いまこそ、推しが必要です
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松尾奈々子(ライティング・ゼミ日曜コース)
身近なところからメディアまで、いたるところで「推し」という言葉を耳にするようになった。友人の「推し」はアイドルで、曰く「推し」は「心の支え」だという。会うことができなくとも、心の支えになる人は貴重だと、コロナ禍のご時世に痛感しているので、友人から連投される推しの活動報告LINEにも、文句は言わないようにしている。
「推し」とは、辞書に「他の人にすすめること。また俗に、人にすすめたいほど気に入っている人や物」とある。推しは、誰しもいたり、あったりするのではなかろうか。ジャニーズ、アイドル、芸能人で「この人が好き!」と特段思ったことのない私にも、推しはいる。
私の推しは20年来の友人で、まず顔が可愛い。優しい性格ながら芯が強く、努力家だ。推しとは、小学生のクラスメートとして出会い、あいさつを交わす程度の距離感のまま、同じ中学校に進学。お互い吹奏楽部に入部し、精神的に追い詰めてくるタイプの顧問の指導に耐え、3年間練習に励んだ。部長だった私は毎日言葉の暴力を受けていて、転校を考えるほどには疲弊していた。一方の推しは、練習中、眠気防止のためと言って、おでこにセロハンテープを貼って周りの部員の笑いを誘っていた。推しが眠いのは、夜遅くまで勉強し、朝は誰よりも早く練習にきていたからだったが、それを知っていたのは私だけだった。
推しとは別々の高校に進み、頻度こそ減ったが、たまに遊んだり電話したりしていた。推しは東京の大学に進むことになり、推しが東京へ旅立つ前、推しの実家に泊まりに行った。「美女と野獣」の映画をみながら、推しは泣いていたが、理由は聞かなかった。
それ以降、推しとは3年に1度会うかどうかの付き合いとなった。毎年、お互いの誕生日には「おめでとう」とLINEし合ってはいるが、それ以外に連絡をとることはない。いま現在、彼氏がいるのかさえも知らないが、気にもならない。推しが生きているのであればそれでいいと思っている。今日もどこかに眠気防止のセロハンテープを貼って、頑張っているだろう。
推しは、中学生の多感な時期、嫌な大人にいじめられていると気が滅入っていた私の心にも、セロハンテープを貼って、つなぎとめてくれる存在だった。その一時を乗り切れば大丈夫になる、と分かっていても沈み込んでしまいそうな時、起き上がることができるよう、常にセロハンテープを貼ってくれていたのだ。「起きろ」と念のこもったセロハンテープを。バラバラになりそうな心をつなぎとめるセロハンテープを。何を言うわけでもなく、存在だけでそれができてしまうのが、「推し」のすごいところだと思う。
つい最近、推しから小包が届いた。2カ月遅れの誕生日プレゼントで、中には、タオルやドラミちゃんのマスクケース、「お祝いが遅くなってごめんね。体に気をつけてね」と書かれたメッセージカードが入っていた。よく分からないけどなんだか疲れたなと思っていたところに届いた突然のプレゼントだった。いつでもどこでも、セロハンテープを貼ってくれる推しは尊い。
「文句を言ってもどうにもならないこと」が今、世界中で起きているし「我慢しなければならないこと」が増えたと思う。我慢というのは、外に出たいのを我慢する、というわけでなく、「仕方ないと思うしかない」という我慢だ。
推しにセロハンテープを貼ってもらったら、私の世界でも、毎日、文句を言ってもどうにもならなくて、我慢しなければならないことが起きている、だから疲れていたことに気付いた。この状況で給料を上げてほしいと文句を言っても仕方がないし、適齢期なので結婚しろと周囲に言われても仕方ないし……と、知らぬ間に我慢をしていた。
我慢に気づいたら、心がすっきりした。何も解決していないが、この「すっきり」が私にとっては大切で、スキルを身に付ける努力を重ねることで、結婚しろと言われても気にならなくなる自信をつけ、給料アップの交渉をし、改善されなければ転職すればいい、そう開き直ることができた。
セロハンテープでつなぎとめると、いろんなことが見えてくる。応急処置ができれば、あとは自然治癒するので、絆創膏までいかなくとも、セロハンテープが必要なのだ。
プレゼントがなくとも、推しが頑張っている、と自分で自分にセロハンテープを貼りながら、今日も今日とて頑張ろうと思う。推しの幸せを心から願って。
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