田舎が苦手で秋田を飛び出した若者が、東京のおでん屋を経由して、再び秋田に戻ってくるまで
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記事:Yushi Akimoto(ライティング・ゼミ)
「これは、中学、高校と悶々としていた自分に言ってあげたい事なんですけど」
自分の口から勝手にそんなセリフが出てきたものだから、思わず戸惑ってしまった。秋田市の外れにある高校に通う1年生51名に講演するメンバーの一人として機会を頂戴したのだけれど、最後に感想を求められたところで、僕は、目の前に座る高校生たちに、うだつの上がらなかった過去の自分の姿を重ねてしまっていたことに気が付いた。
あの頃、確かに僕は、田舎の中学生や高校生の何割かがもしかしたらそうであるように、地元の秋田での生活に苦しさを感じ、早く都会に出たい、と思っていた。申し訳ないけれど、同じ東北に位置する政令指定都市・仙台ではどうしようもなく物足りなかった。東京だ。きっと東京に行けば、何かがある。根拠のない期待を抱き、意図的に都内の大学ばかりを受験して、「もっと確実な国公立を受けてくれれば良かったのに」と親の小言に平謝りをしつつ、都内の私立大学になんとか滑り込んだのだった。
しかし、東京の大学に通ったところで、事態はそれほど好転しなかった。サークル活動に熱を入れ、サークルの合間に大学の授業に出席し、サークル活動のためにアルバイトをするという生活は、あっという間に過ぎ去っていった。疑いもなく大学に通い、サークルにほぼ毎回顔を出す。そんな枠の中をはみ出さずにいればいるほど、「華やかに咲き虚しく散っていく線香花火のような大学生活が理想だよね」という認識が、ぼんやりと、しかし根深く共有されていくように感じられた。この、はっきりとは言葉にされないイメージが原理原則のように働き、サークル内の言動を暗黙的に制限していた。そのおかげで、東京の大学生活も秋田で過ごしてきた日々も、大して違いがないと思えてしまったのだった。
こうして、期待を裏切られたと勝手に東京に失望しそうになっていた大学3年の夏の終わり、当時就職活動にみんなが躍起になる時期だったのだが、高校の同級生と久々に会う約束を交わし、大学近くのおでん屋を訪れた。彼は、高校時代に心を許せた数少ない友人の一人で、たまたま大学も一緒だったのだけれど、お互い東京に来てからほとんど会う機会がなかった。就職活動を始めなければ、会おう、とは思わなかったかもしれない。
どう説明したって馬鹿げているとしか思われないだろうが、就職活動を機に将来のことを考え始めた僕は、あれだけ苦手意識を持っていた地元である秋田に帰ることを検討し始めていた。自分自身、その理由を上手く説明することはできなかったが、少なくとも、どうやら自分は、かなり真剣に秋田に帰る前提でキャリアを考えたいらしい、ということはわかった。根拠もなく東京を目指すと決めてしまったときのような揺るがなさがそこにあったからだ。
こんなこと、サークル内で相談したところで、きっとわかってもらえないだろう。そう思って高校の同級生に久々に連絡を取ってはみたものの、話を聞いてもらえるという確信はなかった。僕が通っていた高校には、「秋田を出るのが当たり前」というよくわからない風潮が当時はあった。実際、二人とも、それぞれ秋田を出るために東京の大学に来たという経緯は共通していたはずだった。それでも、共感はせずとも理解はしてくれるかもしれないというささやかな期待を胸に、待ち合わせの場所へ向かった。
彼は、実家が農家だったが家業を継ぐ気はなく、農学部のない大学の教育学部に進学し、高校時代にストイックに取り組んでいたボート部を大学でも継続していた。その日訪れたおでん屋は、彼の友人がアルバイトしているのでたまに飲みに来るのだという。大学の体育会で忙しいはずなのに、相変わらず顔が広い。おでん屋のカウンターに並び、ろくに更新されていなかったお互いの近況を確認し合い、昔話にも花を咲かせつつ、徐々に話題は大学以後に映っていく。そこでの友人の一言は、まさに「不意打ち」だった。
「実はさ、俺、秋田に戻って農家になろうかな、と思っているんだけど」
耳を疑った。農家にならないために秋田を出たのに、秋田に戻る、だって。衝撃の告白に、おでんをつつく手が止まる。
「え? 俺も、最近、秋田に戻ろうと考えてたところ、なんだけど」
「え! まじで? 高校のとき、そんなこと言ってなかったよな?」
「そのセリフ、そっくり返そうか?」
