対人恐怖症だった私の壮大な夢
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記事:築地 海露穂(ライティング・ゼミ)
まぶしい日差しに、輝く海。
そして、人気のない浜辺に寝そべる日焼けした私。
対人恐怖症だったとき、私は壮大な夢を抱いていた。誰もいない無人島に住むという夢だ。かの有名なムーミンの原作者トーベ・ヤンソンは他人と接することが苦手だったらしい。そして驚いたことに、著書で稼いだお金で無人島を丸っと一島買って一人で過ごしていたというのだ。
その話を知ったとき私が目指す生き方はそれだと思った。とにかく誰にも会いたくなかった。他人と会うと翌日にはぐったりした。溺れて打ち上げられたかのように家事すらまともにできなくなるほどだった。そんな当時の私には無人島は天国のように思えた。
もしかしたら自分にだって彼女のように可愛いキャラクターが描けるかもしれない。世界的な絵本作家になって無人島も買えるかもしれない。何かが目覚める予感がしてやや興奮気味に勢いよくA4のコピー用紙にジェットストリームのボールペンを走らせたのは去年の冬。天狼院を知る半年ほど前のことだ。白紙に向って奮闘すること一時間。なぜか丸と三角しかうまく描けず、何度やってもてるてる坊主ができ上がる。たくさん描いたので翌日は晴れた。
2014年の後半から一年以上、私は他人に会うのが怖かった。結婚生活がうまくかないストレスがきっかけだったと思う。最初は外出がちょっと億劫なくらいだった。他人と会うのが何となくだるい。最近ストレスが溜まっているせいかなくらいで放っておくと、気がついたときにはインターホンにも出られなくなっていた。
仕事が手につかず退職。その後離婚。瞬く間にキャリアもパートナーも失った。
それからというもの人と毎日会うことに耐えられず、何度転職をしても続かなくなった。一ヶ月と持たずにすぐにまた転職。一年間で五社を転々とした。職を離れている間、会社に行くことができないのなら自分で何かできないだろうかと独立起業を模索する。ずっとそんな生活だった。
仕事が安定しなかったため友人とも会いにくい。誘いは何度も断った。誰にも今の状況を知られたくなくて十二年間使い続けたFacebookを使うのを止めた。アカウント停止の手続きをしながら、SNSは元気な人が使うものだ。私はきっともう使うことはないだろうと思った。
今年の春の半ばには対人恐怖症はなんとか回復した。でも仕事はまだ安定せず、肩書きのないままの自分に自信がなくて他人との付き合いはできるだけ避け続けていた。
そんなある日、天狼院のライティングセミナーに予約していた知人から、予定が変わったので代わりに行ってくれないかと誘われた。なるほどライティングスキルがあれば独立の道も開けるかもと、天狼院の名前もろくに知らないままセミナーに参加した。
そういえば学生のときは作文が好きだった。賞をもらったこともある。てるてる坊主の絵より望みがあるのではないかと思い、セミナーの翌日にはすぐさまゼミに申し込んだ。
ゼミが始まると最初は何を書いていいかわからずに当り障りのないことを書いた。これからしようとしているし起業の話題でも書いてみることにした。ところがある日、提出した記事に対して「まだ成功していないのに書いていいことじゃないよね」と三浦先生から指摘を受け、没になった。
え、ちょっと待って。六時間くらいかけて頑張って書いたのに。お金を払って書いているのに、これ没なの?
ちくしょーと画面をにらみつけて一回Google Chromeを閉じる。そしてもう一度立ち上げて「次はがんばります」と返信した。
確かに起業の話などできる立場ではないとはおっしゃる通りだ。しかし、では来週から何を書けばいいのか。一体私は何者として文章を書けばいいのだろうか。オフラインに加えてオンラインでも路頭に迷う。先生のせいで益々肩書き難民になったとちょっと逆恨む。
次回は絶対に面白いといわせたいと思った。そして自分に書けること、読んで楽しんでもらえることを必死に考えた。ところがいくら考えても何者として書くのかが決まらない。途中で面倒になって考えるのを止めた。そして思いのままに胸につかえていた気持ちを書くことにした。
離婚したこと。断捨離してブラジャーまで捨ててしまったこと。胸が思うように膨らまなかったこと。恋に臆病になってしまったこと。友人にも話せない思いのたけを、赤の他人、しかも男性である先生に向けて「これでもくらえ」とばかりに書き出した。
その時書いた記事は先生のお勧めとして店主セレクトに選ばれた。前回の没からの大逆転。先生からよかったというコメントをもらったときは画面の前で「よっしゃー、見たか!」と叫んだ。
その時自宅に一人でいた私は、ふと、その喜びを誰かに伝えたくなった。
しばらく迷ったものの、その週私は初めて自分の記事をFacebookに投稿することにした。二度と使わないだろうと思ったSNS。最近どうしているのかという質問が怖くて一年間使えないでいた。でもそれもその時なら復帰できるような気がした。店主セレクトに背中を押してもらえて、ライティングゼミ生として、私は一人では戻れないところへ戻ることができた。
投稿すると、以前の会社の同期たちがいいねを押してくれた。ずっと連絡していなかったのに、読んだよとわざわざメールをくれる人もいた。そして、久しぶりに会おうというメッセージに本心からそうしようと返事をすることができた。
たくさんの人に読んでもらえたおかげで、その記事は週間メディアグランプリで3位にまでなった。何でもない自分が書いた恥さらしな話。きっとライティングゼミに参加しなかったら書くこともなかったであろう個人的な話だ。
天狼院のライティングゼミではいい文章を書くためのスキルをたくさん教わった。この先の財産になるだろうと本当に感謝している。でも何よりありがたかったことは、ただの自分のまま他人と付き合う勇気をもらえたことだ。
肩書きのない、名前だけが記された記事を毎週先生が評価してくれる。面白いといわれると心底うれしかった。自分そのものを面白いといわれたようにうれしかった。他のライティングゼミの人たちが読んだといってくれる声にも励まされた。記事を書くうちにありのままの自分を認めるという難しいことが前よりもできるようになった気がする。そしてSNSや友人たちの輪に戻る自信をもらった。
先週、一年ぶりにずっと仲がよかった友人たちと再会した。会えなかった間のことをたくさん話した。彼女たちとまた週末にカラオケへ行ったり甘いものを食べ歩いたりできているこの幸せは、自分にはもう訪れないだろうとあきらめていたものだった。
私は天狼院のライティングゼミにずっと感謝し続けたい。
長らくどこにも所属できないでいた私に通う場所をくれた。たまに開催日を間違えて泣いて帰ったりもしたが、池袋の天狼院書店に行くのはいつも楽しみだった。
三ヶ月間、お世話になりました。
また友人たちに会いたいという本当の私の願いを叶えてくれてありがとう。
無人島での独り暮らしはキャンセルしたいと思います。
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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
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