コワイモノ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:中園 さおり(ライティング・ゼミ平日コース)
「あなたの怖いものは何ですか」
こう聞かれたら私はこう答える。
「打ち上げ花火、風船、雷、トラックのクラクション、映画館で観るアクション映画、後ろから驚かされること」
急に鳴る音、大きな音、全ての驚くことが大の苦手なのだ。風船が怖いと言うと、何故?と大抵の人は笑う。打ち上げ花火も綺麗だし、花火の綺麗さと音の迫力あっての打ち上げ花火なのに見られないのは勿体無いとも言われる。大多数の人はそのくらいで、と思うこと。しかし私にとってはそのくらい、ではすまない、いやかなり重大なものである。
どうしてそうなのか。両親の話によると小さい頃からあまり得意ではなかったようなのだが歳を重ね更に苦手になってしまった。その原因は恐らくあの事件だろう。ひったくり。よくニュースで聞く言葉。何故か自分は大丈夫と思っていたがあの日、ひったくり被害に遭ってしまった。
もう10年程前の出来事だが今でも忘れることは出来ない。一生忘れることはないだろう。その時勤めていた会社の上司の送別会の帰り道でのほんの一瞬の出来事。つなぎを着てサングラスをかけた男が車から降りて来て後ろから私の持っていたバッグを奪って行った。何が起きているか分からなかった私は抵抗した為地面に押し倒された。その瞬間、抵抗している場合ではないことに気付き持っていたバッグを手放した。犯人は車に乗って逃走。
奇跡的に携帯を手に持っていた私は冷静に警察に電話をして車のナンバープレートを伝える。
「現場にすぐ向かうのでその場に待っていてください。」
急に不安感が押し寄せ、過呼吸になりかける。
「大丈夫、もう少しで着くからゆっくり呼吸して」
一度恐怖感にかられてしまったら簡単には抜け出せず、息が荒くなっている私をその数分後発見された。パトカーで警察署に向かう。長い夜が始まった。
警察署に着き、何とか息の荒さを取り戻しつつあった私は取り調べが行われた。その間に通報時に伝えたナンバープレートが功を成し、すぐに犯人も捕まり同じ警察署に連行されていた。私の荷物をほぼ全部川に捨てる寸前のところで犯人は捕まったのだ。
襲われた当時の所持品、周囲の様子等が事細かく聞かれる。途中でマジックミラー越しの犯人を見せられ、襲ったのはこの人たちかと聞かれる。ドラマで見る世界が今正に現実で行われている。警察官は優しく聞くのだが、どうしても自分が犯罪を犯して取り調べを受けている感が拭えなかった。詳しく聞かれれば聞かれる程犯罪に遭ったという実感が湧いてきて答えたくもなくなってくる。しかし答えなければ取り調べは終わらない。夜中3時に始まった取り調べが全て終わる頃には朝8時を回っていた。何もなかったことにしたくてそのまま仕事へも向かった。
それからひたすら忘れようとする日々。でも、どうやっても何もなかったことには出来なかった。ふとしたときに思い出す。大きな音が鳴ってびっくりすると思い出す。与えられた傷は思った以上に深かったことを時が経つにつれて思い知らされた。気がついたらあの出来事を鮮明に思い出して涙を流している日々。
忘れようとしている一方でしばらく取り調べの為定期的に警察署に通う必要もあった。その度に嫌でも記憶を呼び戻さないとならなかった。犯人は捕まったが私が死んだ訳でも、重傷を負った訳でもないので1週間程で釈放されている。
犯罪を犯した人が通常通りの生活を送っているのに私はこんなに苦しんでいると考えると憎しみが湧いていた。私が犯罪被害に遭った現実から逃げれば逃げようとすると憎しみは増していた。
でも、この出来事を数年経った時にワーキングホリデーで向かったオーストラリアで働いたラーメン屋の店長に話して言われた一言ですっとした。
「忘れられないよね。この先一生忘れることは出来ないと思うよ。でもどんなことがあっても折り合いをつけていくしかないんだよ。」
忘れよう、忘れようとするから乗り越えられない。犯人が憎い、憎いと思うからいつまで経っても乗り越えられない。
やっと気がついた。
それからはこの出来事は決して良い出来事ではないけれど様々な気付きを私に与えてくれた良いきっかけのものだと思うようになった。怖いと思う感情は必要な感情なのだ。克服はしたいけれど完全に克服して全てを怖いと思わなくなったら何に対しても気を付けることがなくなる。そして許すこと。許さない限りただただ自分が苦しいだけなのだ。長年悩んでいたのに何故か店長のあの一言で急に考えを変えることが出来た。無意識のうちに誰かにこう言って貰うことを待っていたのだろう。
そうは言っても沢山の私の怖いものまでもが折り合いをつけることが出来た訳ではない。怖いものは怖い。まずは風船が割れる音にびっくりするのを克服しようと風船を触るところから始めているもののまだまだ時間が必要だ。少しずつ、出来ることから。そして、早く花火大会に行って花火をみることが出来るようになったり、映画館で映画を観ることが出来るようになったりもしたい。
友達と遊びに行く場所の選択肢を広げたい。
***
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