夢見たアメリカで迎えた16歳の誕生日。それは決して甘くなく、冷たく固いその味と、恐怖を煽る振動だけが、記憶に残っている。
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記事:おはな(ライティング・ゼミ)
「おめでとうございます!」
月が変わった途端、普段は鳴らないスマホがざわついている。
今年に入ってから、月初は請求書の発送作業に追われると決まっている。
何がめでたいっていうんだ。
二度寝に戻りたい気持ちを抑えながらスマホを開くと、何通もメールが届いている。
「お誕生月おめでとうございます!」
……誕生日なら月末だけど。間違いじゃない?
眠い目を凝らしてメールを見直してみる。
ん? お誕生……月?
「特別な日に、欲しかったアイテムをご自分にプレゼント♪限定クーポン付」
そういうことか。
バレンタイン商戦も「自分へのご褒美」に転換してきている今の時代、
お誕生日も「ご自身」で祝う流れになってきているのだろうか。
届いたお祝いメールには、1ヶ月間有効なクーポンへと続くURLが貼られている。
もしかしたら、どこかへ行くための新しい靴を、買うことになるかもしれないし……
そんな淡い期待を空想しかけ、「あ、請求書作るんだった」と思い出し、
メールを削除するのも忘れ、慌ただしく会社へと向かった。
今年で32回目の誕生日。
去年までは「仕事が忙しいから当日会うのは無理なんだって」と、誕生日を一人で過ごすための言い訳を持っていた。
今年はどうしよう。せっかく週末なのになー。
気心の知れた友人を、都内でやっているフェスに誘おうかとも思ったが、地方出身の彼との関係に、そろそろ家族の介入がちらつき始めているらしく、夏の週末の予定を早々と抑えることには、なんだか気が引けた。
まぁ、いいか。
もちろん、ひとりで過ごす誕生日は初めてではない。
今更焦ることも、動じることもないじゃないか。
どうせ本厄の年。大人しく過ごすのも、悪くない。
そう思った時、「ダダンッ」と何かを叩く音が聞こえてくる。
それは、今よりまだ半分の年だった頃の誕生日。
わたしの生まれて初めての、ひとりっきりの誕生日。
高校2年生の夏、「来年の夏にまた会おうね」と約束し、わたしは大好きな仲間に見送られ、アメリカ留学へと旅立った。
アメリカの学校の新年度は州によって違いはあるが、9月から始まるところが多いそうだ。
わたしが1年限定で通うことになった高校は、8月末からスタート。
新学期初日は、わたしの16歳の誕生日だった。
いわゆる「Sweet Sixteen Birthday」
アメリカの女の子にとっては、大人の仲間入りを果たす、特別な日。
家に友達を呼んで盛大なパーティーをしたり、学校では大きなバルーンや抱えきれない程の誕生日プレゼントを持ち歩いたり。
もしかしたら、大好きなあの人とこっそりパーティーを抜けだして……
映画の中の女の子が、誰しも夢見る特別な日。
オールディーズと言えばこの人! と称賛されるその人も、16歳の誕生日にまつわる甘いポップスでヒットを飛ばしていた。
でも、現実はそう甘くはない。
誰かがうっとり夢見るその日も、わたしにとっては来なかったも同然。
それは、仕方がないこと。
見知らぬ土地で、友達がひとりもいない学校に足を踏み入れる初めての日だ。
バルーンやプレゼントどころか、「おめでとう」と声をかけてくれる人すら、ひとりもいない。
もし留学なんかせずに今まで通り学校に行っていたら、きっと日付が変わった途端、傷だらけのPHSのオレンジと黒の二色の液晶画面に「オメデトウ」の文字が溢れたはずだった。
「自分で決めたことだから」
しおれそうな心に、強く言い聞かせた。
友人からもらった大切なリストバンドを手首にしっかりとつけ、憧れの人がお守りにとくれたペンダントを首から下げ、見上げるほど大きい同級生が行き交う廊下を、背筋を伸ばして歩いた。
2,000人を超える生徒が溢れるマンモス校。
昼食を取るためのカフェテリアだって、日本の大学の学食並に広い。
行列の先には、ピザやらスパゲティやら、やたらに白と赤の食べ物が多い。
「どうやって買ったらいいの?」と誰かに質問する勇気も無く、教えてもらったとしても、恐らくどうしたらいいかはわかる気がしなかった。
