ。一方の私は、それまでフルタイムで働いており、家事はいかに手をかけず時短で済ませるか、ということばかりを考えてきた。仕事もどちらかというと技術系の職場だったので、女子が多い場所に行くとそれだけで緊張してしまう。噂では駐在妻の中にはヒエラルキーが存在し、夫の年収、ご本人の素質、子供の学校の成績などの比較から、時にマウンティングするような人もいると聞く。主婦スキルの低い私など、恰好のカモになりそうである。
 
私は、恐ろしさのあまり、しばらくこの世界から遠ざかるように生活していた。多少英語が話せたので、現地の人と交流してみたり、語学学校に行ってみたり、日本人を避けるように避けるように行動していった。
 
だが、避けてばかりはいられなかった。たまたまマンションのお向かいの部屋に息子と同い年の男の子を持つ日本人の奥様がいたのだ。華やかな雰囲気で、いつも素敵にドレスアップして出かけていく。きっと奥様友達も多い方なのだろう。私の友人にはいなかったタイプの方だ。私のようなぱっとしない技術系オタクおばさんで相手にしてもらえるのだろうかという不安を持ちながらも、引っ越してきたばかりの息子に、日本語で話せるお友達を作ってあげたいという思いが勝り、交流を図ることを決意した。丁寧に連絡先のメモをいただき、優しそうな方ではないかと安心しつつ、「まだ安心できない」とエイリアンに遭遇するような覚悟でお宅訪問に臨んだ。
 
でも、そんな不安は杞憂だった。拍子抜けするほど楽しかった。子供たちはすぐに仲良くなり、和気あいあいと遊んでいる。「これどうぞ」と言って、Aさんが出してくださったのは、ロールケーキ。朝の支度のついでに焼いておいてくれたという。日本のケーキ屋で売っているようなロールケーキを、お弁当作りの傍ら20分程度で作ってしまう主婦スキルの高さに衝撃を受ける。女性らしい雰囲気とは裏腹に彼女はさっぱりした性格の持ち主だった。いたずらをする子供たちを叱りながら、彼女は、結婚して以来ずっと複数の国の駐在に帯同してきたこと、子供たちを皆違う国で産み育ててきたこと、旦那さんの帰りが遅く一人で子育てをするのは大変だが、たまにシッターさんに子供たちを預けてお友達とランチに行くのが楽しみなことなど、いきいきと話してくれた。
 
それ以来、子供たちは毎日のようにお互いの家を行き来するようになった。Aさんは、お友達を惜しみなく紹介してくれた。また、季節のイベントを企画しては、招いてくれた。豆まき、五月の節句……。そのたびにAさんは、日本から持ってきた柏の葉を使って柏餅を作ったり、乾燥大豆を炒って豆まきの豆を用意したりと、主婦スキルをいかんなく発揮し、イベント会社顔負けのイベントを企画してくれた。与えられた環境の中で最大限楽しむこと。自分が楽しむだけでなく、それを周りと分かち合うこと。そんなことを学んだような気がする。
 
ワーママ、専業主婦……。属性が同じならば共感できることも増えていく。分かり合えない恐れから、私たちは属性が近い人を選んで関わるのだろう。でも、似た属性を探して構築していく世界は小さい。
 
私たちはお互いに影響しあう。ワーママ時代の友人が子育てしながら仕事に邁進するのをみて刺激を受けるように、属性が近い者同士の影響は、お互いを切磋琢磨させる。それに対して、属性が違う者同士の影響は、思いもよらなかった新たな彩りを人生に加えてくれるのかもしれない。
 
出会って半年で新たな駐在地に向け引っ越ししてしまったAさん。お別れのときくださったお手紙に「育児の傍ら学校に行かれている、まいさんから刺激を受けてとっても刺激を受けました」とあった。家事スキルを大して持ち合わせていない私が彼女の役に立てることなどないだろうと思っていたが、彼女の人生に少しでも彩りを加えられていたとしたらとてもうれしい。
 
 
 
 
 
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2020-12-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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