60歳で女性3人を口説けるようになる方法
記事:ダモイ コジローさま(ライティング・ゼミ)
昼下がり、お得意先からの帰りにカフェで一息つく。
寒くも暑くもなくスーツでも快適な季節だけれど、ひとつ大きな悩みがあった。
ひとり頭を抱えていると、隣で楽しげに話す女性ふたり組の声が耳に入る。
話の内容から大学に入学したばかりの1年生のようだ。
ひとりは夜のニュース番組に出ているお天気アナウンサーのような雰囲気で、多少かんでも、それが逆にかわいいと思えるような目の潤んだ女子学生だった。
「たくさんあって迷っちゃうよねぇ」とその子が大量のサークル勧誘チラシを1枚また1枚と次々に取り出しては眺めている。
もうひとりは、目がくっきりした整った顔立ちでスポーツ担当という雰囲気だ。
「4年の学生生活が決まるから、しっかり見定めないとね」と1枚を熟読している。
そういえば、自分も女子大の前でよくテニスサークルの勧誘でチラシを配ったな、と20年前のことを思い出す。チラシをもらう方はうれしい悩みだけれど、チラシを配る側には苦行でしかなかった。知り合いの女の子に話すのも緊張する私が知らない子に声をかけるなんて。
しかも、当時は歓迎コンパの連絡をするため名簿に連絡先を書いてもらっていた。サークル総長からは「ひとり1日10人は連絡先を集めるように」というノルマが課せられ、得意な奴らは「俺は25人だ」「俺なんて30人だぜ」と外国人バッターがホームラン数を競うような会話をしていた。一方、私はといえば昼過ぎから4時間かけて1人しか名前を書いてもらえず、ピッチャーが申し訳程度に打席に入っているような状態だった。
その晩、友達の家に集まって連絡先を書いてもらった子に電話をかけて歓迎コンパのお誘いをした。僕は電話機の前でたっぷり30分悩んでからようやく電話をかけた。
「もしもし、田中です」
太く低い声が受話器から聞こえる。想定される最悪の事態だ。おそらく電話を取ったのはお父様である。当時は携帯電話が普及し始めた頃で、ほとんどの子は名簿に家の電話番号を書いていた。
「あの・・・・・・、明子さんいらっしゃいますか?」
なるべく丁寧な声を出すようにつとめる。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
声の主は不機嫌になり、こちらに槍を向けた門番のような警戒心があった。
「あの、本日サークルの勧誘で声をかけたもので、イベントのご紹介をし・・・・・・」
というやいなや「必要ありません」と電話をガチャ切りされた。
私はこの一件がトラウマとなってその後一人しか新入生を勧誘できず、その埋め合わせに飲み屋の手配や会計に精を出した。そちらは才能があったのか、卒業する頃には「幹事をやるならまず私に相談しろ」という地位にまでなっていた。
最近はお父さんと電話で話すリスクなんてないんだろうなぁと、昔を懐かしんだが今は感慨にふける余裕がなかったことを思い出す。この4月から課長に昇進したまでは良かったが、会社のゴルフコンペの幹事に指名されてしまったのだ。
会社のゴルフコンペは毎年開催されていたが、参加メンバーは全員男性だった。そんな状況を変えたいから若い女性社員を参加させてくれと1週間前、部長から指示がでた。「いろんな社員が交流するのがゴルフコンペの目的だから、新課長の腕前を見せてくれ」とか都合のいいことを言っていたが、明らかに職権乱用である。その場にいた社員もセクハラ部長の生贄だな、と哀れみの目で見ていた。
その後、簡単なチラシをつくって掲示板に掲載し、さらに社内に勧誘のメールを一斉配信する。それから1週間、期待に反して女性からの参加返信は一通も届いていなかった。「これだけじゃ、やっぱりだめかぁ」冷たくなって残り少ないコーヒーをひと口すすった。
会社に戻るとチラシを10部コピーする。やはり直接手渡しするのが効果的だろう。自分でチラシ配りを始めようと思えるあたりは、この20年で成長した証だ。でも、どうやって渡すのがいいのか。変なことを言うとセクハラになって訴えられるような世の中。油断はできない。
まずは近くの顔見知りからと思い、隣の島の入社5年目の女性に声をかける。仕事であれば目的もはっきりしているし話はできるのだけれど、こういった遊びっぽい内容だとどうも上手く話せない。ともかくコンペに来てほしいということを伝えたが、どう話したか細かくはほとんど覚えていない。相手は終始、愛想笑いを浮かべ最後は「前向きに考えておきますね」と大人の対応であしらわれた。
自分の椅子に深く座ってため息をつく。どうしたものか。するとふいに話しかけられた。
「先週部長から言われてた件ですよね。なにか協力しましょうか」
若手男性社員の中島だ。彼は女性ともよく話しているし誘うのも上手そうだ。ここまでの話をすると、「いきなりおじさんのコンペに連れていくのはハードルが高すぎる」とごもっともな意見をもらう。さらに「まず、打ちっぱなしの練習にいってじょじょに進めましょう。僕が3,4人声かけてみます」と言う。こいつはおそらく相当のバッターに違いない。にわかに何とかなりそうな気になってきた。
後日、中島が声をかけた若い男性、女性社員数名で社会帰りにゴルフの練習にいった。練習場の場所探しは私がやった。会社から近く、女性が好みそうで、おしゃれな雰囲気のある練習場を探すのは思いのほか大変で深夜1時までネットと格闘するはめになった。
社員たちは練習場に来て並びの打席に入り準備運動を打ち始める。これも私が30分前に会場入りして場所取りをしておいた賜物だ。はじめに簡単なスイングレクチャーの時間をとってそれから練習を始めた。私は打席には入らずジュースを差し入れたり、つまらなさそうな人に声をかけてやってくれと中島に頼んだりしてすごし、あっという間に1時間半の練習が終わった。
練習後もぬかりはない。私は練習場近くのお店で軽い飲み会も開き、みなが仲良くなるように取り計らいコンペへの参加を促した。その甲斐あってか参加した女性からは「ゴルフって球が飛ぶと気持ちいいね」「また練習やりましょう」というような声もあがり結果は上々だった。
そして迎えたコンペの申し込み締め切り日。プリントアウトした参加者名簿を何度も見返して名前を確認する。
結局若い女性は誰もこない。
中島はというと練習に行った一番かわい子と付き合いだしたという噂を聞いた。そういえば、大学時代に勧誘が得意だった友達も声をかけた女の子とデートに行きまくって、結局サークルにはほとんど入れなかったことを思い出す。20年たってもやってることは同じか。名簿の紙をひらひらさせて変わらない自分を嘆いた。
その時、「ゴルフ、まだ参加できますか?」と天使のような声が聞こえた。
そちらを見るとチラシを手渡しした女性とその友達が立っている。私がびっくりして固まっていると再度「参加できますか?」と質問される。
「もちろん、ふたりともぜひ。名簿にいれとくよ」
思わずパソコンで作成した資料の上にボールペンで名前を追加する。日ごろの人間関係に勝るものはないなと自分に感謝した。
女性はうれしそうにうなずいてから小さな声で確認してきた。
「このチラシにある。女性は半額補助って本当ですか?」
きっかけはそこかと落胆するも来てくれるなら何も文句はない。
「もちろん」と笑顔でこたえた。
大学の時はひとり、今回はふたり。打席が来る度に自分は確実に成長している。このペースなら還暦祝いには3人は勧誘できそうだ。ただ、私の人生の晴れ舞台はバッターボックスではないところにあるのは間違いない。
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