あの日Webの仕組みを作った人の名前を僕達はまだ知らない。
記事:Mu(ライティング・ゼミ)
あなたは今この文章を読んでいる。
僕はキーボードで「あいうえお」と打つ。文字が記載されたファイルをサーバーに上げることで、このWebサイトを訪れたあなたは「あいうえお」とモニターに表示されることになる。
なにを当たり前のことを書いているんだお前、とあなたは思うかもしれない。しかし、この仕組みは数十年前まで誰にも思いつかなかった。
忘れないで欲しい。インターネットが現在のように機能するまで多くの人の試行錯誤があったことを。なお、Webのの仕組みを作った人は2016年現在ノーベル賞を受賞していない。これだけ大きく社会にインパクトを与えておきながら、である。
今からするお話は、僕がWebに初めて触れるときの話になる。まだ、InstagramもLINEもFacebookもtwitterも存在していない頃の話である。
高校進学したばかりの僕は、見事にあらゆる部活動が大嫌いになっていた。中学時代、無意味に厳しかった部活動に嫌気がさしたのだ。特に運動部は2度とゴメンだと感じていた。部活は文化部に限る。これは前提条件だった。しかし文化部は文化部で面白そうなものがなかなか見当たらない。UFO研究部とかオカルト研究部があれば即入部するのに……。しかし、パソコンサークルというものはあるらしかった。パソコンは体力使わないだろうし、まあつまらなくても時間を潰せばいい。
サークル見学するためにパソコン室に入るとノートと大量のフロッピーディスクが受付に置いてあった。名前と使用するパソコンに振られている番号と入室時間と退室時間を書くように促された。
パソコンを立ち上げ、フロッピーディスクを入れると「ぷよぷよ」というゲームが始まった。
って、あれ?
部活でゲームすんの?
え、学校にいるんだよ。マジで?
この部活はどうやら「ぷよぷよ」で遊んでいれば良いという部活のようだった。精神修行を強いられた中学時代の運動部を経験した人間としては、あり得ない光景だった。メンバー同士特にコミュニケーションも交わしている様子は無い。淡々とみんな同じように「ぷよぷよ」の連鎖をどうやってつくり上げるかに夢中だ。
「学校に居ながらおおっぴらに遊ぶことができる部活……!」
これ以上魅力的な部活動を見つけることは不可能だと即判断した。よくわからないまま、僕はすみやかに入部手続きを終え、入部したのである。
もちろん部活内容に嘘偽りなく「ぷよぷよ」をプレイする日々が続いた。毎日勉強が終われば「ぷよぷよ」をプレイするのだ。しかし、この生活も長く続かなかった。
途中でパソコンが全て一新されたのである。ピカピカのパソコンは全てWindows搭載のものに変わっていた。
「これはインターネットが使えるんだよ」
と顧問の先生は言った。どうやらホームページと呼ばれるものも見れるらしい。デスクトップに表示されている”e”のマークをダブルクリックすればいい、とのことだった。画面上には「Internet Explorer 3」と表示される。
「ホームページを見るためのソフトをブラウザと言うんだよ」
なお、ホームページというのはブラウザを立ち上げた直後に表示されるページを指す言葉なのでWebサイトという表現が正しい、というのは誤解が無いように追記させて頂く。とはいえ、当時はホームページという表現のほうが一般的であった。
Yahooを開き、色々なWebサイトを閲覧する日々が続き、次第にこういう欲求が湧いてきた。
「こういうの作ってみたいな……」
顧問の先生に聞くと、HTMLというものを理解しなければいけないようだった。HTMLとはハイパーテキストマークアップランゲージの略で、これに従ってページは表示されているとのことだった。
好奇心に突き動かされ、本屋に立ち寄りHTMLタグ辞典なるものを購入する。とても分厚い。教科書より分厚い。一つ一つの命令文について解説されているだけなのだが、とてもワクワクして読んでいた。しかし、どれだけ読んでも作りたいページが作れるとは思えなかった。どうやら大きな壁がそこにあるらしい。
好奇心は燃料になるが、頭が追いついていない。別のノウハウが必要だということはおぼろげに感じ始めていた。そうだ、大学で学ぼう。そうしたら何か分かるかもしれない。
当時Webサイト作成に特化した大学など有名でなかった。そこで情報と学科に書かれたものの中で最も受かりそうな大学を選び、親の財布でパソコンを買うところまでこぎつけたのである。
そして、初めて自分のタグ打ちでWebサイトを公開した。どんな内容だったのかよく覚えていない。恐らく日記・掲示板・Linkぐらいしかないページだったと記憶している。まだ当時の個人Webサイトというのはあまり人に見られることを意識した作りになっていないものがほとんどだった。大体、我が家の天使というページの中に子供の写真がいっぱい並んでいておしまいという作りのものがほとんどだった。
その一方で、ブログという言葉がようやく日本でも聞かれるようになってきた。この辺りから、有名人がブログというものをやり始めて注目を浴び始めていた。
僕の直感でしばらくはインターネットを主体としたビジネスが盛り上がると感じた。当時よくできた新興検索エンジン会社に過ぎなかったGoogleの登場も大きかった。当時、Googleを知るものは少数派だった。なんでYahooじゃないの? などと言われたものだったが、検索結果が抜群に求めているものに近かった。
Webの創生、という本を見つけたのはその時だった。Web自体は多くの人の技術の組み合わせにより出来上がっていて、誰か1人の功績と断定するのは極めて難しい物であるとのことだった。
しかし、今のWebの仕組み自体を考えだしたのは1人の人物になると言われていた。世界初のWebブラウザ、Webサーバーを構築した人物──つまりこの本の著者であるようだった。1981年、僕の生まれた年と同じくWebはインターネット上のサービスとしてリリースされた。特許利用料やなんらかの利用料を取ること無く、無料で公開されたのである。
僕は考えた。
この仕組みを自分が考えたとして、利用料を取るでもなく無料で公開することなどできるだろうか? と。この人物はその先を見据えていたに違いない。ひいては人類全体のことを考えたのではないだろうか。Webの仕組みを創りだす天才でありながら、人間としての器も計り知れないと衝撃を受けたのだった。
おかげで就職活動時の面接で、尊敬する人物のネタができたのである。質問されれば、決まっていつも次のようなやりとりになったのだ。
「尊敬する人物について教えて下さい」
「はい、ティム・バーナーズ=リーです」
「えっと、あんまり聞かない人ですね。どんな人なのでしょうか?」
「はい、Webの仕組みを作った人です」
***
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