声に出して言いたい「ふざけんな」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
女性「なんとか言いなさいよ」
男性「いやぁ……」
女性「どうすんのよ?」
男性「……」
女性「黙ってないで、何とか言ってよ!」
私「どうかしましたかぁ?」
女性「はぁ? あんた誰」(鋭い目つきで)
男性「……?」
私「いやね、なんか穏やかでない感じがしたので、どうされたものかなと」
女性「はぁ? 他人に関係ないでしょっ! ほっといてよ! マジ無理、キモいんだけど」(汚いものを見る目つきで)
……うん、やっぱそうなるよな。なるなる、なるに決まってる。
そこまで妄想したところで、私はなぜかドキリとした。
休日の公園でのことだ。
ベンチに座って本を読んでいた私は、ふと隣のベンチに座った男女に意識が向いた。
文字を追いつつも、隣で20代前半くらいの男女が見つめ合っている気配を感じたからだ。
「ちっ、昼間っから熱々かよ! ごちそうさまでした」
そんな私のステレオタイプな先入観は、見当違いも良いところだった。
状況はそんな単純なものではなかった。
というのも、首のストレッチをする振りをしながら、よくよく隣を見やると、二人が醸し出していた空気には、愛とか恋とかとは真逆の、ただならぬ殺気が混じっていたからだ。
彼らは見つめ合ってはいた。
が、お互いを見てはいなかった。
一瞬で分かった。こりゃ別れ話だな、と。
快晴の休日。都心の公園。
燦燦と降り注ぐ陽光の中、小さな子供のいる家族連れが穏やかに時を過ごし、犬の散歩をしていた老人同士が互いのペットに話しかけ、にっこり笑い合う。
そんなザ・平和な雰囲気漂うなか、私の隣のベンチだけは戦時下にあった。
しかも、この公園で戦争が起こっていることに気づいているのは、私だけだった。
なぜだろうか、私はこういった状況に出くわすことが多い。
ある時は喫茶店。
ある時は地下鉄のホーム。
またある時は大型書店の人気のない書棚の影などで。
どこの誰かは全く知らないのだけれど、険しい表情をして見つめ合ってる男女。
明らかに周りの雰囲気とは異世界というか、場合によっては魔界というか、そこだけ重力がズドーンと重くなっているあの感じ。
しかもそれに気づいているのはおそらく私だけ、という状況。
「見てはいけないものを、見てしまった。座ってはいけないベンチに、座ってしまった」
そう思いながら私は、またもやドキリとした。
女性「なんとか言いなさいよ」
男性「いやぁ……」
女性「どうすんのよ?」
男性「……」
女性「黙ってないで、何とか言ってよ!」
ベンチの男性はずっと黙っていた。
必死に本を読む振りをしていた私は、ドキリを通り越して、本格的に胸が痛くなってきた。
本の内容がまったく頭に入ってこなかった。
隣のベンチが気になって、ではない。
1年前を思い出して、だ。
実はちょうど1年前、私も隣にいる彼らと同じように戦時下にあったのだった。
「うちら、もう離婚した方が良くない?」
私が離婚を切り出したのは、ちょうど1年前の母の日だった。
どうしても互いに譲れないことがあり、そのことについて話し合っている最中に思わず出た言葉だった。
言った瞬間、反射的に「まずい」と思ったが、もう後には引けなかった。
というか、後に引く気もなかった。
翌月末、私たちは正式に離婚をした。
付き合って2年、結婚して1年半。
最後はあっけなく終わった。
2人の間にセンセーショナルな事件があったわけでもないし、ましてや不貞があったわけでもない。
ただただ、日々の小さなボタンの掛け違えが積み重なり、二人の信頼関係が崩れていった。
無論、ボタンの掛け違えを正そうと、互いに歩み寄ったこともあった。
例えば、夫婦カウンセリングを受ける等して。
「旦那様はもっと大らかな目で奥様を見てあげてください」
「奥様はもっと旦那様を立ててあげてください」
やけに派手な化粧と妖艶なヘアスタイルの、アラフィフと思しきカウンセラーの女性から、確かそんなことを言われたような気がする。
しかし、私たちは……というか私は、別れを選択した。
思えば、生まれて初めて、自分から別れの言葉を切り出した。
これまでフラれることはあっても、フッたことはなかった(と思う)。
自分の人生史上、最大の決断だったように思う。
フラれることには慣れていても、フルことには慣れていない人間が、一つの人間関係を終わらせる。
それも結婚という、まぁ、一般的にも個人的にもスケールの大きな人間関係を。
離婚直後のエネルギーロスったら、なかった。
それこそ仕事をしていても、友人と酒を飲んでいても、一人だけ異世界というか、魔界というか、私だけ重力がズドーンと重くなってしまうあの感じ。
私は、隣の男女から漂ってくるただならぬ気配をきっかけとして、過日の私の戦争を思い出していたのであった。
あれから1年。
1年前の出来事に未練はない。
と、言えば嘘になるだろう。
現にこうやって戦時下の記憶を思い出し、文章にまでしようとしている。
無意識下に未練、というか執着があるのだと思う。
正確には相手や結婚生活への未練というよりも、自分が下した人生最大の決断に対する執着が。
「あの決断は本当にベストだったのか。いや、ベストだった……と、思いたい」
思えばこの1年、その執着は、ずっと私にまとわりついていたように思う。
ハードにかき混ぜすぎて思わず手にこぼれた納豆の粘り気、あるいは夏の夜の寝室で、ブゥ~ンと耳元に飛来する一匹の蚊のように……。
鬱陶しくてしょうがないし、払いのけようと気にすれば気にするほど、納豆の粘り気も蚊も、そして執着も、その勢いを増して襲い掛かってくるあの感覚。
ふざけんな、と思う。
と同時に、ふざけんな! と威勢よく振り払えればどんなに楽だろうか、とも思う。
そこまで考えて私は、ようやっと胸の痛みが和らいできたことに気づいた。
手についた納豆のネバネバも、寝室の蚊のブゥ~ンも、そして私自身の執着も、本当にふざけないで欲しいと心から思った。
そうして私は、声に出して言ってみた。
「ふざけんな」
思ったよりも声が響いてしまった。
隣の男女がギョッとして私を見た。
私はおもむろに本を閉じ、平静を装ってその場から立ち去った。
足取りは軽かった。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:10:00~20:00
TEL:029-897-3325