くだらねぇと呟いても、誰も大切にできない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:池田マチコ(ライティング・ゼミ集中コース)
「くだらねぇ……」
数年前の12月28日。
くだらねぇ。
そう呟きながら、たった今、終電が通過したばかりの駅の改札口に1人立っていた。
職場から大急ぎで駅に向かったのに。
メイクだって直してない。鼻は脂でテカってる。貴重な朝の時間に毎回15分もかけてストレートヘアに整えている髪は、汗の湿気を帯びて、天然パーマが生き生きと威力を発揮し、バボン! と爆発してる。
「あいつのせいだ」
この半年間、仕事の都合で帰りが23時を過ぎる日々だった。
これについて家族から一度も文句を言われたことはないが、「お疲れ様」の言葉も、「お仕事ガンバってね」という応援もなかった。
心身ともにボロボロで家に帰れば、電気が消え、家族は寝静まっている。
私は、なるべく音を立てないよう、冷蔵庫から静かにお豆腐を取り出し、パッケージの薄いフィルムをピリリと開ける。それをひっくり返し、手のひらの上に載せて包丁で十字に切る。そっと柔らかくお皿に載せて、刻んだ大葉とゴマを載せる。
ティースプーン1杯分のポン酢をかけ、ひと口ひと口、大豆の甘みとポン酢のハーモニーを噛み締めチビチビ食べる。孤独ではあるが、穏やかな時間だ。
ここにお酒があると幸せという人もいるが、私はお酒が呑めないので、お茶。
ポチッとテレビをつけると、よく知らないアイドルがお笑い芸人とキャアキャアはしゃいでいる。慌てて音量を小さくする。
こんな、なんとなく後ろめたい半年間を過ごしてきた。
しかし、今夜は違う。
12月28日。年末。仕事納め。
私は、早く帰るためのスケジュール管理をしてきた。任された仕事は期日前に終えていた。だから、すんなり帰宅できるはずだった。
「あいつ」が突然あんなことを言わなければ。
年上の部下、N。
異業種から転職してきた6歳年上の男性。
私の部署に配属された初日の顔合わせ。彼は自己紹介を済ませると、私の経歴も聞かず「へぇ、女性なんですか。すごいですね、尊敬してます」と言った。
初対面で何を尊敬されたのか分からない。いや、正直に言えば、私自身が「仕事における性差」というテーマに触れたくない気持ちが勝り、そのことには口を閉ざし、笑顔だけ返した。
だが、その瞬間、彼に対するモヤモヤした不安が胸に刺さった。
小さな不安は、突然、違うかたちで現れる。
ある日、至急確認したいことがありNに電話をかけた。
が、つながらない。
30分後、再度電話をかける。
つながらない。
電話ができない状況ならばと、「Nさん。至急確認したいことがあります。例の件、どうなっていますか? L I N Eで良いので、返事ください。」とメッセージを送る。
既読になるが、レスはない。
他のスタッフから彼に連絡をする。
やはりL I N Eは既読になるが電話には出ない。
まさか事故にでも遭ったのか?
では、なぜ既読になるのか。
スタッフがざわめき始めた頃、Nが仲良くしている同僚にLINEが入った。
「すみません。今日は直帰しますので、伝えておいてください」
その日、それ以上、彼から連絡が来ることはなかった。
次の日。
Nはどんな様子で職場に来るのだろうか。
謝るのか、もしくはまた休むのか。あるいは、突然辞めると言い出すのではないか。会社に向かう通勤電車の中で様々なパターンを想定した。
会社に着くと、既にNは着席していた。
私の顔を見るなり、
「おはよーうございます」
と、いつもの独特なイントネーションと屈託のない笑顔で言う。
私は、静かに、その続きの言葉を待った。
丹田に力を入れた。
様々な感情が溢れるのをグググ、グッと堪える。
出てこない。
一向に出てこない。
Nは何食わぬ顔でP Cに向かい、何かカタカタ打っている。
これ以上待っても状況は変わらないだろう。
深呼吸を一つして、さて、どうするか。
私の上司には経緯を報告していた。
厳しい対応も含め、判断は任せると言われていた。
悩んだ末、彼をサポートしながら様子を見ることに決めた。
私が決めたのだ。
Nに対する責任は私にある。
まず、彼に任せていた仕事の進捗を全て把握することにした。
同時にNの行動パターンを研究した。
どうやら仕事上の重要度に関係なく、本人にとっての痛いところを突かれると、殻に閉じこもる傾向があることがわかった。
であるならば、彼が痛い思いをしないよう、こちらがスケジューリングしたら良いのではないか。
さらに、最大限気をつけなければならないことがある。
こちらは上司である。
言葉の一つでパワハラと言われかねない。
仕事で気を緩めてはならないが、職場は可能な限り風通し良く明るい方が良い。私は、明るい職場、素敵な平和主義を貫くべく、どんな時でも冷静になるための呼吸法も学んだ。仕事のためなら、できることは何だってやりたい。
そして、その日がやってきた。
12月28日。仕事納め。
お昼を過ぎた頃、他のスタッフたちが机の上を片付け、ソワソワと帰りたそうな雰囲気を醸し出す。
「あ、皆さん。今日は早めに帰ってくださいね」
本心からの言葉であるが、いい上司を演じている感がした。
「さあ、Nさんも。そろそろ切り上げましょうか。ご家族も待ってらっしゃるでしょうし」
人に気配りをしているようだが、頭の中は自分の家族のことでいっぱいだ。
今までごめん。今日こそは早く帰るよ。
Nが小さな声で言った。
「すみません。今やってます」
へ? 何を?
一瞬言葉を失う。嫌な予感しかしない。
「何をしてるんですか?」
「……資料づくりです」
胆力あるN氏には珍しく、消え入るような声で答える。
それがますますこちらを不安にさせる。
「あの資料って、もう出来てましたよね?」
「ないんです」
「何がないんですか」
「データがないんです……。だから、やり直してるんです」
丹田に力を入れる。
「Nさん。データが消えてしまったなら、復活させる方法がありますから、試してみましょう」
何とか復活できたのは、初期段階に保存したデータだった。
今から2人で作業すれば何とか今日中に終わる。
結果、作業を終えることができた。
そして、私は、終電を逃した。
改札口で「くだらねぇ」と呟いて、
「あいつのせいだ」と思ってしまった。
しかし、同時に心の周りをチラチラ見え隠れする感情があった。
Nさんに対する「何故」や、「モヤモヤする気持ち」があるのは確かだ。
だがしかし、時には折り合いのつかない相手を受け入れ続けなければならないことがあるのではないか。
人間関係、いつでもスッキリ明快な解があれば良いが、無いことだってある。モヤモヤしながら、受け入れる。実は私も誰かをモヤモヤさせながら、「くだらねぇけど受け入れてやるよ」、と思われているかも知れない。
きっとそうなのではないか。
いや、そうだろう。
とは言え、受け入れたくないな。
いや、受け入れる。
***
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