輪廻転生の案内人
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記事:渋沢まるこさま(ライティング・ゼミ)
「ここが死のゾーン」
「それで、あっちが生のゾーン、そして向こうが老いてゆくゾーンね」
今、私は輪廻転生の現場に来ている。こんなに間近で現場をみることができるなんて知らなかった。
まず私が案内されたのは、死のゾーン。ええ?! そんなゾーン案内しなくてもいいのに。「死」なんてできれば避けたい。だって、なんかおどろおどろしいイメージがあるし。おばけが出ちゃったら嫌だし。なんて思ってついて行ったのだが、その現場はイメージとは違いなんだかいい雰囲気だった。明るく、土のいい香りがしてくる。土ってこんなに香ばしくていい匂いだったっけ?
「この土、何だかいい香りがするね。心なしか温かいような気もするし」
「そうなんだよ!! いい香りでしょ? こっちは土の中の微生物が活発に活動しているんだ! ちょうど今、土の中で分解中だから。だから温かい。こんなの無理だろって思うようなやつもきれいになくなるんだよ!」
え?! この人、ニコニコしながら語っているが……分解ということは……おそらく亡骸を分解ってことだ。
そう思ったらやっぱり土から手を離してしまう。よく土に還ると言うけど、いま私はその現場に居合わせているということ。頭では理解できても、目の前で起こっていると思うとなんだか複雑な気持ちだ。
「じゃあ、今度は生のゾーンね、こっち」
よかった。死のゾーンはもう終わり。生のゾーンからはその名の通り、瑞々しいエネルギーが溢れてくるのがわかる。お肌もプリプリ。ハリもあってぴーんと伸びてシワもない。つい、「若いってこういうことよね。羨ましい!」と口から出てしまう。辛いことがあっても、負けないように一生懸命頑張るその姿には感動を覚える。
だけど、何だかそういう若い勢いが感じられない一画があった。
「あそこは何?」
「ああ、あそこは途中までは元気だったんだけど……。急に元気がなくなって亡くなってしまったんだ。成長を楽しみにしていたのに。何がいけなかったんだろう」
と言った顔が曇っている。そして、急に元気もなくしている。そ、そんなにショックを受けていたのか? どんなところにもこういうことはあるのだな。けれども、その横で今日もまた命は生まれる。なるほど、これが輪廻転生というものなのか。
「じゃあ、あっちは?」
「ああ、あっちは老いてゆくゾーンね」
ん? 老いてゆくゾーン? ああ、干からびてゆくってことね。どんどんシワシワに。でも、凝縮されてゆくこのゾーン。
それで、私は今どこにいるかと言うと、うちのベランダにいる。そして、案内人は夫。
もっと若かりし頃、ベランダで土いじりをしていたのは私だった。チューリップの球根を植えてみたり、観葉植物を育ててみたり。そうそう、トマトを育てて、あと一日おいてから収穫だ! と思っていたら、鳥にやられて落ち込んでみたりしていたなぁ。でもあの頃、夫は全く興味を持っていなかった。またなんかやってる。ふ~ん、と遠くからベランダを眺めていただけだ。それなのに、いつからだろうか、この関係はいまや完全にひっくり返ってしまっている。今、私が育った植物を「ふ~ん」と眺めているだけだ。
まず、夫は土づくりから始める。
これが始まってから、ウチから生ごみが消えた。すべて土に埋めてしまうから。いまやウチでは生ごみではなく「宝」と呼ばれている。
外食に行くと、私たち夫婦は帰り際にそわそわし始める。店員や周りの人たちに気づかれないように、そっと「宝」をビニール袋に入れて持ち帰るためだ。
「あ、ちょっと待って! 今はだめ」
「あ、いまいま、はやく!!」
と言いながら、二人のチームワークで「お宝」をゲットするのだ。だが、きっとお店では怪しい夫婦だと思われているに違いない。だって、食べ終えたお皿は毎回どれも綺麗すぎるから。どんな皮も骨も残さず美しく。
お宝をゲットしたら、夫の言う「死のゾーン」に埋められてゆく。言葉通り、土に還してゆくのだ。すると、本当にしばらくするといい香りの土ができあがるのである。その後、その土に種をまき、新しい命が生まれてくることになる。これが「生のゾーン」
けれど、どうしても相性の悪い植物もあるようで、途中まで勢いよく育っていたと思ったら、急に元気がなくなって枯れてゆくものもある。そんなとき、信じられないくらい夫は落ち込んでいたりする。私は仕方ないじゃん、と思うのだが、夫は愛情をかけている分、悲しい気分になるのだろう。こんなとき、夫の愛情の深さを垣間見た気がして、いつも玄関で靴を並べないことは愛に免じて許そうという気になったりもする。
では、老いのゾーンとは何かと言うと、野菜を乾燥させているのだ。
それまで、私は買いすぎたり、使わなかったりして、ちょくちょく野菜を冷蔵庫で腐らせていた。
すると、そういうものを発見した時の夫は烈火のごとく怒り出すのだ。
「これはいのちなんだよ! わかってるのか!」
それはもう凄い剣幕で、ド正論で迫ってくるものだから、私はぐうの音も出ない。お、おっしゃる通りです。ええ、ええ、それはもう、何も言えませんから。その後しばらくは、夫が恐ろしすぎて買い物するのに躊躇したほどだ。
けれども、私にしてみれば、じゃあ、もうあなたが買い物をして、あなたがご飯を作って下さいよ。そしたら、「いのち」は全く無駄にならないのでしょうから、という気持ちもあった。
そうしたら、夫はそれを察したかのように一夜干しネットを買ってきた。私の「野菜腐らせ癖」は言っても治らないと思ったようだった。それから、危なそうな野菜を発見すると「あれ、干すから」と言って、その野菜は干し網行きとなるのである。干された野菜は、夫がランチのスープとして持ってゆく。何でも味が凝縮されていて美味しいのだそうだ。スープは、トムヤムクン味、しょうゆ味、カレー味などバリエーションがあるらしく、その日の気分によって味を変えている模様。そう、野菜を干すようになってから、夫は自分で自分のスープをつくるようになったのだ。
夫はコツコツ型の農耕民族、それに対して私は短時間集中型の狩猟民族。ようやくこの頃、お互いの違いを認め、お互いの得意部分を伸ばす方向で互いに合意ができてきたようだ。私にコツコツ型は向かない。できない。これを認めようではないか。目下の目標は夫に「糠漬け」をやってもらうことだ。こんなコツコツ、私には到底無理だから。
そんな我が家の毎日。
今日も我が家の輪廻転生案内人は、朝から愛する植物たちに水やりをしている。私はその背中を見ながら「ふ~ん」とそれを眺めているのであった。
***
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