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愛車の御機嫌を損ねて、死ぬ思いをした話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山田THX将治(天狼院ライティング・ゼミNEO)
 
 
冗談みたいな本当の話をよく聞く。
大概は、一般人が体験しようも無い事柄だ。
 
赤道直下を航行する船乗りさんは、デッキの蛇口には注意するそうだ。
太陽に晒された配管と蛇口は、想像を絶する高温と為るらしい。何しろ、『水』の蛇口を捻るとお湯が出来る。普段なら、風呂のお湯程度の適温が出て来る『湯』の蛇口を捻ると、何と熱湯が出て来るというのだ。
『湯』を捻る時は、充分に注意しなければ為らないというのだ。
 
頭上天辺から、太陽に晒されたことが無い者にとって、知る由も無いことだが。
 
 
対して、車を持つ者の間では、たびたび話題となることが有る。
車を交換しようとすると、現在の車の調子が悪く為るというのだ。この現象を『車の機嫌を損ねる』等と言ったりする。
更に、車内で新車の話をすると、突然、現在の車の『機嫌が悪く為る』もよく有ることだ。
 
 
私が普段使っているのは、数多く販売された小型車だ。
仕事柄、車での移動を必要としている私は、毎日の様にこの小型車の御世話に為っている。これが気に入っている私は、同じ車種を発表当初から20年以上も乗り継いでいる。
もう、乗り継いで5台目だ。
流石に故障が少なく丈夫な国産車ので、5台の内1台は、友人に譲っていて、現在も現役で走り続けている。
 
現在私が毎日乗っている5台目は、急いで購入した中古車だ。
走行距離が13万kmを超えてしまった4台目が、かなりの修理費を費やさないと車検が通らないことが判明した為、急遽購入を決めたものだ。4年前のことだ。
5台目は、余り吟味しなかったにも拘わらず、すこぶる調子が良かった。それでも、車検が視界に入って来た今年3月には、経時劣化が目立つ様に為って来た。電気系統の不具合が頻発したのだ。不具合とは、突然ライトが点かなく為ったりすることだ。
5台目の機嫌が悪く為った際に私は、
「そろそろかなぁ。次の車検は苦しいかもな」
と、呟いてしまった。
多分5台目は、私に呟きを聞いていたのだろう。そこから5台目は、小さなトラブルを頻発したのだった。それも、電気系統の。
例えば、駐車場の出口で運転席側の降りなく為ったり、リモコンを操作してもドアロックが効かなくなったことだ。どれも、電気系の経年劣化に伴うトラブルだった。
新車に買い直されそうな5台目は、私の気を引こうとトラブルを連発している様だった。
気が付いた私は、意識的に車内で、
「車がヤバいけど、金が無いから買い換えられないよ」
と、わざとらしく友人に電話を掛けたりした。
車を買い替えるにしても、直ぐには手に入らない。それ迄の間だけでも、5台目に元気で居て欲しかったからだ。
 
ところが、ゴールデンウイークに差し掛かった頃に為ると、5台目は時折、普段は冷気が出て来るエアコンの吹き出し口から、熱風を吹き出す様に為ってきた。
「ヤバッ! エアコンがイカれたか?」
私は、熱風に晒されながら寒気をもようした。
5月といえば初夏だ。初夏に為れば、車の車内温度は一気に上昇するものだ。エアコン無しで車を走れせれば、途端に熱中症と為り兼ねないからだ。
 
私は次の日、以前から取引が在ったディーラーに出向いた。車を買い替えるかどうかは別にして、一先ずエアコンを診て貰おうと思ったからだ。
5台目を修理のサービスマンが診て貰っている間、私はショールームで待つことにした。受付のスタッフは、冷たい飲み物を出してもてなしてくれた。
 
