電子メールが隠してくれた恥ずかしさは、30年たっても消えていなかった
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記事:Sono Mamada Den (ライティング・ゼミ)
20世紀の後半まで、電話は固定電話が一家に一台というのが定番だった。「あとで電話するね」というのは「あなたの家の固定電話に連絡をしますよ」という意味。
スマホを世界中どこにでも持ちあるく現代のデジタル・ネイティブには想像できないかもしれないが、電話は家に固定の有線回線で結びつけられているものでしかあり得なかった。その家の電話の呼び出し音が鳴った時に、その家の構成員の誰が電話をとるかはわからない。
学校の外で友人に連絡をとるためには、友人の家に電話をかけ、受話器をとってくれた家族に「○○君、お願いします」と言ってとりついてもらうのが基本手順だった。
コミュニケーション・スキルに欠けていた私は、特に大人と話すのが苦手で、友人に電話をかけるハードルがえらく高かった。大人が出た瞬間に受話器をおいて電話を切るという、向う様から見たら無言電話、イタズラ電話に他ならない対応をしたことも結構な回数あった。当時はナンバーディスプレイなどなかったので発信者が声を出すまで、誰からの電話か知る術はない。電話を受けた側にしてみれば、気持ちの悪さだけが残る。ここでお詫びをしても何の足しにもならないが、申し訳ないことをしたものだと思う。
とはいえ、一応、その家のお父さんが出たらどうするか、お母さんが出たらどうするか、家族構成によって、対応を考えていたような気もするけれども、実際には誰が出ても私の話し方は変わらなかったのだろう。
少し長じて、高校生から大学生くらいになると、とりついでくれる大人とのコミュニケーションの難しさに加えて、「話をしようとしている相手の時間を電話で独占するほど自分に価値があるだろうか」という捻じれた自意識も加わり、その分、固定電話でのコミュニケーションがさらに難しくなった。歳はとって、それなり大人になっているのに、私はより面倒くさい男になっていた。
この「自分が、自分の話が、相手の時間を奪うだけの価値があるか」という拗らした自意識は、ずいぶん長いこと私につきまとった。
私が過剰な自意識をもてあまし、コミュニケーション・スキルを欠いたまま社会に出て数年を経た1980年代後半、パソコン通信というものに出会う。
コンピュータと通信のスキルを持つ篤志家が、自宅の電話回線をパソコンにつないで、掲示板やメールサービスを提供する草の根BBS(Bulletin Board Service: 掲示板)というものも結構な数存在したが、それぞれのBBSに集う人々の数は数十人から百人程度で、主宰者の好みによってメンバーにも偏りが生じたりしていて、趣味の集いの域を出るものは少なかった。
他方でアスキーやニフティといった企業はより規模の大きいパソコン通信サービスを立ち上げ始めていた。正確な記録にあたることができないが、会員は数千人から数万人規模にふくらむ。そのサービスのIDを持っていれば、この数千、数万人を相手に電子メールというまったく新しい手段で連絡がとれるのだ。
私は1987年にニフティ(当時はNiftyserveというサービス、社名だったように思う)のIDを取得し、以来30年間このIDを自分のメインアドレスとして使っている。
これもデジタルネイティブ世代には、理解が難しいところだろうが、電子メールの登場が画期的だったのは、ややこしい話、複雑な説明、面と向かって話しにくいことを電子書面化して、そのうえ、相手のメールボックスに送信してしまえば、相手の都合のよい時間に読んでもらえる点にあった。
手紙やハガキと変わらないように見えるが、メッセージが送信されてから相手方の受信ボックスに到達するまでの時間は無視できるほどに、劇的に短縮される。手紙では必要だった「便せんを探して、ペンでメッセージを書き、封筒に宛名を書いて、切手を貼って、ポストまで出しに行く」手間がいらない。
さらに、LINEの登場によって再び注目されるようになったメッセージの既読・未読を把握することもインターネット普及前のパソコン通信では普通に可能だったのだ。サービスによってはメッセージを読まれる前に撤回することもできた。
