あがり性の僕が、1,000人の前で話せるようになるまで
記事:やまさき まさとさま(ライティング・ゼミ)
人前で話すことが苦手だった。結婚式のスピーチ、会議でのプレゼンテーション。あり得ないくらい苦手な種目であった。決定的にコミュニケーションができないわけでもない。初めての人と話すときに自分から口火を切ることは滅多にないが、きっかけを貰えればキャッチボールくらいはできた。それでも3人以下の小集団までで、人数が増えると途端におぼつかなくなった。いつも大汗をかきながら、ぼそぼそと話をする自分が嫌で嫌でたまらなかった。
そんな、受身で、少人数での会話が精一杯のコミュニケーション力で、四半世紀以上、半世紀未満の時を過ごしてきた。いまでも得意になったわけではない。緊張はするし苦手であることには変わりはない。それでも、絶望するほどではなくなった。
子どものころは、のろまだといじめられていた。交際範囲は猫の額ほどしかなく、心優しき幼なじみでさえ、クラスが違うと滅多に話すことはなかった。親は厳しく、まさに昭和の厳格な家庭といった感じで、会話も少なかったため、ますます無口に磨きがかかっていった。コミュニケーション不全な青春時代だった。
就職できたのは、バブル景気のおかげだ。超売り手市場の追い風に乗って、簡単に就職できてしまった。理系だというだけで、相当な数の企業を選り好みできた。あの時代の奇妙な高揚感と軽いノリは大嫌いだったけれど、こと就職に関してはラッキーだった。
さらにラッキーなことに、そのころ、コミュニケーションスキルは重視されるポイントではなかった。なかったどころか、一歩間違うと、「軽い」といわれてマイナスにさえなった。無口でも笑顔を作ることができればマジメとされ、最低ラインは突破できた。時代の波は、すべて自分に有利に働いていた。
エンジニアという無口でもなんとかなる仕事についた僕は、平凡ではあるけれど、まあまあ順調な会社員生活を過ごしていた。定年までこのままでもいいんじゃないかとさえ思っていた。
しかし、そんなに都合のいい人生を送れるわけでもなく、試練の時がやってきた。
社会人も長く続けていると、部下を持てだの、そろそろ結婚しろだのと、外圧がきびしくなってくるのだ。そして、コミュニケーション偏重の時代が到来する。
コミュニケーション第一主義。どんなに優れた技術を持っていても、コミュニケーション能力のないやつはマイナスだと言われる時代は、自分にとって苦痛以外の何ものでもなかった。そんなに急に性格が変わるなら苦労しない。
「だいたいコミュニケーションって行為であって、能力じゃないだろ」そんな叫びもむなしく、無口なエンジニア受難の時代はどんどん進行し、僕の目の前には、分厚い暗雲が漂いはじめていた。コミュニケーション力、プレゼンテーション力。そんなものは持ち合わせていない。失われた10年は、僕のなけなしのスキルさえも奪いとっていった。
それから15年の時が過ぎた。僕は1,000人の前でプレゼンテーションをする。
緊張するのは以前と変わらない。大して成長したわけでもない。それでも、話をすることはできるようにはなった。きっかけが何であったのか整理できていないことも多いが、いくつか思い当たることがある。特に効用があったと思われる3つをあげてみたい。
その1)緊張しない方法を会得しようとしない
緊張しないなんて無理だ。絶対に緊張はする。緊張しない技の本などもあるが、それを読んで克服できる人は少ないと思う。自信を持てとか言われてもバックボーンがないのだ、自信を持てるだけの実績を作るまでに時間がかかり過ぎる。
手のひらに人と書いて飲むみたいなのもダメだ。暗示にかかりやすい人ならいいが、基本的に緊張する人は暗示にかかりにくい。10人の前だと緊張しないが、100人だと緊張するくらいの人なら多少は効くのかもしれないが、そうでない人は余計に緊張する。効かないことに慌ててしまい、頭が真っ白になること必至である。
その2)落語家やお笑い芸人に学ばない
つかみで笑わせたい。おもしろく話したい。誰もがそう思う。しかし、笑いをとるというのは、とてつもなくハードルが高い。気心が知れている内輪でのバカ話とは違い、初見の人たちの心を一気に掴むのだ。簡単なわけがない。あれは「匠の技」だ。高等技術なのだ。「話し方」や「間」を勉強したくらいではどうにもならない。特に古典落語などは、繰り返し聞いて筋も落ちも分かっている噺を、表現だけで笑わせるのだ。犬も歩けば棒にあたる、みたいなやつを爆笑に変える技なのだ。あまりにもハードルが高すぎる。
