「じゃないほうの“17”」
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石綿大夢(ライティング・ゼミ平日コース)
17。
今年ほど、この何の変哲も無い番号が日本国民に印象付けられた年もないだろう。
西日本を断続的な豪雨が襲い、関東甲信も突発的なスコールがいつ来るかとビクビクしながら過ごしている7月上旬。メジャーリーグ、エンゼルスに所属する背番号17・大谷翔平選手のオールスターゲーム出場。そしてその前夜祭であるホームランダービーへの出場が決まった。まさに湿りがちな日本に響いた、快音だった。
テレビのワイドショーはどれも大谷選手の特集を組んで、注目度を煽る。実力は言わずもがな、その端正なルックスや品行方正な立ち振る舞いを、僕たち日本人が嫌いなわけがない。メジャーで活躍する他の日本人選手の報道もそこそこに、“オオタニ熱”は高まり続けていた。
「うーん。すごいのは認めるけど、少し迷惑だ。」
休日の朝のワイドショーを見ながら、僕は心の中でこう思っていた。こんなことをつぶやきでもしたら隣にいる妻に睨まれそうなので、あくまで心の中で、である。
なぜなら、僕の背番号も“17”だから。
数年前に転職した会社で、友人の誘いもあり野球部に所属した。社会人野球、なんて大それたものではない。あくまで野球好きな会社員たちの集まり、つまり草野球だ。元々中学生の時に野球部に所属していた僕は、部の中ではかなり若い方で、中学生当時やったこともないサードというポジションを入部当初から任された。若いというだけで、強い打球が飛んでくるハードな仕事を振られて、最初は正直嬉しさ半分・しんどさ半分だったが、慣れてくるとボールが飛んでくる機会が多く、ハードながらも楽しかった。
与えられた背番号は17。この時、まだ大谷翔平選手は日本のプロ野球選手の一人に過ぎなかった。
「今年は! やるぞ!! 優勝だ!!!」
野球部の監督を務める先輩が、試合前に気合いを振りまいている。
新型コロナウィルスは、実は草野球業界にも大きな打撃を与えた。
会社からのお達しもあり、人が集まる機会は徹底的に削られ、野外で行われる草野球の練習や試合ですら、禁止になった2020年。しかも多くのグラウンドは公共の施設のため、ほとんど満足な活動ができなかった。去年の鬱憤を晴らすべく、監督だけではなく野球部員全員、燃えていた。僕が入部する前年に草野球の大会で準優勝していたらしいチームは、数年前に逃した優勝トロフィーを今年こそは! と意気込んでいる。チームのメンバーが少なくて何とか試合ができるギリギリの人数だが、試合に挑む気合に満ちていた。
多分、僕以外は。
今年のエンゼルス・大谷選手の活躍は、凄まじい。
元々、投手と野手の二刀流で活躍というだけでも凄いのに、今年はホームランダービー独走状態である。2019年のシーズンを肘の手術で棒に振った彼は、その後見事にアメリカ球界で躍動していた。同じく二刀流だった野球界のレジェンド、ベーブ・ルースの記録を軽々と抜いていき、この記事を書いている現在33本ものホームランを打っている。この記録は“ゴジラ”の愛称で親しまれた松井秀喜選手の記録をも超える、日本人野手歴代ナンバーワンのものだ。
前日の雨の影響か、少し湿った土の打席に立つ僕に、相手チームからヤジが飛ぶ。
「こっちの“17番”は、打てんのかぁ!?」
本当に大きなお世話である。
元々、運動が得意だったわけではない。小さい頃、転校先で出来た友達が地域の少年野球チームに入っていたのが、僕が野球を始めたきっかけだった。当時からぽっちゃりで丸々とした、食べるのが大好きな子供だった僕は、何となく他にやることもないからと中学に進学しても野球を続けたが、レギュラーとして活躍したことはない。
試合で活躍した経験も数えるほどしかない、僕は圧倒的に自分のプレーに自信がなかった。
そんな僕が、いや僕だけではないだろう。日本中にいる背番号“17”が、大谷選手の怪物的な活躍を喜んでいる反面、内心少し迷惑していることだろう。世の“オオタニ”さんや“ショウヘイ”くんもそうかもしれない。
「気にすんな! 集中して!」
ベンチから檄が飛ぶ。なぜ僕がこんな余計なプレッシャーと戦わなければいけないのか。初球は低めに外れたストレートでボール。二球目は同じく低めに変化球だがストライク。大丈夫。球はそんなに速くはないし、変化球もそこまでキレはない。自分にそう言い聞かせながら、バットを握りなおす。
ベンチを見ると、チームの皆が熱い視線でこちらを見ている。ランナー二塁、僕の結果次第で勝ち越すこともできる。そんなことは僕にだってわかっている。でもそんな熱を込めて見られても、こちらはただの普通の背番号“17”だ。特大のホームランなんて打てやしない。期待に応えたいという思いと、半分諦めが混じったスイングは、相手の渾身のストレートにはかすりもせず、空を切った。
一度、打席から外れ大きく息を吸う。
「諦めろ。出来ることしか、出来ない。」2つの思いの葛藤は、良い意味で“諦め”が勝利した。しかしそのおかげで、目の前のボールに集中できる。
結果は……フォアボールで一塁へ。
ピッチャーは悔しそうに顔を拭っているが、僕はどこか安堵したような勿体無いような、複雑な心境で一塁に走っていった。
大谷選手の活躍で、負わなくても良い方レッシャーや期待を背負ってしまっている人は僕だけではないだろう。でもその重圧は、当然ながら彼の活躍あってのものだ。彼が幾多の試練や怪我を乗り越えて、野球の本場アメリカで堂々と自分らしいプレーをしてくれている証拠だ。
明日にはホームランダービーが開催される。この記事がアップされる頃には、結果も出ているだろう。大谷選手、そして全ての背番号“17”。大丈夫、結果がどうあろうとも「出来ることしか、出来ない」
だから思いっきり、自分らしくスイングすれば良い。
***
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