「社長! 御無沙汰しております」
暫く休んでいる私に、外出から帰って来た顔見知りの営業マンが笑顔で近付いて来た。
「お車の状態は聞いて居ります。少々お待ち下さい」
一旦、奥へ引っ込んだ彼は、何やら怖そうな紙を手に、私の席に戻って来た。私は、
「新車を売ろうたって、金無いからね。それに、これから9月(5台目の車検期限)には、間に合わないだろう?」
と、彼の機先を制する様に言ってみた。
ところが、既にベテランの領域に近付いていたその営業マンは、私の一歩上手を行き、
「いえ、現在のお車と同等の車でしたら、8月上旬には間に合います。この車種だけです」
さらに、
「御支払いも、『残クレ』という制度が有りまして月々のフローを押さえることが出来ます」
さらにさらに、
「この方法ですと、中古車よりも低い利率で、月々の御負担も少なく、安心して新車に乗り換えて頂くことが可能です」
と、既に私の名前まで書きこまれた注文書を目の前に差し出してきた。
「あ、あぁ、そういうものなの?」
新車購入を断る理由が無く為った私は、彼が促すまま注文書にサインしてしまった。
乗り換える気等無く、ここへやって来たのに。
 
「修理完了しました」
程よく、サービスマンが5台目の応急処置を終え、声を掛けて来た。
意外な展開に気圧された私は、
「あっ、有難う。これで、あと少し安心出来るよ」
と、どこか他人事の様に答え、ディーラーを後にした。
得意満面な営業マンに見送られながら。
 
 
 
7月の
連休が明け、同時に完全に梅雨が明けた先週半ば、私は急用で名古屋に行かねば為らなくなった。普段なら当然、新幹線で向かうのだが、連日の猛暑の為、私は5台目に最後の奉公を願い出た。
名古屋迄、5台目を運転して行こうとしたのだ。
 
夏休み直前の平日なので、東名高速は空いていると考えられた。
自宅から、東名川崎の入り口まで来ると状況が少し変わって来た。ゲートのアナウンスには、
『横浜青葉-綾瀬 事故渋滞 通過50分』
と、赤字で出ていた。
「まいったなぁ」
と、私は小声で言った。
しかし、心の中では、
『ま、冷房の効いた車内なら。何てことは無いさ』
と、タカを括っていた。
 
私は、東名川崎インターを入ると、一気に5台目を加速させた。決して大排気量では無い5台目は、最後の奉公とばかりに、私のアクセルに応えてくれた。
 
程なくすると、渋滞の最後尾に着いた。
それと同時に、車内温度が上がってきた。私は、
「今日はやけに暑いなぁ」
と、持参したペットボトルのお茶を口にした。
 
横浜青葉インターの手前、500m付近に掛かると車内温度はさらに上がり、5台目は完全に異変を知らせて来た。
『エアコンの故障だ!』
そう直感した私は、5台目に、
「オイ! あと少しのところで、しかも、よりによってこんな時に何だよ」
と、声を掛けた。
多分私は、“最後の奉公”等と失礼なことを考えたせいで、5台目の機嫌を完全に損ねたのだろう。
機嫌を損ねた愛車は、女性と同じで、考えられる最悪のタイミングで、最悪の状況となる様な、最悪の災いを私に課して来るのだ。
 
 
渋滞中の東名高速上で、エアコンの送風口から熱風を吹き出す5台目車内の私は、猛暑の中、頭をフル回転して善後策を考えた。そして、
『いずれにしても、このまま高速上に居るのは得策ではない』
と、結論付けた。
ステアリングを左に切ると私は、エアコンが壊れた5台目を東名高速から脱出させた。
 
料金所先の日陰に5台目を停めると、私は、どこかでエアコンの修理が出来ないか検索した。すると、横華青葉インターから10km程の所に、同じディーラーが在った。そこへ向かおうと電話をしてみたが、居り悪く定休日だった。
何件か検索したところ、1時間程の所に営業しているディーラーを見付けた。
『一先ず行ってみよう』
私は意を決して、5台目の窓を全開にすると、そのディーラーに向かった。
 