お笑い芸人も、とんでもなく難しいことをやっている。身を削って笑いにするとか、緊張する人にとって最も難しい技ではないか。ネタがおもしろいから。確かにネタはおもしろいかもしれないが、自分がやったら、おもしろさは半減するだろうし、だいいち、そんなネタを作るのは至難の技である。芸は技術なのだ。相当な鍛錬が必要である。早々に諦めるか、弟子入りできるならしたほうがよい。
その3)成功したいなら、失敗を語れ
わたしたちはスティーブ・ジョブスにはなれない。画期的な製品や成功体験を持っているわけではない。「共感」や「驚き」を持った製品や体験を持っているならいい。しかし、そんなことは稀有である。中途半端な体験を誇張すると話がややこしくなり、余計にうまくいかないものだ。シナリオが崩れるとガタガタになるので、緊張感が余計に増すことになる。自分が有名人なら繕うこともできるだろうが、普通の人では極めて難しいだろう。
余談ではあるが、「わたしたち」という目線や語りかけも危ない。共感や仲間を得ようとする時に「わたしたち」を使いたくなってしまうが、自分が無名の人である場合、「たち」って誰だよ、仲間にするなよ、と逆効果になることも多い。ネットの炎上も実にこのケースが多い。
成功体験を語る場合、内容は当然重要だが、誰が語るかも重要となる。単なる自慢話にならないように工夫するのは結構たいへんだし、緊張しているのに堂々と成功を語るのは勇気がいるものだ。ネットなら広く呼びかけることもできるだろうが、リアルの場は呼びかけの範囲が最初から限定されている。的が小さい分、当たる確率は低い。サクセス・ストーリーは諸刃の剣ともいえよう。
また、大きな成功体験を持っている人は少ないという事実もある。そして、成功の要因をいくら論理的に語っても、特殊性や環境、語る人のカリスマ性に引っ張られるため、自分事化されにくいのだ。知らない人の成功体験ほど共感されにくいものはない。自らハードルをあげることになる。
ならば、どうすればよいか? 超あがり性の私が達した結論は「失敗を語れ」であった。
失敗をしていない人は少ない。何らかの失敗があったり、行詰まりがあるから、人は、話を聞きにきたり、ビジネス書を読んだりするのだ。ゆえに、失敗体験は共感を得やすい。さらに、失敗体験は心理的なハードルを下げる効果もある。1が2になっても、あまり増えた気はしないが、-5が2になったら、もの凄く増えた気になるものだ。体験を一旦マイナスにすることで、コンテンツとしても敷居が低くできるし、すごいことを言わなければいけない、というプレッシャーも下げることができる。
例えば、良い仕事をするためには、まずは現場の声だ。と、意気込んで聞き過ぎた結果、だれの賛同も得られないものができあがったとか、リスクヘッジに時間がかかり過ぎて、完成した時には時代遅れとなっていたとか、その程度の話でも十分である。たぶん社会人であれば、自分が経験していなくても、まわりにゴロゴロと転がっている事例のはずだ。
ゴロゴロ転がっている分、ありきたりではあるが共感性は高い。うちもそうそう、ってやつである。
ハードルを下げ、共感を得て、自分へのプレッシャーも低くなる。失敗はコンテンツとして万能ともいえよう。うまくいけば笑いもとれるかもしれない。まじめで笑いをとるのが苦手な人ほど、無理にネタを仕込むより、失敗談を丁寧にコンテンツに落とし込んだほうがよい。しかし、無理に笑いのネタにしようとすると、ウケなかった時に緊張が倍増してしまうので注意が必要である。それに耐えられる心臓なら、こんなに苦労はしないはずだ。
緊張しない方法はないが、緊張を減らす方法はある。背伸びをせず、丁寧に失敗を書くことができれば、うまく話ができなくても共感してもらえる可能性は高い。反対に、うまく話せないほうが応援してもらえたりする。まさに、失敗は成功のもとを地でいくことになる。
それに、成功を書くためにはドラマティックな演出が必要だが、失敗を書く場合には演出は必要ない。等身大でいいし、等身大でなければいけない。大げさに書くと、特殊体験になってしまい、やはり他人事化してしまうのだ。
成功に対して人は厳しいが、失敗に対して人はそんなに厳しくない。思い切っていこう!
僕はこれで、プレゼンテーションについては、何とかこなせるようになった。では、もうひとつの課題であるコミュニケーションの方はどうしたのか?
好きな女性を映画に誘うために、あることをしたのだが、上記、共感頂けるようであれば、お聞き頂く機会があるかもしれません。ご静聴ありがとうございました。
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