メディアグランプリ

薔薇は効くのだ――チョコレート難民脱出作戦――


記事:西部直樹さま(ライティング・ゼミ)

 

立春を越えたあたりから、どうも世間が騒がしくなる。
いや、年が明けると、早々に騒ぎはじめる。
クリスマスだ、正月だと浮かれたら、次の季節行事は、
節分だ。
豆はどうする、鬼は誰がなる……ではない。

あの忌まわしい、ではなく
羨ましい、でもなく、
妬ましい、は違う、
え~と、そう、あの素晴らしいバレンタインデーである。

 

2月上旬の某日、私は池袋の西武百貨店で、遭難しかけた。
西武の6階に所用があり、エスカレーターに乗っていた。
スマホを見ながら、ぼんやりとしていた。
さて、降りようと思ったら、なんだこの人だかり、女性の数は、もう、満員電車よりも混んでいる。
6階ではなく、7階の催事場まで来てしまったのだ。催事場ではチョコレートフェア、そうまさにバレンタインチョコを売っていたのである。
凄まじい数の女性たち、熱気もすごい。売る方も必死、なんだかもう絶叫している。「○○が素敵~」とか。買う女性たちも命がけの様子、あれもこれも、そんなに彼氏がいるのか、それとも義理なのか、友チョコ? ご褒美なのか。
この熱狂の渦にチョコは溶けないのか、と心配になるほどである。
そして、私はほとんど身動きがとれない。人の流れに身を任そうにも、男性は邪魔者扱いである。私はどこに行くのか……。
必死の思いで、この人混みをすり抜け、下りのエスカレーターに辿り着いた。
普段ならほんの30秒、10歩も歩けば、反対方向のエスカレーターにたどり着くところ、5分はかかった。こまめに人を避けて200歩は歩いただろうか。

一つのデパートでこれだけ人がチョコを買い、売れているなら、日本全国、どれほどのチョコが売れたのだろう。
その幾分か、10万分の1くらいは、私のところに回ってきてもいいのでないだろうか。と思わずにはいられない。

しかし、回っては来ない。
全然、来ないのである。
あのチョコレートたちはどこにいってしまったのでしょう?

まあ、ホワイトデーにお返しをしなくてもいいから儲けもんだ、
と負け惜しみとか強がりをいっても、
無念なことに変わりはない。

もちろん、わたしもアラ還(アラウンド還暦)だ、バレンタインデーだから、チョコという歳でもない。
もちろん、これまで、およそ1万個くらいのチョコレートは、食べたことはある。
もう、糖分は当分控えたい。

小さな自営で社員はいない、だから社内の義理チョコはない。
故郷を遠く離れているので、友人たちからのチョコもない。
まして、本命チョコなどもらったら、それはそれで修羅場が待ち受けているので、ご遠慮したい。と、数少ない身のまわりの佳麗な女性や秀麗な女性たちに根回しをしておいた。彼女たちの反応はおしなべて「大丈夫、最初から予定にないから」と爽やかなものであった。さすが、こちらの意を汲んでくれているではないか。

これだけの理由があり、根回しも完璧なら、今年もチョコは来ないであろう。
しかし、やはり、少し寂しい。
パラソルチョコくらいは欲しい。

しかし、ただ、待っていても、チョコはやってこない。

日々の中で、チョコのことなど少し、ほんの少しだ、ごくわずかしか考えていなかった。ほとんど忘れていたに等しいのだが、
ある時、知人の女性になにげなく
「この時期、女性は大変だよね、チョコの仕入れが」
と話を振ったら
「そうね、ヨーロッパでは男性が女性に薔薇を贈るみたいですよ」とにこやかに返された。

そうか、そうなのか。
その手があったではないか。

同じような苦悩を抱えるチョコレート難民の諸兄にもお伝えしたい。

待てば海路の日和ありは、嘘である。
何もしないのに、君を密かに想う女性は、いない。
多分、おそらく、おおよそ、恐れながらもいないのである。
だから、チョコはこない。
全然こない。
まったく持ってこないのである。
待ち続けてもこない。

だから、先制しなければいけない。

昔嗜んでいた剣道に、「三つの先」という教えがある。

一つは、「先」、相手より先にしかけるぞ、というもの。
一つは、「後の先」、相手の攻撃を受けてかわし、先に打つ、というもの。
そして、「先々の先」、相手の先を読んで、先に打つ、というのだ。

「先」では、遅い。ごく普通だ。
「後の先」では、話にならない。相手からの打突はないのだから。
となれば、「先々の先」だ。先を封じて、先々に手を打つのだ。

先々の先は
薔薇だ。
薔薇をおくろう、もう、それしかない。

薔薇は効くのだ。

若かりし頃、若い女性に一輪のバラを贈ったことがある。彼女はとても喜び、その後、ずいぶん親しくしてもらえた記憶がある。
薔薇は効くのだ。

先日、このライティングゼミのワークショップの時間に、同グループの女性にアンケートをとってみた。
貴女は、薔薇をおくられたら、その男性になにがしかのチョコを贈りますか? と。
見事、100%、チョコは贈ると回答があった。(アンケートサンプル数1ではあるが、たまたま女性が少ないグループだったので、それは致し方ないことである)
薔薇は効くのだ。

知人の女性にも聞いてみた、薔薇がおくられたら、どうよ、と。
ありがとうといって、義理よりは少し高級な 義理がチロルチョコなら、ゴディバとはいかないが、森永ミルクチョコもしくはロッテガーナチョコくらいには格上げする、というではないか、価格差約5倍である。意欲5倍増だ。
やっぱり薔薇は効くのだ。

これなら、いける、と踏んだ私は、
薔薇作戦を敢行したのである。

2月13日の 仕事帰りに花屋さんにより、薔薇の花束を二つ買い求めた。
妻と娘の分である。

その夜、薔薇の花束は仕事部屋に隠しておいた。
翌朝、バレンタインデーの日に、晴れやかに
「おはよう、今日はバレンタインデー、欧州では男性が女性に薔薇をおくるのだそうだ。ということで、どうぞ」
と薔薇の花束を二人に差し出したのである。

 

 

翌朝、私が仕事部屋で作業をしていると、
娘が入ってきて、つっけんどんに
「これさ、余ったから、あげる」
と、手作りのチョコをおいていったのである。

 

 

どうだ。
うまくいったではないか。

 

 

先々を制するものが、勝つのである。

私が意気軒昂に、娘の手作りチョコを持ってリビングに行くと、
飾られた薔薇を見ながら、妻がこう呟いていた。

「まあ、薔薇をおくればいい、って問題でもないんだけどね、ふふん」と。

人生の厳しさを知った瞬間であった……。

え~と、チョコレート難民の諸君、健闘を祈る!
来年のバレンタインまでは、まだまだ日はある!

薔薇は、たぶん、効くぞ!

(写真は、私がおくった薔薇の花束と娘から貰った手作りチョコです)

 

 

***
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2016-02-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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