豚汁は温泉の素である
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記事:石原 京子(ライティング・ゼミ日曜コース)
ある日、中学2年生の息子が学校に行かれなくなった。
朝起きるのが日に日に遅くなり、遅刻が増えたことが始まりだった。
そのうち、登校前に腹痛を訴えてトイレにこもる時間が長くなり、頭痛を訴えるようになり、とうとう制服に着替えても家から外へ出られなくなった。
まるで坂道を転がり落ちるように、気力がなくなり、身体が動かなくなり、落ち込む時間が増えていく日々。
私が励ましても、夫が諭しても足が前に進まない。
まるで、燃料の切れた車のように息子は動けなくなってしまったのだ。
兆候はあった。
クラスの仲のいい友達がコロナ休校明けから学校に来られなくなり、ずっとその友達のことを気にかけていた。そして、「俺は学校に行っても、心を許して話せる友達がいない。クラスの雰囲気から浮かないように、常に気を遣っている状態なんだ」と悩んでいた。
「俺、おかしいのかなぁ。みんなと一緒に行動してるつもりでも、なんだか人と違うんだ」
「もっと、みんなみたいに頑張らないといけないんだ」
学校に行かれなくなる直前の息子は、追い詰められたような顔で毎日のように自分を否定する発言をしていた。
原因は、一つではなさそうだった。
スクールカーストの下位にいる自分。マウントをとる同級生がいる中で要領よく生きられない。楽しそうに生活しているクラスメイトのペースに乗れない焦り。クラスの輪に入ろうと笑顔を作り、軽い自分を演じることで神経がすり減っていく日々。協調性を気にしすぎて、次第に自分の存在がわからなくなっていく。それでも、立ち止まって考える暇はなく、朝練に授業に部活動に塾のルーティーンは繰り返されていく。
不登校のきっかけになる大きな事件があったわけではないけれど、そんな小さなストレスが積もりに積もって、ぷすん、と息子の燃料が切れたように思えた。
いくら想像力を働かせても、本人の辛さは本人にしかわからないけれど、私にとっても中学時代が一番生きづらかったから、息子の辛さも少しは想像ができる。
真面目で、優しくて完璧主義な子どもにとって、学校はなんとも生きづらい場所なのだ。時間に追い立てられる学校生活の中で、心休まる時間や逃げ場を作る器用さはなかなか持てるものではない。
電話が鳴ると、「学校からだったらどうしよう」と布団に潜り込む息子の姿を見て心が痛む。「元気?」「大丈夫?」という先生からの問いかけすら、今の息子にとっては残酷な言葉なのだ。
「元気? って聞かれたら、元気って答えるしかない。大丈夫? って聞かれたら、大丈夫って答えるしかない。でもさ、本当は自分でもわからないんだよ。俺、元気なのかな? 大丈夫なのかな? 学校に明日から行かないといけないのかな?」
私には、答えが出せない。
そんな私は、息子が学校に行かれなくなった日から、毎日豚汁を作り続けている。
たんぱく源であり、疲労回復の効果がある豚肉。食物繊維がたっぷりなごぼうとこんにゃく。身体を温めてくれる根菜類の大根、人参、里芋。風邪予防にもなる長ネギ。それに発酵食品の味噌。
それらをじっくりことことと煮込んだ豚汁は、息子の心と身体を勇気づけるのにぴったりな料理だと思ったからだ。息子が豚汁を食べてくれると、なんとなくほっとする。根拠はないけれど、豚汁を食べていれば、大丈夫な気がする。
そう。豚汁は、私にとって「温泉の素」なのだ。
「温泉の素」があれば、遠くの温泉地には行かれなくても、家庭で好みのものを選んでほっとした気分を味わえる。日替わりで好きな温泉の香りや効能を楽しめる。ゆっくりつかって、リラックスして心を緩め、体の疲れをとることもできる。
豚汁は、レストランに行かないと食べられないような特別な食べ物ではないけれど、家庭で味わえ、ほっとした気持ちになれる。日によって里芋をさつま芋に変えたり、味噌の種類を変えてみたりとアレンジを楽しめる。いろいろな素材を一緒に煮るうちに醸し出される絶妙な味と栄養で心を緩め、身体の疲れをとることもできる。
豚汁は、リラックスの素、安心の素といっても過言ではないのだ。
豚汁を食べ始めて一ヶ月。
「温泉の素」の効果が出始めたのか、初めはさなぎになったかのようにこんこんと眠り続けていた息子は、だんだんと起きている時間が増え、食欲も増してきた。朝も少しずつ早く起きられるようになり、顔色がよくなってきた。野球部で使っているグローブの手入れをしたり、家の中で素振りを始めたりしている。
だからといって、すぐに学校に行けるわけではない。
温泉の素は、抗生物質と違って即効性はないのだ。それと同じで、豚汁にも即効性にはない。
じんわりじんわり、でも確実に心と身体に効いていく。
ゆっくりゆっくり、心と身体を癒していく。
心と身体のエネルギーが満タンになったら、息子はまた歩きだすだろう。
息子が「豚汁はもう飽きた」と自分から言う日まで、私は、豚汁を作り続ける。
いつかすっかり元気になった息子が、「あの時は豚汁を毎日食べたなぁ。お母さんは、どうして、あんなに毎日豚汁を作ったのかなぁ」と懐かしく振り返る日を夢見ながら。
***
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