メディアグランプリ

写真集のような短編集は、疲れた心に効いて、想像力を刺激する


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記事:石川サチ子(リーディング&ライティングゼミ)
 
 
13年前、祖母が亡くなりました。
偶然その瞬間に立ち会い、生と死の境について考えるようになりました。
 
それは夕飯時でした。祖母は、ご飯を食べていました。突然、意識が無くなり、茶わんと箸を落とし、ぐったりと倒れてしまいました。
 
一緒にいた家族は、驚いて、「おばあさん、おばあさん」と言いながら、祖母の身体を揺すり起こしました。
私は、祖母の手を握り、「おばあちゃん、おばあちゃん」と何度も耳元で叫びました。
祖母が遠くへ行ってしまうと察して、祖母の背中を追いかけるように、だんだん大声になっていました。祖母の手はピクリとも反応しません。身体も動きません。さっきまで赤身を帯びていた顔や皮膚がさーっと、まるで潮が引くように、みるみる白く、乾いていきました。
 
ちょっと前まで赤々と流れていた血液や、しっとりと肌を潤していた水分は、いったいどこに消えたのか?
 
そして、その肉体に宿っていた祖母の魂それもと生命は、どこに行ってしまったのか?
部屋の中は、祖母が生きている時とその時と何も変わらないのに。目に見えるものは何ひとつ減っていないのに。
 
部屋の明かりが一つ消えたように、祖母がいたその部屋は暗く冷たくなっていました。
 
それから、しばらく、生と死の境について考えるようになりました。死んでしまうということは、いったい何なのだろうか?
 
答えがあるような無いようなことを延々と考えている中で、私なりの答えが出ました。
 
命は死ぬ時に、海に帰っていくのかも知れない。
 
海は、生命が誕生した場所です。だったら、死を迎えたら、人はきっと海に帰るのだろう。
 
だから、私にとって、海辺は、生と死の境目のように感じていました。
 
藤原新也さんの短編集「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」におさめられている「海のトメさんとクビワとゼロ」は、まさしく、私がぼんやり心に描いていた海辺のイメージを、物語として表現していました。
 
登場人物は、息子に先立たれた老婆、片方の羽が折れてしまったカモメ、ボロボロの首輪を付けた老犬です。
 
元気な頃は、全く無関係だったであろうと思われる3人(1人+1匹+1羽)が、海辺で交差する様を描いています。
 
***
 
トメさん、クビワ、ゼロ、3人(1人+1匹+1羽)の登場人物たちには、共通点が2つあります。
 
1つは、孤独の身であることです。
 
トメさんは、夫を亡くし、息子にも先立たれ、家族はもうおらず、一人暮らし。働き口もないと思われます。
 
クビワは、昔誰かに飼われていたようなのですが、飼い主から捨てられたのか、群れにも属さず、海辺をさまよっています。
 
ゼロは、片方の羽を負傷し、飛べなくなったため、群れから外れて海辺で懸命に生きています。
 
彼らは、仲間から外れ、たった一人(一匹、一羽)で暮らしています。
 
もう一つの共通点は、それぞれ身体がボロボロで、生命体として「死」が限りなく迫っているということです。
 
この2つの共通点により、彼らは、生き物としては、全く別の種類に属していますが、肉体を超えた心で分かり合っているような印象を持ちました。
 
また、彼らは、毎日、あてどなく、海辺をフラフラとさまよっています。
 
海辺が、まるで生と死の境界線の象徴のように。
 
私が、祖母の死に立ち会ってから考えた、「海とは、生命が誕生した場所であると同時に、生命が還る場所でもある」と言うイメージが、ピッタリ重なりました。
 
作者の藤原さんは、このお話を通じて、「この世」と「あの世」、つまり、生と死の境界線を描きたかったのではないのだろうか?
 
と思いました。
 
命あるものは、一人で生まれてきて、一人で死んでいく。そういう寂しいけれども、どうしようもない生命の宿命を描いた素晴らしい作品でした。
 
他にも、13の短編が収められています。
 
プロの写真家さんの描いた物語は、美しいシーンを重ねていますが、切ない。
 
どのお話しにも、印象的なシーンがいくつも散りばめられて、読み進むうちに、人の心、人生の悲しみに迫っていくようです。
 
妻殺しの容疑で起訴された友人の物語「尾瀬に死す」ほか、ネットカフェ難民の男女の出会いを描いた表題作の物語など。
 
日常が愛おしくなるようなお話しばかりです。
 
気持ちが疲れたとき、パラパラ写真集をめくるように、読みたい1冊。
 
今でもバック、机の引出しの中などに忍ばせ、時々、生と死について思いをめぐらせています。
 
祖母が旅立った時、あの部屋の空間にあるどこかが、あの世の海とつながっていたに違いない。
 
昨日も、ふと、そんなことを考えて、ページをめくっていました。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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