結局、目の前にいたメガネとニキビが印象的な、わたしより少し背の低い栗色のやわらかい髪の毛の少年と同じものをお皿に並べ、とりあえずお札を1枚渡して、お釣りをもらった。
食べ物はなんとか手に入れた。
さて困った。
どこに座って食べたらいいんだろう。
昼食時間は混雑を避けるため、2,000人の生徒をA、B、Cと時間差でグループに分けている。それでも数百人のお腹を空かせた10代のアメリカ人が、所狭しとひしめき合っている。長い夏休み明けの再会に喜ぶ彼らの横に座ったら、その大げさなジェスチャーがわたしの肩や顔をめがけて飛んで来る気がした。
人の少ない席を探そうと見回してみると、食べ物が売られているカウンターから一番離れた後方のテーブルが開いていた。
アウトドアのシーンでよく見かけるベンチが一体化したテーブル。
さらにそれが2~3メール横へと長く続くタイプ。
端っこに座ってしまえば、後から来た人はベンチを跨いで席につくしか無い。
邪魔そうにあしらわれる黒髪童顔の自分の姿が容易に想像でき、できるだけ迷惑にならないよう、ベンチの真ん中まで進んだ。
ひとり、冷えたピザにケチャップをつけて食べる。
数日前までは、友達と席をくっつけてお母さんが作ってくれたお弁当を食べていた。
箸が転んでは爆笑し、眩しいほどに真っ白なTシャツを横目でチラっと見てはドキドキしていた。毎日が楽しかった。誕生日だって、特別な日にならないわけがなかった。
「自分で決めたことだから」
16歳になりたての未熟なわたしは、初めて食らう重たいボディーブローに声を漏らさないよう必死だった。
「まだ初日だから。こんなもんだよ。これが普通だよ」
そう自分に言い聞かせ、お皿の上に並んだ見たこともない食べ物を片付けていく。
口に入れた瞬間、グニュッとやわらかい食感のした謎の揚げ物は、正体がわかる前に水で流し込んだ。ついさっき、嬉しそうにそのフライを選んでいた栗色ヘアーの少年を心の中で恨んだ。
気付くと、2~3メートル幅のそのテーブルは、満席御礼となっていた。
それぞれが友達と笑い合いながら、「お昼ご飯」とは程遠いイメージの赤や白の謎の食べ物を、嬉しそうに次々と口に運んでいく。
その場を去りたくても、満席になったベンチテーブルから抜け出すのは一苦労だ。
それに、カフェテリア以外にお昼の時間を潰せる場所は知らない。
もはや噛んでも味のしない冷えたピザを、食べ尽くしてしまわないように、ゆっくりと食べるしか選択肢はなかった。
「ダダンッ」
突然誰かがテーブルを叩いた。
と同時に、
「ふーーー」と、周りの生徒達が歓声を上げる。
「ピーーウィッ」と、指笛を鳴らすお調子者は、どこにでもいるらしい。
「ダダンッ」「ダダンッ」
テーブルを叩く音がどんどん大きくなっていく。
ただでさえ大きな音に弱いわたしは、肩をすくめながらゴムみたいに固まったチーズピザを口の中に押し込んだ。
その瞬間、テーブルの端に、髪を細かく編みこんだ生徒がドサッと腰を落とす。
どう考えてもデカすぎるスタジアムジャンパーを羽織り、
腕を上下に揺らしながら、「あーは、あーは」とリズムを取り始める。
すると、わたしの左右にいる生徒も、いや、そのテーブルについている全員が、
「いぇーいぇー」と合いの手を打ちながら、「ダダンッ」「ダダンッ」とテーブルを叩き始める。
テーブル中の視線と歓声を集めるその少年は、斜めにかぶったベースボールキャップの脇から黒と白のバンダナをちらつかせている。
ヒップホップと言えば、スチャダラパーやm.c.A.T.くらいしか知らないわたしには衝撃が大き過ぎた。当時日本で流行り始めたDragon Ashだって、ここまでの迫力は持っていなかった。
英語かどうかすらわからない独特のアクセントの彼は、2~3メートル幅のベンチに行儀良くおさまったオーディエンスを挑発し、煽り続け、歓声を浴びている。
わたしは、その振動に耐え切れず倒れてしまいそうなオレンジジュースのコップを慌てて手に取り、むせないように、ゆっくりチビチビと飲み続けた。
「あー、なんだって、真ん中に座ってしまったんだ」
脱出する方法はただ一つ。
そう、ベンチを跨ぐしか無い。
どうやって?
