メディアグランプリ

思いがけないアロマからの贈り物


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:みなみあすか(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
ある日、母が自動車事故にあったと連絡があり、私はその時東京にいた。
車に衝突されて、エアーバックに胸を激しく打ち救急車で搬送された。
 
父と母は二人暮らし。父は糖尿病を患い、若干の認知症が入っていて、
母に倒れられることを実は一番懸念していた。
その母が突然の入院……。
父とは昔から何か引っかかるものがあり、関係が良好とはいえない状況であった。
しかし、一人娘である私が出動せざるをえず、一対一で向き合わなければいけない時がついに来た。
ニガテな父と……。
どうも父親に抱いている不調和な意識が後に結婚したとき、旦那さんとの関係性にも影響がおよび、
私はバツイチになっていた。ただ、何がその不調和をもたらしているのかは分からず、心の奥深く無意識の領域に潜んでいるものに真正面から向き合わず目をそらして生きてきたツケが回ってきた。
 
私は急ぎ羽田空港から自宅へ戻る時、先日16年ぶりに再会したアロマの先生から1本の電話が入った。
「今度、福岡で公演をやるから会場を準備しておいて」
「先生、私はそれどころではないんです」と心の奥底で叫びながら
「はい、わかりました」と手短に答え、電話を切ろうとしたとき、
「何かあったの?」と、私のそっけない答えから私の状況を察知したのか、合いの手が入った。
「先生……実は母が入院して父が一人になったんです」と告白した。
 
「今がチャンスよ。まずはお父さんにお母さんの件を話して二人でチームを組んで乗り切ろうと言ってあげなさい。チームよ! あなたがアロマを勉強してきたことを生かすときが来たのよ。いいわね」
 
心から向き合いたくないことに向き合わなければならなくなった重たい気持ちを引きずりながら飛行機に乗った。機内では帰ったらどう対応しようか? あれこれ頭の中でシミュレーションをした。
その中でひとつ心に決めていたことは「アロマ」を使うことであった。
アロマを勉強してきて16年。色々な効能を体感し、周りの人の不調和に貢献し、喜ばれてきたものの、一番身近な家族に伝えられていなかった。
 
上空から福岡市内の明かりが見えた時、いよいよ近づいてくる現実に重苦しい気持ちをまとって福岡空港に着陸した。
 
実家に帰ると父が一人でソファに座っていた。
「お母さんがね……」と状況を説明し、「お母さんが帰ってくるまで二人でチームになってがんばろう」と心を奮い立たせながら、先生にアドバイスされた通りに伝えてみた。
父は「分かった」と静かに答えたものの、本当に分かっているのかどうか怪しい雰囲気だった。
 
随分長い間向き合っていなかった父と二人きりになり、ソファに座る父の足元に目を向けると、
真っ黒な足だった。
「お父さん、どうしたの? 足……。真っ黒だけど……」
聞くとかなり前からだったらしく、本人としてはおかしいとも気づけない位、普通なことに感じていたようだ。しかし、どう見ても尋常な状況ではない。このまま放っておけば切断にもなってしまいそうな位、
非常事態であると認識した。
 
私は急ぎ、カバンからアロマの瓶を数本取り出し、父の足をマッサージした。
今まで父と話すことも避けていたし、まさか父の足を触らせてもらうことになるとは想像もできなかった。
アロマが自然と父と私の間を介在してくれた。
私はこの黒い足の状態にも気づかず、放置していたことを後悔しながら、何とかアロマの力で少しでも
良くなってほしいという願いを込めてマッサージを続けた。
その足は石のように硬く荒々しい質感でまさに私と父との関係性を表すような状態だった。
長い間動かなかった岩を動かすかのようにカチカチの足のマッサージにはいつも以上に力を必要としていた。「放っておいて、ごめんね……」と心の中で何度もつぶやきながら心をこめてマッサージを続けた。
 
マッサージを続ける毎に少しずつ父の肌が呼吸をし始め、押せば戻る、弾力が出てきた。
 
数日後、「気持ちいいな。足が軽くなったよ」
父が感想を言うようになった。
私もアロマを勉強したこと、アロマにどんな効果があるのかなど、夢中になって話をした。
 
こうやって、会話がなかった二人の間に少しずつ会話が生まれてきた。
 
ある日、父が 「昨日使ったラベンダーの香りが好きだ」とポツリという。
近くの記憶が薄くなり、遠い記憶が鮮明になるような若干認知症になりかけている父が昨日の香りを覚えていることに驚いた。
私は嬉しくなってラベンダーのボトルを手に取り、念入りに父の足をマッサージした。
香りは脳に0.1秒で届くという。認知症と思っていた父の脳にラベンダーの香りが届いたことが何とも嬉しかった。
マッサージを続けて1週間経った時にあれだけ黒かった父の足にピンク色の肌色が見られるようになってきた。まるで二人の間に少しずつ会話が生まれ、血が通い出し、心の交流が生まれてきたように。
今まで閉じていたお互いの心の扉が開き、今まで心の奥底に押し込めていた良くわからないものから解放され、涙が込み上げてきた。
 
マッサージを続けている私を見て、娘が一緒についてくるという。
疎遠であった父に対して、娘も祖父に対して一定の距離感を保っていた。
娘は父親もいない、祖父とも距離があり、家族という感覚を持ち合わせていないことに私はどこかで娘に対して申し訳ないという気持ちがあった。
 
そんな中、娘からの自主的な申し出により、私が父の左足、娘が父の右足をアロマでマッサージをした。父と娘と私が一緒にいるこの空間が今までの関係性からは非日常であった。
私も娘も「家族」というものを感じた。
 
明日、母が退院ということになり、父に質問してみた。
「お母さんが帰ってきたら何と言ってあげるの?」
「お帰りかな?」
「それがシンプルでいいね」
 
そして、母が退院した。
「お父さん、お母さんが無事帰ったわよ!」と居間のソファに座る父に伝えると……。
 
「あなたはどなたですか?」
父は認知症を装ってユーモアたっぷりにニヤッと笑って言った。
そして、蘇った足を母に向かって高々と上げてひとこと。
「おかえり」
 
久々の家族の温かさ。
アロマからの私たち家族に思いがけないプレゼントだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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