「よいお年を」なんて言ってる場合じゃない!
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:秋田梨沙(ライティング・ライブ名古屋会場)
一夜明けたら、秋がごっそり抜け落ちていた。
駅へ向かう歩道の端っこで、濡れた落ち葉がくしゃくしゃになっている。ふと見上げれば街路樹は枝ばかりだ。朝の冷えた空気の中で寒そうに並んでいる。そういえば、昨日の夜は激しい雨と、びゅうびゅう吹き付ける風の音で目が覚めたのだった。夜の嵐が一気に冬を連れてきてしまったらしい。
何気なくスマホを確認すれば、白い四角に「1」の文字。カレンダーが、聞いてもいないのに、1日であることを教えてくれる。おかしい、ちょっと前まで、その数字は6じゃなかったか。
背筋をツーっと冷たいものが流れる。
まずい、もう、12月だ。
毎月1日が来るたび、1ヶ月あっという間だった……と青ざめる。それはいつもの事だけれど、12月の衝撃はまた別格である。だって、もう2021年が終わってしまうではないか。焦る気持ちがむくむく湧いてくる。
今年が終わってしまう! まだ、何もしてないのに!
ルーティンのように新年に誓った目標も、節分までにはすっかり忘れ去られ、年度替わりに「仕切り直しだ!」と再燃してみたものの、夏には深い海の底に沈んでいた。
一体、私はこの1年何をしていたんだ!
巣ごもり期間に体を絞って、カッコよくパンツを履きこなすのではなかったのか。
週に1冊は本を読んで、心豊かに過ごすのではなかったのか。
朝5時に起きて、家族が起き出す前の充実した自分時間を得るはずでは。
もちろん、どれも成功していない。今更ながら、意志の弱さに頭を抱えた。丸裸になった街路樹の姿が自分と重なって、自然と早足になってしまう。焦る気持ちばかりが、ぐんぐん膨らむ。今年も何も変わらなかった。むしろ、後退したような気さえする。こんなんじゃダメだ。来年こそはちゃんと目標を達成しよう。そもそも、怠惰な私が、あれもこれも、一気に叶えようなんて無理な話だったのだ。ひとつずつ、少しずつ取り組んでいこう。まずは、過去最高記録を更新中の体重をなんとかして……。
気持ちばかりどんどん早足になるくせに、体は点滅する信号に走る気も起こらず、結局、とぼとぼと交差点の赤信号でうなだれた。
「来年こそは……」
ピューッと冷たい風が吹いて、首をすくめる。お肉はついたのに、手足は年々冷えてくるような気がする。冬の寒さに、少しだけ灯った火すら消し飛びそうで、ブンブンと頭を振ってみた。
そうだ、手帳を新調したらやる気になるだろうか。
新しいノートに来年の目標を書いてみようか。
今年は部署も変わったし、慣れない仕事にちょっと忙しかっただけ。
私だって、やれば出来るのだ。
「来年こそは!!」
祈るように見上げた空に、一瞬、息が止まった。
ビルとビルの間。まだ暗い雲が残った、空の隙間に、それは見えた。
虹だ……。
どんよりとした朝の通勤路で、切って貼り付けたみたいに、そこだけがやたらと明るいのだ。くっきりと華やいで見える七色の光が、とてもとても温かくて、ただ見ているだけで体温が1度も2度も上がったような気がする。
虹って、こんなに力強いものだっただろうか?
今まで見た中で、一番綺麗な虹だと思った。
他のみんなも夢中で見ているに違いない、と、あたりを見回してみたけれど、行き交う人々はいつも通り、駅への道を急いでいる。気づいて見上げる人はいない。いや、気づいていても、私のように、ほうけて見たりしないだけなのかもしれない。
あの向こうに行ってみたい、と思った。
スッと伸びた道の先は、どこへ続いていくのだろう。
穴が開くほど、ずっとずっと見ていた。
そうだ、来年ではなく「今」なのだ。
来年こそは、次こそはと張り切っていたけれど、「今」この道に乗らなければ駄目なのだ。たった今、この場所から、未来への架け橋はかかっているのだ。
何をまた先延ばしにしようとしていたのだろう。当たり前のことだ、今年もまだまだ残っているじゃないか。危ない、危ない。また、何もしないで終わるところだった……。虹をしっかり目に焼き付けて、私は、地下鉄の階段を駆け降りて行った。
「良いお年を!」
「また来年!」
知人との別れ際、みな口々に言い合って、ニコニコと手を振る。誰も見えなくなるまで手を振ったら、ひとり、くるりと踵を返した。人の悪い笑顔でニヤッとして、来た道を戻る。私は、まだここでやっておくことがあるんだ。もうちょっと、「今年」で悪あがきしておこうじゃないか。
まだ、そっちへは行かないよ。
虹の向こうへ行くんだから。
***
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