テーブルを叩き、歓声を上げ、興奮する生徒でギューギュー詰めのベンチでは、足一つ動かす余裕すらない。
万が一足を上げて、靴の底が、隣のラッパーのジーンズにでも触れたら?
この1年間は、地獄になる。
ちびまる子ちゃんみたいなオカッパ頭の日本人は、借りてきた猫の様に、その輪のど真ん中に、座り続けるしかなかった。
それは後から知ったことだが、どうやらその学校には、カフェテリアの席決めに、暗黙のルールがあったらしい。
日本でも、上級生は窓に近く明るい特等席、すぐに練習に走る野球部は広い席で荷物を広げ、あるかどうかも知られていない同好会は、隅っこの席でひっそり息を潜める。
どこの学校にも、そこならではの暗黙のルールがあるはずだ。
あの日、16歳の誕生日にわたしが選んだ一番うしろのテーブルは、
毎日ヒップホップのショータイムやラップバトルを繰り広げるグループの席だった。
『ベストキッド』でカンフー少年を演じたウィル・スミスの息子のように、男の子も女の子も、細かい三つ編みをたくさん編み込んでいた。
あれから1年間、一度もわたしはそのテーブルに座ることはなかった。
16歳の誕生日。
今も記憶に残っているのは、食品サンプルかと思うほど、カチカチに冷えたあのピザの味。
わたしの不安と孤独を煽るかのように震え続けたテーブルを叩く音。
「ダダンッ」
あれから倍の年齢になってしまったわたしは、肩にも背中にも人が触れる満員電車の中で、「Sweet 16 Birthday」を思い出し、思わず頬をゆるめ、鼻からフッと、空気をもらした。
今考えてみれば、あの集団の誰一人として、異質なわたしに「どけろ」という仕草を向ける人はいなかった。彼らはただ、その瞬間に生まれる音楽や言葉を、溢れ出てくる感情を、過ぎ去る青春を惜しむように、歓声を上げていただけだった。
もし、あの時、あの場所で、そのことに気がついていたら、何か違っただろうか。
わたしも「ダダン」って、一緒にテーブルを叩いただろうか。
上下を体に揺らし、「いぇーいぇー」と見よう見まねに言ってみただろうか。
いや、それはない。
あの日、16歳になりたてのわたしには、席を立たずに、泣き出さずに、じっと耐えるだけで精一杯だった。
32歳になる今だって、そんな状況に囲まれたらきっと固まってしまうだろう。
でも、せめて最後にハイタッチくらいは、できるかもしれない。
ふと「お誕生月お祝いメール」を思い出し、スマートホンのアプリを開く。
せっかくもらったんだ。クーポンを使って、新しい靴でも買ってみよう。
お相手がいてもいなくても、誕生日はどこか楽しいところに行ってみよう。
何か、心に残るおいしいものを食べよう。
「ダダンッ」
満員電車に揺られ、後ろの人のバッグの角で背中を押されながらも、わたしのこころは弾んでいた。電車の揺れが、今のわたしには心地よかった。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
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