教授と女学生
記事:Ryosuke Koike(ライティング・ゼミ)
*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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学生:トントントン……。教授、いらっしゃいますか?
教授:……ああ、おるよ。入りたまえ。
学生:失礼します。お忙しいところすみません。
教授:いいんじゃよ、いんじゃよ。期末のこのくそ忙しい時期に風呂にも入らず家にも帰らず研究に勤しんでいて、4月に入るまで連絡するなと厳命していたにもかかわらず何の遠慮もなく訪れてくる愛弟子に嫌ごと一つ言わずきちんと応対しようとするわしに、何の用じゃ?
学生:折り入ってお尋ねしたいことがあるのです。
教授:なんじゃなんじゃ? 今年研究室に入ってきた、いや全4回生の中でもトップクラスのその頭脳に加え、時計台の前を歩けば学部生はおろか大陸から渡ってきた外国人観光客までもが振り返るほど容姿端麗でいて、よく言えば何事にも動じない悪く言えば喜怒哀楽の表情があまり伝わってこなくてちょっと残念だけれどもそこが逆にいやより一層の愛らしさを増幅させているのかもしれない君が、叡山電鉄はもちろんのこと京阪電車すらもとっくに終電を迎えたこんな時間に。ああ、1人暮らしじゃったかの。ところで、一体何の用じゃ?
学生:気になっていたことがあって。こんなこと、教授にしか聞けないと思って。どうしても朝になる前に知っておきたいことがあったのです。
教授:なんじゃなんじゃ? このご時世、こんな好々爺に尋ねるよりも、情報の大海というか腐海というか、囲碁の王者に勝った人工知能様様に尋ねたほうがはるかに有意義かつ迅速な回答を得られるかもしれんぞ。もしくは、研究室内にたった一人の女性である君をおいて授業よりも研究よりも昼間に開催される新歓コンパに情熱を注ぎこみ、この時間に祇園の円山公園にある枝垂れ桜の下に他大学の学生と青い結界を張り合って暇を持て余している男の先輩どもに聞いた方がいいかもしれんぞ。なにせ、見てのとおりわしは忙しいのじゃ。しかし、愛弟子の夜も寝られぬ大いなる疑問を快刀乱麻のごとく解決するためには仕方がない。いつもこっちが耳にタコができるくらい口を酸っぱく幾度となく言っているように、できるだけ、わかりやすく、簡潔にを踏まえて用件をすぱっと伝えてくれてほしいのう。
学生:●ックスについて教えてほしいのです。
教授:ふんごぉ! いくらなんでもストレート過ぎるわ!
学生:教授の指示どおりに簡潔にお伝えしたつもりです。漠然としすぎですか?
教授:うーむ、確かにそのキーワードだけでこの世の中の核心に迫ることができ、男どもは寝る間も食べる間も惜しんで昼夜を問わず議論することができるもんじゃが、明日の朝までに教えるにはやや広範囲過ぎるのう。もうちょっとカテゴリーを絞ったほうがいいかもしれん。
学生:どうすればよいでしょうか?
教授:精神論から制度論、基本的な動作法から型別式攻略法、危険度別脱出法まで実に色々あるのじゃが、よいよい。君が知りたいことを個別具体的に言ってくれれば今宵はよかろう。
学生:男性はどの「型」が好きなのでしょうか?
教授:ふんごぉ! いきなり型別式攻略法か! 上級編か! 君はそのおしとやかな雰囲気とは裏腹に、家庭菜園の作業が終わった後の泥靴で平気で他人の家にあがるような、庭の畑を耕すのにクワではなくいきなり耕耘機を持ってくるような肝っ玉の持ち主のようだな。まあよい、退屈な基本からやるよりも応用編から取り組んだ方が覚えが早い生徒もいるからのう。しかし、君にはあまりにも刺激が強すぎる話じゃと思うから、隠語……もとい、オブラートに包んで答えることとしよう。答えは……「フツウガステキ」じゃ。
学生:はあ。
教授:なんや、イチローもあっと言わせるような鋭い球を投げてきた割にはその反応か。まあ、解説すると、日本をはじめ世界には48とも108ともよくわからんけども、人の数だけ無数の型があるわけじゃが、人間というものは選択肢が多いと逆に選べないというものなんじゃ。一説には7つ以上選択肢があるともうどれが良いとか悪いとか気持ちいいとか判断ができないそうじゃ。そういう場合の合理的選択としては、王道を行くのが無難だと思わんかね?
