結婚できなかったことが、人生を変えた。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松下広美(ライティング・ゼミNE0)
20代の終わりが見えてきた頃、婚活を始めた。
合コンに毎週のように行き、結婚相談所にも登録をした。
結婚相談所は登録料で7万ほど、月会費で5千円。1人お相手に会うたびにもいくらかかかった。成婚料が確か10万円。
何人かの人とお見合いをして、お見合いバスツアーなんかも行った。大抵の人は会うのは初回のみで、ご縁がありませんでしたねとお断りをした。複数回会った人もいたけれど、結婚相談所に登録をしていたくせに結婚できるような状況じゃなくなったと断られた人や、後に友達の間では「地図男」と呼ばれることになる、飲みに行く店を探すのに地図帳を持ってくるような人としか出会わなかった。結婚という言葉に全く縁のないまま、退会をした。
もう、婚活なんて辞めた!
周りに宣言をしたわけじゃなかったけれど区切りをつけた、そんなときだった。
「松下、お前、この会に出ろよ」
自分が所属する部署ではない、別の部署の課長である森さんに誘われた。仕事ではあまり関わりがなく、飲み会で顔を合わせる程度だった。出ろよ、と言われたのは、飲み会の場だった。
この会、というのは飲み会ではなく、森さんの課の「学習発表会」というものだった。
この1年の成果発表を、パワーポイントを使ってプレゼンをする会で、上位に選ばれると賞金も出た。森さんの課では評価につながる会だったので強制参加をしなければいけなかったが、私は関係がない。
「いや、なんで私が出るんですか?」
「いいから、出ろって。何やってもいいから」
誘われた、というよりも、強制参加だった。
それまで、パワーポイントを触ったことがなければ、プレゼンなんてものもやったことがない。そもそも、何を発表すればいいんだかわからない。
みんな真面目に実験やら研究やらやっているのに、最近行った合コンの話なんてできるはずもない。
「森さん、何をやればいいんですか?」
「何でもいいんだよ。ほら、あれやってるだろ。ヒューマンエラーとかいうやつ」
そういえば、少し前にヒューマンエラーの研修に行かされて、なんとなく部署の中で改善やってたなと思い当たった。
あれでいいのかと、学んだことをまとめる。
「森さん、パワポって、どうやって使うんですかー?」
「そんなの簡単だよ。自分でやれよ」
そう言いつつも、パワーポイントの使い方や、前に作った資料を見せてくれたりした。
なんとか発表までたどり着き、ほっとしたところに
「松下、来年も参加だからな」
そう言われて、翌年も参加した。
そのまた翌年のこと。
「全国のやつ、今度は松下が出ればいいな」
森さんの課の飲み会に参加していたときのこと。全国各地の部の代表を集めて行うプレゼン大会に誰が出るかという話になっていた。
「いやいやいや、嫌ですって。やりませんって」
「一昨年、渡辺が出て、去年は神崎が出て、次はお前だろ」
どういう順番でそうなるんだかわからなかったけれど、お酒の勢いもあって
「わかりました、やりますよ!」
と、宣言をしてしまった。
全国のプレゼン大会には、森さんを始め、部内全員の気合いが入っていた。
一昨年、去年と、うちの部は2席だった。全国の20ほどの部署で2席。
あとは、1席を取るのみ。
プレゼン資料は、森さんが台本をつくり、パワポ資料はパソコンが得意な別の人が作り込み、私はただの演者だった。いろんな人が仕事の合間に練習に付き合ってくれたりもした。
脚本も資料も完璧。周りのサポートも完璧。練習も積んだ。
決して失敗の許されない、紅白歌合戦の大トリというのはこんな気分なのかと思うほど、本番は極度に緊張をしていた。
「おめでとう! よくやったな」
台本通りに成功をさせ、それが評価されて第1席を獲得した。
第1席の賞金10万円を使った打ち上げの場で、森さんと乾杯をした。
「あのときさ、お前、仕事が面白くないって思ってただろ」
あのとき、というのは、最初に「この会に出ろよ」と言われたときのことだ。
「そんなふうに見えました?」
ビールを飲みながらごまかして返事をしたけれど、図星だった。
20代の後半は、いつまで経っても評価されない仕事が面白くなくて、辞めたいと思った。でも、やりたいことがあったわけじゃなくて、辞める理由が見つからなかった。
仕事を円満に辞めるには……と婚活を始めたんだ。少し上の先輩たちが結婚とともに仕事を去っていって、結婚=円満退社、という、いま考えるとバカみたいな理由で私も退職できればと思っていた。
でも、そんな理由の婚活なんてうまくいくはずもなく、やりたいことも全然見つからず、仕事も惰性でしていたときに森さんが声をかけてくれた。
どこまで見透かされていたのかわからないけれど、バレていたのか。
直属の部下でもないのに目をかけてくれていた。
それからは自分の実力以上の、全国第1席という結果をもらったことによって、周りの評価が変わる。
全国選抜の研修に参加させてもらったし、30代が終わる頃には社内の新システムを構築している部署に呼んでもらった。
仕事なんてつまんない、と思っていた人が、出世街道を歩くようになっていた。
「仕事って、面白いだろ?」
森さんはときどき、そう言っていた。
仕事が面白いと思うきっかけなんて、ほんの些細なことだ。
そんなたいしたことはしてねえよ、と森さんは言うだろうけど、仕事が面白いと思えるようになったのは、人生を変えたひとつのきっかけだった。
出世街道には別れを告げて、人生を変える書店に転職したのも、仕事が面白いと思っていたいからだろう。
「人生を変える」なんて、大げさだと思うかもしれない。
でも、人生を変えるきっかけなんて、とても些細なことだったりする。
だから、人生が変わる書店で、人生を変える人の応援をしていきたいと、私は思っている。
***
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