相手と顔を合わせずに、ややこしい話ができる。相手の都合のよい時間にメッセージを読んでもらえる。読まれたかどうかも確認できる。もちろん既読スルーは当時から、それ自体がメッセージだった。
これが、対人関係に、特に自分の価値に自信の持てなかった私にとって、どれほどの福音であったか。
ひとことでいうと「恥ずかしさ」指数が激減した状態で、人とコミュニケーションをとれるようになったのだ。
友人、ガールフレンド、恋人……コミュニケーションというのは、コンテンツとタイミングが重要で、特に相手の時間を自分の都合で奪うことに罪悪感を持っていた私にとって、
「あの、手のあいたときでよいので、読んでおいてもらえますかね」
とメッセージを送れるシステムは、対人関係のあり方を激変させる画期的なツールだった。
もちろん、送るコンテンツや、相手との関係性で「うわー、恥ずかしい!」と思う体験は、それ以後も山のようにしているのだが、相手の時間、タイミングを奪うかもしれない可能性が生じる「恥ずかしさ」は消えた。人にメッセージを発信するハードルは、その分低くなって、自分からの情報発信がラクになった。
実際、電子メールなしに20代を過ごしていたら、私は今より桁違いに孤独な人間になっていただろうと思うのだ。
さらに1994年前後に日本でもインターネットが爆発的に普及して以降は、TCP/IPというプロトコルでさえつながっていればパソコン通信の枠に縛られずに、世界中誰とでもメールのやりとりができるようになった。携帯電話にメール機能が盛り込まれ、スマートフォンではSNSやLINEといった新たなメッセージツールが生まれているのは周知のとおり。
ここまで、私の人づきあいの態度とネットの歴史を概観してしまったが、この間、私のコミュニケーション・スキルは向上したのだろうか。
もちろん、社会に出て、本当にいろいろな人に会い、痛い思いもして、人の心の読み方、通わせ方も、いくらかは学ぶことはできた。
しかし、最近、メールは本当に「恥ずかしさ」を消してくれたのだろうか、と疑問を持つようになった。自分の価値と他人の時間、タイミングについて私が抱えていた課題は、メールというツールが一時的に(といっても30年ほど)隠してくれただけではなかったか、と思いはじめたのだ。
きっかけは、仕事でもプライベートでも私じしんがあふれかえるほどのメールを受け取っていることに問題意識を持ち始めたこと。
黎明期において、メールのメッセージとしての重さは、手紙に匹敵するものがあった。大事な人からのメールが来ていないかを何度も確認する気持ちは、1996年に森田芳光監督が発表した、パソコン通信を介し盛岡と東京で会話をする男女を描いた映画(ハル)、あるいはアメリカで1998年に作られたトム・ハンクスとメグ・ライアンがリアルで接触しつつもメールをはさんで交錯する映画”You’ve Got Mail”の重要なテーマとして表現されている。
「新しいメールが届いています」
このシステムからのお知らせ自体が、わくわくするメッセージだった。
それが、オフィスでもプライベートでもメールがあふれかえり、「すみません、そのメール読み落としてました。他のメールに埋もれてまして」という言い訳が陳腐にすらなってしまった現代、メールを送って
「都合のいい時に、まぁ、読んどいてもらえますか」
では、本当にメッセージが届かなくなってしまったのだ。
結局、再び、生身の人間に対して
「あなたの時間を、他ならぬ、この私のために、割いて頂けませんか」
と向き合わなければならない場面が増えてきてしまった。
30年前に「消えた」と思っていた、恥ずかしさは消えていなかった。それは、自分の相手に対する価値を問わずに、メールを投げつけることでしばらく見えなくなっていただけだ。
人生の正午もとっくに過ぎた今、改めて人に向き合うんだな。先送りしていた宿題はやらないといけないようです。
「あなたにお伝えしたいことがあります。私のために、あなたの貴重なお時間を頂けないでしょうか」
***
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