その後のやり取りで交わされた青臭い議論は、ふるさと・秋田の未来を憂う気持ちと、それを放ってはおけないという出所不明の当事者意識と、でも、きっと、秋田は面白いことになるだろうという唐突な希望に基づいていた。たぶん、今の僕が聞けば赤面ものだったろう。そうしてベクトルを同じくする想いを持つ人間と出会って初めて僕は、僕自身が心の中に秘めていたものを自覚するに至ったのだった。この再会がなければ、僕は今と全然違うキャリアを描いていたかもしれない。
今でもこのおでん屋の夜のことを不意に思い出す。それは、自分自身が想っていることをぶつけ合い、受け止め合える機会をずっと欲していたと気づくきっかけとなったからだった。田舎が苦手な僕は、かえって「田舎がもっとこんなふうになったらいいのに」という点を他人よりも敏感に感じていたのだと思う。そして、故郷への問題意識は、知らず知らずのうちに当事者意識に昇華されていった。でも、周囲は特に問題とは認識していなかった。田舎で不自由なく暮らせているのだから、当然だろう。それをなんとなく肌で感じていた僕は、どうせ理解されまい、と自分の意見を言いたいという欲求をセーブしていた。現状に違和感を覚えながら、そんなふうに思ってしまう自分が他人と比べておかしいのではないかと疑ってしまう自分がいた。
おでん屋での再会を経て、「自分と同じように考える人は、この広い世界のどこかにいる」という当たり前のことに、ようやく気付いたのだった。反社会的な危険思想でもない限りは、自分の考え方が間違っているということはほとんどなくて、わかってもらえないのは単に周囲に理解者がいないというだけだ、と。それに気づくために、言い換えれば同じ高校の教室で学んだ友人とおでん屋で飲むために、東京に来たと考えると、ずいぶん大げさな話だけれど、でも、どうしても避けられないプロセスだったとも思う。
そういえば、あの夜、語り合う楽しさに目覚め友人と議論し尽くし、そろそろお会計を、というタイミングで、カウンターから頼んでもいないにゅうめんが出てきた。店内で一人飲んでいた、面識のないおじさんのご厚意だった。「あちらのお客様からです」というやつだ。
「いやあ、君たちの話を聞いていたら、日本も捨てたもんじゃないなって思えたよ。これは僕からのささやかな激励だと思って」
思いがけない好意を有難くいただき、「熱意は人の心を動かす」という教訓のささやかな一事例を図らずも実践した僕は、地元に戻り本当に農家になってしまったその友人に5年ほど遅れて、秋田に戻ってきたのだった。そして、いろいろな縁に導かれ、僕が住んでいる秋田県五城目町(ごじょうめまち)の仲間と共に、高校生たちの前に立っている。
「これは、中学、高校と悶々としていた自分に言ってあげたい事なんですけど、僕がそうであったように、自分が想っていることをわかってくれる仲間は、きっとこの秋田でも見つかるはずです。僕は、今日一緒にこの場に立ってくれているような仲間がいると知って、秋田に戻ってくることを決意できました。だから、自分の意見を持っていていいし、自分の考えを大事にしてほしい。すぐ近くに理解してくれる人はいないかもしれないけれど、自分の考えを伝えなければ、仲間は見つかりません。友達でも親でも先生でもいい。誰にも相談できないなら、僕らでもいい。誰かに想いをぶつけてみてください」
息継ぎが不自然になるくらいに力みすぎてしまい詳細は覚えていないが、こんなようなことを話したと思う。果たして、今の秋田を生きる高校生に、届いただろうか。そして、昔の僕がこの話を聞いたとしたら、受け止めてくれただろうか。他の二人が五城目町の取り組みと盛り上がりについて実に面白く話してくれたから、僕が事故っても大した問題にはならないだろうけど。そんなことを思い、そんなふうに仲間を信頼しながら秋田に住むことのできている自分に気付く。
「いやあ、今日はめちゃめちゃ熱が入ってたね、いよいよ覚醒したのかと思った」
一緒に講演した二人からのコメントだ。どうやら、熱意だけは前面に出ていたらしい。生徒たちが講演後に書いた付箋を読むと、「五城目町、行ってみたいです」とか「秋田にも居場所があるかもって思えた」とか、前向きな感想が並ぶ。にゅうめんを差し入れてくれたおじさんのように、三人の仲間たちの話に少しでも心が動かされたという人が出てくれるのであれば、あの悶々としていた頃の僕の鬱屈も、そう悪いものではなかったということにできるかもしれない、と思う。
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