汗だくになりながら、ディーラーにたどり着いた私は、事情を説明し応急処置を依頼した。
暫くするとサービスマンが、
「エアコンのコンプレッサーを交換しないと治りません」
と、絶望的なことを言って来た。
しかも、コンプレッサー調達には、数週間掛かるというのだ。
暑さと余りの絶望感に気絶しそうになった私は、仕方なく、新車を注文したディーラーに電話で事情を説明した。
ディーラーの営業マンは、
「大変申し訳御座いません。何とかこちら(東京・江東区)迄、戻って来て頂けませんか。今直ぐ代車は用意します。新車が来るまで、それを御乗り頂くのが一番かと存じます」
と、至極真っ当な提案をしてきた。
私に断る理由は見付からなかった。
 
『ま、東京からそう遠く離れない内で良かったとせねば』
私は自分自身に、何とか納得出来る理由を考えていた。
神奈川県海老名市のディーラーで、私は所用先に断りの連絡を入れた。
そして、直近のコンビニでペットボトルを凍らせた御茶を購入した。これで何とか、東京まで正気を保とうとしたのだ。
 
 
真夏でエアコンが機能していない車内は、完全に50度は超えていることだろう。凍った状態で購入した御茶は、見る見るうちに溶け出した。
運転している私にも、きつかった。
それに、今回気付いたことだが、現代の車は、窓を全開しても快適な風が吹き込んで来る様には出来ていないのだ。
車にエアコンが付いていない時代を何とか知っている私は、窓を開ければ風が入って来るものと考えていた。ところが、エアコンが付いていることを前提に設計された現代の車は、窓を開けても風が入って来ないのだ。
窓から風が入って来ても、吹き抜ける口が設定されていないので、風は行き場を失って車内を舞うばかりだった。髪の毛をぐちゃぐちゃにして、私はどうしたものかと考えていた。
 
暑さで頭が混乱して来ると、碌な考えが浮かばないものだ。
私は、ふと、
『スピードを上げると、少しは涼しく為るのでは』
と、考えた。そして、空いているバイパスに来ると、高速走行時の様にアクセルを踏み込んでみた。
すると、速度は実際に上がった。ところが、別の現象が私と5台目に起こってきた。
窓を開け、5台目をアクセル全開にすると、途端に車台が不安定に為って来た。正確には、後輪が浮いてくるような感じに為って来たのだ。
不安を感じた私は、少しアクセルを緩めてみた。そうするといつも通り、車台が安定した。
間違いなく、前回の窓から大量に入ってきた風(空気)が、行き場を失うと同時に車体を浮かし気味にしたのだ。
F1マシン程では無いが、普通車の5台目も空力が効くことが在る様だ。
私は妙な納得をして、暑さに耐えることと為った。
 
 
猛暑+エアコン無しの車内で、完全に体内の水気を失った私は、水分補給をしようとフォルダーのボトルに手を伸ばした。
多摩川を渡り、東京都に入った辺りの地点だ。時間は、まだまだ暑い15時頃だったと記憶している。
 
元々、凍った状態で購入したペットボトルは、手にした瞬間解かる程、熱く為っていた。考えてみれば、車のボトルフォルダーはエアコンの吹き出し口の前に在る。冷風を当てて、飲み物をなるべく冷たい状態で保つ為だ。
 
これは通常ならばの話だ。
私の5台目は、エアコンが故障し稼働させられないで居たのだ。もしエアコンのスイッチを入れようものなら、途端に熱風が噴出してくるのだ。
 
私が手を伸ばしたボトルは、冷蔵庫に入っているのと真反対の、コンビの加温機に入っているのと同じ状態だったのだ。
しかも、直射日光に晒されたボトルは、太陽光を吸収していたのだ。
 
 
ボトルを手に取った私は、思わず、
『熱っ!!』
と、声を出し、足元に落としてしまった。
正確には、落とすことによって手を火傷させまいとしたのだ。
 
太陽光とは物凄いもので、凍っていた物を溶かすだけでなく、電気ポットのお湯位迄熱していたのだ。
 
 
ボトルを拾い上げた私は、熱い御茶でもすする様に、恐る恐るペットボトルに唇を近付けた。
 
熱湯に近い御茶で、水分を補給した私は、何とかディーラー迄辿り着くことが出来た。
 
 
それはまるで、砂漠を横断したロレンスの気分だった。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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