スマホをなくしただけなのに
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記事:こまる(ライティング・ゼミ平日コース)
シンガポールでスマホをなくした。
私は一日の3分の1以上を、スマホを見る時間に費やしている。
友人と連絡を取るのも、ニュースを見るのも、調べ物をするのも全部スマホでできる。
あんまり外に出たくないな、という日は、スマホ一つでショッピングも映画鑑賞もできてしまう。本当に便利な世の中になったと思うし、今やスマホなしでは生きていけない。相方というか、相棒というか。愛情とか思い出とか大事なものがいっぱい詰まった、私にとって大事な大事なものだった。
そんな私が、シンガポール空港のベンチで相棒を失ったのだ。
目的地はマレーシアのペナン島だった。その日は直通便が無かったため、シンガポール空港で20時間の乗り継ぎ時間を過ごしていた。シンガポール空港は新しくてかなり広い空港である。レストランや売店、休憩所などが充実しており、何時間いても飽きが来ない。私自身もこの空港には何度も乗り継ぎでお世話になっていたので、過ごし方に困ることもなかった。
一通り遊びきった私は時間ほど空港のベンチで睡眠をとっていた。寝ぼけまなこで相棒をいじり、一息ついて、そろそろ朝ご飯を食べに行くか、とその席を立った。数分後にふと思い出したかのようにポケットをまさぐった時にはもう相棒は逃げ出していた。
やばい。友達とは現地集合だし、着いたら連絡するって言ってあったのに。
一人でこういう時どうしたらいいんだろう。盗まれてたとしたら?海外で使われたら通信料金やばい。ていうかこの旅行のこと親に言ってないし、一週間も連絡取れないなんて絶対心配される。彼氏にも連絡取れないし。まずい。写真もバックアップ取ってないよ……。
ベンチに戻って周囲を探した。ベンチにはまだ眠っている人ばかりだった。空港のスタッフに助けを求め、1時間ほど探し回ったが、私の相棒は見つからなかった。植木鉢の中やベンチの下までくまなく探した。次の飛行機が出発するまで残り3時間だった。諦めるしかなかった。可愛い子には旅をさせよ、かな。そんなにシンガポールが気に入ったのならこの国で生きていけばいいよ、私の思い出たちと共に。
その後、私は何とか友人に連絡を取り、ペナン旅行を無事に終えた。
(シンガポール空港にはPCブースがあった。遠くの相棒より近くの他人だと思った。片っ端からSNSにログインしてローマ字でメッセージを送った。SUMAHO、NAKUSITA。TASUKETE~)
ペナンで過ごした一週間は、相棒のいない生活だった。せっかく旅行に来たのに写真を撮ることもできない。日本にいる友人にメッセージも送れない。
初日こそ「あの仕事の連絡きてるかな……」なんて考えたりしていたが、もう何を考えても無駄だと思い、旅行に集中した。
昔、アニメ『ちびまる子ちゃん』で、カメラを忘れたたまちゃんのお父さんに向かって友蔵が「心のシャッターがある」と言っていたのを思い出した。私は友蔵の言葉に助けられる日が来るなんて、と思いながら、心のカメラで思い出をたくさん切り取った。
そして、心のカメラで撮った写真は、心のクラウドに保存され、いつでもスクロールして見ることができた。容量も、たぶん、1000GB以上あるんじゃないかな。
飛行機から降りた時のムンとしたにおい。朝ごはんの飲茶で食べた、緑色のおかゆ。パラセーリングで空から見下ろしたペナン。友人と話した、恋の話、音楽の話。
海外旅行は数えきれないほど行ったが、あの時見た景色や食べた料理の味、友人と話したこと、感じたことは感覚として強く残っている。自分で撮った写真は一枚もないが、この手が、目が、舌が、耳が。たくさんのことを記憶していた。一週間ずっとスマホを触らずに、目の前の景色や出来事を、この身で、全力で吸収することができた。スマホをなくしただけなのに、スマホをなくしたからこそ見えたものがあったのだ。(もちろん、空港に迎えに来てくれて、日本に連絡を取るためにスマホを貸してくれた友人たちがいたからこそ、無事に帰って来ることができたのだが)
さらに、この旅行から帰ってしばらくして、私は3年付き合った彼氏と別れた。
私はずっと浮気をされていたのだが、分かっていても別れられずにずるずると付き合っていた。彼のことが大好きだから、私はそれを許してあげなきゃいけないんだ、なんて危険な思考に陥っていた。後から考えれば、私はただ、一緒に過ごした思い出に執着していただけだった。
旅行中、スマホをいじる時間がいろんなことを考える時間に変わったことで、自分の心と向き合うことができた。一週間連絡を取らなかったことも大きいかもしれない。思い出の写真たちも一枚残らず消え去り、足かせが外れたとともに、自然と気持ちも離れていった。スマホをなくしただけなのに、悪縁まで切れたのだ。(しかもその直後、生涯を共にしたいと思える今の恋人に出会う。)
スマホをなくしただけなのに。
自分には今までなかった感覚を得ることができたり、自分の心と向き合えたりした一週間。
それからというもの、私は大事な決断をするときやたくさんのものを吸収したいときはスマホを手放すようになった。それから少し悩んだときや、苦しいときも。なんだか、本当に大事なものが見えてくるような気がするのだ。
スマホは本当に便利。だけど、手のひらサイズの物しか見えなくなってしまうことがある。
みなさんも少し苦しくなったら、一度手放してみてほしい。
ぱっと顔を上げてみると、意外と世界は広いかも知れないよ。
***
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