私は「私」であることをやめたい《ありさのスケッチブック》
私は、「私」であることをやめたい。
そう思ったことが今まで何回あったことだろうか。
一度や二度ではない。何回も、何回も思って生きてきた。
憧れるような権威のあるリーダーシップは発揮できないし、
周りをすべて包み込んでしまうようなおおらかさも持ち合わせていない。
もちろん、とびぬけて得意なことがあるわけでもない。
そんな自分が嫌だった。
なんて普通なんだろう、なんて平凡なんだろう、と思った。
もし、今私がこの世界から消えても世界は何も変わらずに流れていくだろう。
もし、私が普通に生き続けていても何の影響も世界に及ぼすことはできないかもしれない。
そんなことを考えるたびに、自分の無力さを、自分の存在意義を見失った。
だからといって、別にこの世からいなくなりたいわけではない。
むしろ、自分が何も影響を与えることなく生きられてしまうことに気づいたことが何よりも怖い。
だから、私は抗うように世界に爪痕を残すためにもがき続ける。
しかし、身が擦り切れそうなほど努力しても、自分の思いを届け続けても、私は無力だから何も残せそうにない。
悔しかった。
そんな時にいつも思うのはやはり同じこと。
私は、「私」であることをやめたい。
***
最近、「私」であることをやめたいと強く思ったのは、ついこの前のこと。
所属している組織のファシリテーション研修に行ったときのことだった。
ファシリテーションとは、グループワークなどで議論が円滑に進むように道を示したり、メンバーの話を聞くことでメンバー自身が自分の思いに気づいたりするように働きかける役割のことだ、と私は認識している。
この研修は、一泊二日で六回グループワークをする。
その中で、参加している六人のメンバーが順に議論のファシリテーションの経験を積む、というものだった。
結論からいうと、私のファシリテーションは無力そのものだった。
話を聞くことは得意だから、メンバーがどういう気持ちで議論に取り組んでいるのかを読み解くのには苦労しなかった。
もやもやした言葉を自分の言葉にすることは得意だったから、結論を言語化する作業は楽しかった。
しかし、議論が詰まってしまった時や、議論が長引いてしまいそうな時に対策を打つことができなかった。
そんなときこそメンバーがファシリテーターの助言や道しるべを必要とするのに、である。
60分の議論は自分が何もできない現状にぶち当たり、ひたすら辛かった。
焦りと不安で喉がきゅーっと締まって、苦しい、と思った。
メンバーがポストイットに書き落とす言葉を追う目は、ただただ表面をなぞるだけだった。
議論が止まって、どうしよっか……という空気になった時は、何も言えないのにぼんやり口を開けていた。
残り10分になった時、メンバーに「できそう?」と聞いたときの自分の声はぎこちなかった。
ああ、だめだ。本当にだめだ。
私ってやっぱり議論を円滑に進めるファシリテーションができない。
こういう時ってどうすればいいの……だめ、わかんない。
そんなことをグルグルと考えているうちに、制限時間の終了を知らせるタイマーが鳴った。
私は、もっとファシリテーションができる人に成り代わりたい。
あの人みたいなファシリテーションができればいいのに。
私はこんな聞くだけのファシリテーションしかできない私をやめたい。
そう、強く思った。
***
私がグループワークのファシリテーターになったのは2日目だった。
一日目にファシリテーションのタイプやコツを聞いたばかりだった。
議論を円滑に進めるようにはこうすればいいのか、と納得し実践しよと思ったばかりだった。
なのに、思うようにファシリテーションができなかった。
「私は聞いているタイプのファシリテーターなので……」
そう言って、周りからの攻撃や失望を避けるかのように発言する自分が情けなかった。
私はいつもこういう言い方をしてしまう。
具体的なイメージを相手にできなかった時は、振り返りの時に「私は抽象的なことばで話すタイプなので……」と前置きをしてしまう。
今みたいに、上手く言葉をかけたり返せなかったりしたときには「私は聞いているタイプの人間なので……」と言い訳するように指摘される前に言ってしまう。
それを、友達から「ありさって自分のこと自分でよく分かってるよね、メタ認知できてるよね」と言われることもある。しかし、それは私からしてみればそれは自分の理想と自分の現状のギャップを認識しているだけのことであり、認識しているくせに何回も同じギャップに気づくということは変わろうとしていない何よりの証拠だった。
ああ、なんて情けないんだろう。
どうして言い訳してしまうんだろう。
私は、「私」であることをやめたい。
人見知りで、打ち解けるのにとんでもなく時間がかかるのをどうにかしたい。
勇気が出なくて、憧れの人や仲良くなりたい人に素直に話しかけに行けないのをどうにかしたい。
一度役割を持つと、のめり込みすぎて周りを頼れなくなるのをどうにかしたい。
私は、「こういう人だから」と、言い訳するのをどうにかしたい。
だから、私はその研修の振り返りの目標欄にこう書いた。
『自分のことを「こういう人だから」と言い訳して変わろうとしないのをやめる』
私は、今の自分を丸ごと変えたいわけではない。
他の誰かになりたいと思うことがあるけど、他の人そのままになりたいわけではない。
私は「変わらない自分」であることをやめたいだけだ。
そう、私は「変われる自分」になりたい。
今までとは違う自分であることに躊躇せず、日々変わり続ける自分でありたい。
だから、「自分はこういう人間だからさ」と言い訳するのをやめる。
いつもと変わらないことはリスクが少ないけれど、得られることも少なくなってくることに気づいてしまったから。
だから私は、日々新しい自分であり続けたい。
いや、新しい自分になる。
必ず、自分の理想の姿に届くまで私は自分をアップデートし続ける。
そして、また新しい理想を見つけ、変わり続ける。
そう思えるようになった今は、自分のことを前より少し好きになれそうだ。
***
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