祭りはいつも突然に
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記事:永井里枝(ライティング・ゼミ)
「今日は降らないんじゃなかったっけ?」
いつもより5分遅く起きたために、天気予報を確認していなかったことを思い出した。
この時期には夕立が多いことくらい、私だってわかっている。
かといって、毎日傘を持ち歩いているわけではない。
駆け込んだコンビニで雑誌をパラパラと見ながら、家にあるビニール傘コレクションの数を頭の中で数えていた。
確かに今日は、朝から不快指数の高い日だった。
早めの通勤時間にも関わらず、真っ昼間かと思うほどの暑さ。
じっとりと湿った空気がなんとも息苦しい。
汗ばんだ状態で職場に到着した私は、湿度のせいで着替えにくい制服に苛立ちを覚えた。
「そういえば、こんな暑苦しい日に限って機嫌の良い先生がいたっけ」
ふと、高校時代のことを思い出した。
私の通っていた高校は、創立120年を超える歴史ある学校だった。
といえば聞こえはいいが、校舎はとても古く、壁は隙間やヒビだらけ。
耐震性の問題で、いつもどこかしら修理をしているような状態だった。
もちろん、空調設備についてもお粗末なものだった。
冬は石油ストーブで寒さをしのいでいたが、クーラーなんてものはついていなかった。
正直なところ、私が学校をあまり好きではなかった理由の中で「暑いから」というのはかなり上位にランクインしていた。
併願で受けていた設備の良い私立高校に進学したらどんなに快適だっただろう。
そんな風に思ったのは一度や二度ではない。
しかし、暑さでやる気を削がれた生徒たちとは対照的に、不快指数の高い日ほど機嫌のよい先生がいた。
授業開始を告げるチャイムとほぼ同時に教室の扉が勢いよく開き、床にギシギシと悲鳴を上げさせながら教壇に進む。
額の汗はハンカチで拭っても拭っても白衣に滴り落ち、そのビジュアルを見るだけで暑さが数倍に跳ね上がった。
「先生、いま何キロあるんだろう……」
その巨体を踊らせながら次々とややこしい数式を書いていく。
まだ授業が始まって10分ほどだが、勢いよく黒板に叩きつけるチョークはもう何本も折れていた。
いつもだったら苛立って投げてしまいそうな、その短くなったチョークを見て
「今日は夕立がくるぞ」
といって微笑んだ。
「夕立っていうのはな、お祭りみたいなもんだろ?」
その場にいる全員が「あぁ、なるほど」と共感するのを期待して、先生はそう言った。
だが、私たちはポカンである。
祭りだって? いやいや、突然降ってくる雨なんて迷惑なだけだ。
少しの沈黙の後、先生は続けた。
「ほら、雨が降る前はみな思い思いの速さで、それぞれの場所へ向かって歩いているだろ?
横に並んでぺちゃくちゃ喋りながら歩いてたり、競歩してんのかって人がいたりさ。
それって雑然としていて美しくないんだよね。
そこへ夕立がくるだろ? 雨なんか降りませんよ、ってほど晴れた日にさ。
そしたらどうなる? 傘を持っている人はそれを広げる。持っていない人は屋根のあるところへ全力疾走だよ。しかも一斉に。
夕立っていう号令を受けた瞬間に、ベクトルがこの2つの方向に揃うんだよ。美しいだろ? もう俺にとっては祭りと一緒さ。太鼓に合わせて踊る盆踊りみたいなもんさ」
そうか、数学以外の事についても数学的に見えてしまう類の人っているもんな。
この説明で何人かの生徒は納得し大きく頷いていた。
しかし、残念ながら私はそういった感性を持ち合わせていなかった。
「そっか、あれは夕立だったんだ」
高校生の私には理解しがたい考え方だったけれど、今ならなんとなく合点がいく。
先月のはじめの事だ、私たちの職場が夕立に見舞われたのは。
「俺、ここ辞めるわ」
課長のその言葉を聞いて、驚く者はいなかった。
「じゃあ、私も辞めます」
「私も、これ以上は無理です」
結果的に、6人全員が職場を去る決断をした。しかも、課長の言葉から1分も経たぬうちに。
正直なところ、私たちは相当追い詰められていた。
わかりやすくいえばパワハラだ。
経営陣からの度重なる理不尽な要求と、他部署からの業務妨害。
毎日苦しかったけれど、部署の仲間を置いて自分だけ辞めるという選択肢はなかった。
私たちの部署の中だけは、いつも快晴そのものだったのだ。
しかし、私たちの鬱憤はもくもくと膨れ上がり、ついに目に見える形となって落ちてきた。
「僕たちは、いつでも君を辞めさせることができるんだから」
そんな趣旨の言葉を組織のトップが放った。
だったら私たちも、もっと自分の職能が活かせるところに移ろう。
一つの号令で、ベクトルが同じ方向に揃った瞬間である。
できることなら、このチームで一緒に頑張りたかった。
でも、人生は晴れの日ばかりではない。
いつかきっと、同じ目標に向かってベクトルを向けられる日がくる。
そんな風にポジティブに考えるには、数学的美しさの力を借りてもいいだろう。
ふと外に目をやると、けたたましく地面に打ち付けていた雨もすっかり弱くなり、遠くの空からは光が射していた。
「もう少しかな」
ちょっとくらい濡れるのも悪くない。
雨が上がった後の爽快感を待ち切れず、私は歩きだしていた。
***
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