国際比較文化論 《始まりは日曜の朝だった》
記事:Mizuho Yamamotoさま(ライティング・ゼミ)
それは、14年前の日曜日の遅い朝食の時間
だった。知人からの電話に、二つ返事で私は
「いいよ!」
と答えた。受話器を置いて、食卓に向かって
中学1年生と高校1年生の息子と夫に言った。
「しばらくアメリカからの交換留学生を預か
ることにしたから。来週の日曜から!」
えええっ!!!
と寝耳に水で、びっくり仰天の三人。
「何か不都合でも?」
「てかさぁ、このまったりとした日曜日の時間に、
家族への相談もなく決めるかな?」
長男の困った顔。次男の驚いた顔。夫の呆れ
た顔の三重奏。
「預かった交換留学生の18歳の少年が、
夫婦2人暮らしで息子も娘もアメリカに行って
いない家で、退屈しているらしくて。うちな
ら子どもいるし、彼も楽しいんじゃない?
とりあえず、母さん英語話せるし。まぁ、1
週間くらいのことだから」
即決のO型母さんと、考え込むA型の男性陣
が、我が家の構成メンバーだった。
翌日曜日やって来た留学生は、ピーター。
アメリカニューヨーク州の北の方の小さな町
の出身。市内の私立高校に通いながら1年間
滞在予定で、ロータリ-クラブの数名のメン
バー宅と、息子をアメリカに留学させている
知人宅に3か月ずつ住むことになっていた。
大人しかいない知人宅に馴染めず、ちょっぴ
りホームシック気味のピーターは、我が家の
人懐こい次男とすぐ仲良くなった。
「ピーター、将棋しよう!」
「ピーター、パワプロしよう!」
幼少期から外国人の出入りの多い我が家で、
しゃべれなくても意思は通じることが分かっ
ている次男は、佐世保弁で日本語の分からな
いピーターに話しかける。
「えっとね、こいはこがんなっとっけん、こ
がんしたらよかとさ(これはこうなっている
から、こうしたらいいのさ)」
と将棋を教えたり、TVゲームに興じたり。
ピーターは2,3日で元気を取り戻した。
高校に通っても、同じ留学生の2人と話す以
外は、日本人高校生の中で黙って過ごす彼。
高校生はなかなか話しかけても、英語を理解
してくれないようで、クラス内での孤立が際
立ち、ちょっと不登校気味の彼だった。
1週間が過ぎるころに、ここにいさせて欲し
いと懇願する彼に、ダメとは言えなくなって
いた息子たちと夫。
進学校での勉強漬けの日々に新しい部活動の
空手を始めた長男は、ピーターと絡む余裕な
く、彼の相手はもっぱら次男の役割であった。
家族全員が学校や職場に行っている昼間に、
私の母である「おばあちゃま」が掃除や洗濯
物をたたみに来てくれていた。学校をさぼり
気味のピーターの帰宅が一番早く、おばあち
ゃまもまた日本語で臆せず彼に話しかけてい
た。
1か月で彼の日本語力はぐんと向上し、簡単
な会話ができるようになった。
朝から、
「おかあさ~ん、頭が痛いから休むと学校に
電話して」
と彼が言う。ウインクしながら、
「夕飯は僕が作っておくから!」
料理好きな彼は、アメリカの母親にメールで
料理のレシピを聞いて、買い物に行き、よく
夕飯を作ってくれた。
仕事が忙しく、サービス残業ばかりの中学校
教員の私には、ありがたい存在となった彼だ
った。
日曜日は5人家族で外食。仕事の忙しい夫と
部活の忙しい長男を置いて、三人で山口、熊
本の私の友人宅に泊りがけで遊びに行ったり。
彼の両親は、彼が幼稚園児の時に離婚。3歳
上の兄と彼は、母親の家と父親の家の両方に
自分の部屋を持ち、2か月ごとに住む家を交
代して生活してきたという。どちらの家も近
いので通学に不便はなかったそうだ。父親は
再婚して、妹が生まれたがその妹とも仲が良
く、母親はパートナーと同居しているが、そ
の男性とも仲良く過ごしている。
日本人にはなかなかない感覚だが、アメリカ
ではそう稀な話ではない。
なんだか不思議だねぇ、などと言いながら我
が家も彼からアメリカ文化を伝授し、世の中
にはいろんなことがあるものだと思うように
なって行った。
結局4か月我が家で過ごして、次の家に移っ
た彼は、帰国後も頻繁にメールをくれて、愛
知万博の仕事で来日した際にも遊びにやって
来た。
その後、姉妹都市のオーストラリアの教員夫
婦が1週間ホームステイしたり、ALTとなっ
てまた日本にやって来たピーターが、頻繁に
里帰りと称して我が家にやって来たり。
ピーターのお父さん側の姉妹と友人がアメリ
カからやって来て我が家に宿泊したり、お母
さんとパートナーと兄さん夫婦が宿泊したり。
次男がアメリカのピーター宅へ泊まりに行っ
てクリスマスを過ごして来たり。
お互いに普通の旅行では味わえない特別な体
験をすることができたのも、元はと言えば私
の、まったりとした日曜日の朝の即決だった
のだ。
考え込まずに即決する、
「いいよ!」
という返事が、案外楽しい未来を連れてくる
ものだと私一人で悦に入っているのだけれど。
息子たちも出て行ってしまった我が家では、
近年泊り客が増えていて、100%私の友人
なのだが、夫はいそいそとケーキを手に帰宅
するようになった。そして嬉しそうに私のお
客さまと話をしている。
息子の友人が、息子はいないのに飲みにやっ
て来ることもあり、我が家はだんだんと居酒
屋兼宿泊施設になりつつある。
全ての始まりは日曜の朝の電話から。
「いいよ!」
の一言が世界を、そして日本を明るくするの
かもしれない。
***
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