学生:そんなものなのですね。
教授:人は「普通」に飽きてくると色々求めたがるもんじゃ。隣の芝生はAlways青い。でも色々試してみると、結局は普通が一番と思うんじゃないのかのう。君の先輩が、浮気相手と一緒にいる現場を押さえられたときに、色々あったけどやっぱりお前が一番だとか言って彼女とヨリを戻そうと画策したみたいにな。
学生:続けて、お尋ねしてもよろしいでしょうか?
教授:構わんよ。乗りかかった船だ。太平洋を渡り切るまで付き合ってやろうじゃないか。
学生:男性は、緩いのが好みなのでしょうか。それとも締まりがきついほうがいいのでしょうか?
教授:ふふふんごぉ!
学生:教授、大丈夫ですか?
教授:ストレートの次はカーブかスライダーかと思ったら、また直球か!
学生:大事なポイントじゃないかなと思って。
教授:……まあ、確かにそうじゃのう。が、これはどうなんじゃろうな。中学生が親の目を盗んで買ったことすらもひた隠して読むようなあの俗世間的な二次元の教本には、もしかしたらきつい方がいいという吹き出しが五月雨のように書いておるかもしれんが、例えば、日常が全て1秒単位で決まっているような生活は窮屈じゃないかのう。できれば出張旅費の請求の締切も、行政の補助金の申請の締切も、ある程度余裕をもった期限を設定してもらわないと、間違えてしまうし良質なものができないと思わないかね?
学生:そう言われれば、そういう気もします。
教授:そこんところは都合よくしてもらいたいところじゃのう。まあ、脱線しかかったが、結論から言えば両刀使……もとい、両方使い分けることができれば一番じゃないかのう。状況に応じて臨機応変に対応できれば何よりじゃ。
学生:教授はどちらがお好きですか?
教授:わしはまあどちらかと言えばそんなに締まりがない方が……って何を言わせるんじゃ! これはプライバシーを通り越して個人の尊厳に関わることじゃ。いや、もう国家機密レベルじゃ!
学生:失礼しました。
教授:まあよい。これで終わりか?
学生:いえ。それでは次のお尋ねですが、男性は身に着けるなら厚いのと薄いのとどちらお好きでしょうか?
教授:ふふふんごぉ!
学生:教授?
教授:……き、君は、わしが今しがた言ったばかりの臨機応変なり、緩急の付け方なりという考えを理解しとらんのかね?
学生:これも大変重要なことだと思っています。
教授:これは、隔てるものが少なければ少ないほど、そりゃいいんじゃないかのう。付き合い始めたばかりのカップルからすれば、数百キロも離れているより、毎日会えるような距離の方がうれしかろう。うん、我ながらいい例えじゃ。そういえば、数年前に遠距離恋愛とこのテーマをかけたTVCMがあったような気がしたぞ。
学生:薄い方がよいのですね?
教授:まてまて早まるな。これにはちょっとしたけれど深い問題があってのう。あちらを起て……もとい立てれば、こちらが立たないというやつがあってな。あれじゃ、「トレードオフ」が発生するんじゃ。
学生:はあ。
教授:薄ければ薄いほど、伝導率が高くなるのじゃ。抵抗が少なくなるのじゃ。感度が増すのじゃ。そうすると、総量が一定なら時間は短くなるのじゃ。量をとるか、長さをとるか。ここに、精神と肉体をかけた葛藤が男性諸君の下腹部と脳内を襲うのじゃ!
学生:長さで思い出したのですが、男性は長いのと短いのどちらが良いのでしょうか。
教授:ふふふふんごぉふは!
学生:教授、何か鼻から赤いものが湧いています。
教授:わしを殺す気か! 銃も剣も使わず、ペンも使わず、会話だけで殺す気か! これが21世紀の戦いというものなのか!
学生:難しい問題だと思っています。
教授:……。これは、本質的には女性の問題であって男の問題ではない気もするんじゃがのう。
学生:個人的には短い方がいいと思っています。
教授:ふぐぐぐぐごほぅ!
学生:教授!
教授:……もうわしは若こうない。これ以上そのたわわなくちびるから発射される屈託のないピンク色の好奇心にはついていけそうにない。ハワイにすらたどり着けんかもしれん……。
学生:あともう少しで終わります。
教授:そうかそうか。じゃあもう少し頑張ってみるかのう。
学生:やっぱりよく吸う方が気持ちいいんですよね?
