メディアグランプリ

【私的福岡】午前0時過ぎの怪盗


Koikeさん 午前0時すぎ

記事:Ryosuke Koike(ライティング・ゼミ)

 

「ない!」
扉を開けて中を覗き込み、手を伸ばしてみた。感触がない。
あるはずのものが、そこにはなかった。
雑然とした箱の中に手を入れて、くまなく探す。入っているものを横に避けたり、出したり。
しばらくしてあきらめ、釈然としないまま扉を閉める。
扉の前で突っ立ったまま、これまでの記憶を辿ってみる。
確かに、昨日見たときは、必ずあったはずである。間違いない。
そうすると……。

私は、扉の前から歩き出した。
間違いない。
取られたに違いない。
犯人は誰か?
思い当たるふしは、それこそ山の数ほどいる。
怪しい奴から片っ端に尋問してやる。

意気込みとは裏腹に、犯人はすぐ見つかった。
「シュークリーム? ああ、冷蔵庫の上の棚の奥にあったやつね。残っていたから誰も食べないと思って食べちゃった」
楽しみにとっておいたおやつを、妹は気付くことなく平らげていた。

昨日まであったはずのものが、いつの間にかないという経験は誰にでもあるだろう。
4人兄弟だった私の家庭では、おやつは早い者勝ちであった。見つけ次第手に入れるのだ。
事情があってすぐに食べられないものは、いつもとは違う場所に置いたり、冷蔵庫や棚の奥に隠しておいたりするのだが、見破られてしまうこともよくあった。
お菓子類は、我が家からはすぐに消えていったのだ。

そういう家庭に育ったためか、当時の意地汚い癖は今でも残っている。
年度末の人間ドッグに向けてカロリーを抑えている私だが、夜中こうやってライティング・ゼミの記事を書いていると、どうしてもお腹が減ってしまう。

家族が寝静まった真夜中、空腹を満たすためにお茶でも飲もうかと思いそっと冷蔵庫の扉を開けると、目に入ってくるのはお茶のペットボトルではなく、チョコレートがたくさん入った袋。
現在の我が家では、家族で食べるお菓子類とは別に、夫婦それぞれが自分のこづかいで買って保管しているお菓子がある。
乳の出が悪くなるというので甘いものはあまり良くないらしいが、ストレス解消のためもあって、妻はいくばくかのお菓子を買っているようである。
授乳中の妻はカロリーを母乳に費やしているのか、たくさん食べる。そして食べてもあまり太らない。実にうらやましい。

妻の買ったチョコレートは、1口サイズの甘いチョコレートが個別包装してあって、全体の1袋に20~30個ぐらい入っていた。
運よく全体の封は開いていた。
個々のチョコレートは意志をもって今にも冷蔵庫からこぼれ落ちそうに見えた。私にはどうぞ食べてくださいと言っているように見えた。

1つくらい、いいだろう。
1つくらいなら、太らないだろう。
1つくらいなら、ばれないだろう。
私は1つチョコレートを取り出し、包装をとりはずし、口へと放り込んだ。
悪魔の実を食べてしまったという罪悪感はあまりなかった。

真夜中の「1つくらい」は、数日間続いた。そして数日続けば、ボロが出るものである。
家族で晩御飯を食べていると、
「そういえば冷蔵庫のチョコレート、夜食べてるよね?」
こういうときに嘘はついてはいけない。素直に非を認め、謝ったもの勝ちである。
「すんません。夜お腹が減ったので、つい食べてしまいました」
「自分のお金で買ってるんだからね」
妻の顔を見る。笑っている。大丈夫だ。
「すんません」
「いいけど、あんまり食べないでよ」
「はい」
とりあえず許しは得たが、なぜわかったのか聞いてみた。
「減っているのはすぐわかるし、それに包装紙そのままごみ箱に捨ててるよ」
我ながら脇が甘いと反省する。

怪盗のように、一夜に痕跡を残さずに持ち去るということはなかなか難しいものである。
少しずつでもばれるのだから、一度に大量に持って行くのならなおさらである。
しかし、それをやってのける連中がいるのだ。
しかも、毎晩のようにやってのける人達がいるのだ。

福岡市のごみ収集は、全国でも珍しい夜間収集である。
大勢の人が寝静まった午前0時過ぎあたりから、作業員らはごみ収集車に乗って都会の夜に繰り出す。

翌朝ごみ置き場の前を通ると、昨夜寝る前に出した時には山のように積んであった燃えるごみの袋が、文字どおり痕跡なく一夜にしてなくなっていた。
しかも、ごみ置き場は地区ごとに決められた場所に出す、いわゆるステーション方式ではなく、一軒一軒家の前に置いておけばよい戸別方式(マンションなどの場合はマンション毎のごみ置き場)だから時間もかかるはずなのに、綺麗になくなっている。

一度、飲み会の帰りか何かで深夜歩いていたときに、彼らの作業を見かけたことある。
慣れている動作で、道端に置かれているごみをポイポイとパッカー車に投げ入れていく。
結び方が悪かったのか中身がこぼれているものがあると、車に取り付けられていたほうきを手に取り、丁寧に掃除をしていく。
動きに無駄がない。
彼らの夜は深けていき、我々の起きる頃にはごみが片付いた朝がやってくる。
年末年始以外、毎日のことである。

夜間収集のメリットとしては、作業に伴い通勤時間帯に道路をふさがないことや、カラスなどの被害も少なくなる。
さらに、公的な立ち位置で夜の街をくまなく作業してまわるので、防犯にもつながっている。
怪盗どころか警備員も兼ねているのだ。

そんな彼らにも失敗の痕跡を見つけた! と思うことがある。
街角に、ごみ置き場に、1つだけぽつんと置かれたごみ袋。
回収し忘れたのか思ってしまうが、よく見てみると赤い枠の黄色いシールが貼られ「分別が正しくありません」のチェックマーク。

1つくらいなら……というのは、よくない。
美しい福岡の街を、失わないために。

 

***
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2016-02-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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