ドラえもんは、いつも心の中にいる
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記事:リサ(ライティング・ゼミ平日コース)
「ドラえもーん」
と、ふがいない声で泣きつけば、ポケットからなんでも出して助けてくれる、未来から来たネコ型ロボット、ドラえもん。
本当にいてくれたら…… と思ったことの一度や二度は、あるのではないだろうか。
私が、最初に、彼の助けを切実に願ったのは、中学のテスト勉強の最中だった。
日本史のテストが明日にせまった深夜2時。
ダメだ、覚えられない、このままでは絶対に覚えられない……
眠くて眠くて、教科書を、ただめくっているだけ。天皇の名前も法律も、もう一字も頭に入らなかった。
こんな時、のび太くんは、ドラえもんのポケットから、「暗記パン」を取り出してもらうのだ。パンを教科書のページに貼り付けて、生地にうつった内容をパンごと食べれば、暗記できてしまうという夢のような道具である。
「ドラえもーん」
私は、こらえきれずに思わず声に出した。
「はーい」は、もちろん聞こえなかったけど。
二度目にドラえもんを思ったのは、社会人になってからだ。
あがり症だったのに、人前でしゃべる機会の多い仕事についてしまった私は、意識すればするほど、その症状がひどくなっていった。
マイクをにぎったとたん、覚えていた原稿が、頭の中からすっぽり抜けてしまうことや、ひどい早口でまくしたて、会場を静まり返らせてしまうこともあった。
「ドラえもん……」
彼にどうしても出してほしかったのは、「ジーンマイク」
そのマイクをにぎって話すと、たちまち聴衆がとりこになって、感動して涙を流してくれるという道具だ。試しに、手にしたマイクを「ジーンマイク」だと信じて、人前に出てみたこともあった。思い込めば、なんとかなるような気がしたが、ダメだった。ジーンマイクではない普通のマイクは、持ち手の部分が冷たく、ずっしりしている。強くにぎりすぎて、さらに手が震えてしまう始末だった。
だからといって泣き言をいってはいられない。仕事なのだ。
テストの点は悪くても、親に怒られるだけで終わりだが、仕事のミスは、仲間に迷惑がかかる。
それからの私は、本屋に走り、あがらないための方法が書かれた本を買いこんでは、読み漁った。
アプローチは、いろいろあった。準備を入念にする、自分に暗示をかける、会場の誰かをターゲットに話す、大きな声を出すなど、どれも理屈ではわかるのだが、なかなか効果がでなかった。次々に試しては失敗し、また新たな方法を試す、の繰り返しだった。そもそも、人前が向いていないのかもしれないと思い始めた矢先、とうとう、ある方法にたどりついた。
あがらない状態を、肉体から作っていくというものだ。
ポイントは「呼吸」
人は、緊張すると、肺や肩でしか呼吸できなくなる。酸素をいち早くとりいれるためには最適なのだが、肺だけでの呼吸は、不安や焦りを助長させやすい。落ち着いて話すためには、身体全体を使った呼吸が不可欠となる。
つまり、この呼吸法さえ体得すれば、緊張という状態がおこらない身体を手に入れられるということだった。
果たして――
今の私は、もう、あがることを心配していない。
習得には時間がかかった。鼻の穴を広げたり、風船のように身体を張るイメージで呼吸したり。その本だけではうまくいかず、さらにさまざまな呼吸法を組み合わせたりしたが。
ジーンマイクに頼らずとも、会場の、ほんの少しの笑いくらいはとれるようになった。
そして、それは、ドラえもんではなく、この世界の賢者たちのおかげだった。
今年は、ドラえもんの連載がはじまって50年。
小学館によると、漫画や関連書籍の発行部数が、この1年間だけで、500万部を突破したという。
コロナ禍の休校により、子供の読者が急激に増えたのも理由のひとつだ。
彼らもまた、40年前の私と同じように、ポケットから飛び出る道具に魅せられ、いつの日か壁にぶつかったとき、あのときの、あの道具があれば…… と、思い出すかもしれない。
しかし、ドラえもんのいない世界も、意外に捨てたもんじゃない。
ドラえもんには頼れない大勢ののび太たちが、道具にかわるものを必死に生み出しているこの世界。簡単にはいかないが、それらのすべをようやく手にしたときの喜びは、何十倍にもなる世界だ。そして、その先には、もちろん、昔の主題歌の歌詞にあった「あんな夢」や「こんな夢」が果てしくなく広がっている。
連載開始当時、2012年生まれだったドラえもんは、今では、さらに100年後の2112年生まれに設定が変更にされている。
当分は会えそうにない。
「ドラえもん」
いつも心の中にいるドラえもん。この先の人生、ふがいない声で、また名前を呼んでしまうこともあるかもしれない。でも、今は、のび太くんにいつも言っていた言葉で励ましてくれるだけでいいと思っている。
「君ならできるよ!」と。
***
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