教授:……。
学生:教授、教授。しっかりしてください。
教授:…お、おう。すまん。なんか脳内でキラウエア火山が爆発してしまい気絶してしもうたわい。
学生:でも私、あの臭いがダメなんです。
教授:なんやもう知っとるやないかい! 体験しとるやないかい! 彼女と付き合いはじめて1周年の記念日に夜景の見えるレストランに連れて行ったときに「わー、こんな景色初めて」とキャッキャキャッキャとした振る舞いを見せ上手くいった満足感に浸っていたところ、席についたら「あのお薦めのワインください」とメニューに記載されていない店長のお薦めのワインを何の戸惑いもなく頼まれた時の突然の違和感と一緒や。わしに尋ねんでもよかったやないか! わしを馬鹿にしとるんか!
学生:わからなくて困っているので教授に尋ねているのです。
教授:ほんまかいな? これまでもわしの知らぬところで数多くの男を味わっていい思いをしとるんやないんか?
学生:私が今まで嘘をついたことがありますか?
教授:……そうだな。卒業した先輩が来なくてもいいのに研究室にやってきて、長時間うんざりするウソだらけの自慢話をしはじめて周りの後輩が仕方なく気をきかせておだてつつ聞いているときに、途中からやってきた君はその無表情で正確無比に矛盾点を指摘し何の反論もさせず前のめりに卒倒させ文字通り鼻を折ってやったことがあったのう。
学生:最後の質問をしてよろしいでしょうか?
教授:よかろう。
学生:中でも外でするのも生が気持ちいいって言って私のお願いを聞いてくれないんですが、生はやっぱりエチケットがなってないですよね?
教授:ふぐぐぐぐ…ごはぁ!
学生:教授。鼻血が重力に逆らってます。
教授:もう限界じゃ……。これ以上出るものはもう何もない……。じゃが、大人として、人生の先輩としてこれだけは言わせてもらおうじゃないか。君はまだ学生の身分だ。しかも、これからその頭脳を、才能を、余すところなく社会に花開かせねばならない。もちろん、女性なのだからいずれはその時がやってくるかもしれんが、若さゆえの一時の快楽のために、安直な自分勝手な男どもの言動なんかに流され従ってはならぬぞ。これがわしの遺言じゃ……。
学生:そうですよね。やっぱりきちんと用意してからにします。
教授:ああ、空が明るくなってきた……。最後の朝日じゃ……。
学生:教授。
教授:……なんじゃ?
学生:こんな時間までおつきあいいただき、どうもありがとうございました。
教授:よいのじゃ、もうよいのじゃ。愛弟子の役に立てたのなら、よいのじゃ。
学生:やっぱり、靴だけじゃなく靴下も必要ですよね。
教授:そうじゃ。……って、靴下!? あの両足を覆う袋状の布のことか! ソックスのことか!
学生:そうですが。明日、いや、もう今日ですね。今日が実家にいる父親の誕生日なのです。父親はすぐに靴をダメにするので、ちょっと良い靴をプレゼントしようかなと思っているのですが、家でも仕事でも靴下を履かないので、ついでに靴下もあげようと思って。汗っかきなのか臭いがひどいんです。
教授:それじゃ、今までの質問は……。
学生:男は家族で父親だけですし、ちょうど教授と同じくらいの年齢だったので、どういったタイプのものがいいか参考にさせていただきました。
教授:……ほ、ほう。そういうことじゃったのか。そうかそうか。そんなことだったのか。おほほほほ。それはよかった。わしの貴重な時間と血液を絶え間なく注いで紡ぎ出した意見を十二分に生かしてくれるのであれば、それは本望じゃ。
学生:本当にありがとうございました。これからうちで仮眠して、河原町のデパートに寄って実家に帰ろうと思います。
教授:そうじゃな。いい親孝行ができればいいのう。
学生:それでは、失礼します。
教授:まだ辺りは暗い。気をつけてのう。
学生:……。
教授:ん?
学生:……。
教授:なんじゃ? わしの顔に何かついとるかのう? 確かに先ほど鼻から上空二千メートルまで溶岩を噴火し……わわわ、なんじゃ顔を近づけてきて。そんなに近づけなくても、君の頬には吹き出物など全くなく平らなけれども柔らかな弾力性のある地平線が続いていることくらいわかるぞ。
学生:教授。
教授:なんじゃ?
学生:エッチな想像したらダメですよ。
教授:ふんごお!
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