【ナースの入院日記】ナースに好かれる「いい患者」になる方法
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記事:土田 ひとみ(ライティング・ゼミ)
「絶対に、ナースに好かれる『いい患者』になってやる!」
私は意気込んでいた。
このたび、ナースである私が入院することになったからだ。
入院と言っても、出産のための入院だ。出産は病気ではないし、意識もはっきりしているし、余裕があるはずだ。それならば! と、私は意気込んだのだった。
ナースはとにかく忙しい。
ナースとして働いている私は、患者さんがこうしたら迷惑とか、この時間は忙しいから勘弁とか、隅々まで分かっている自信があった。だから、同業者である彼女たちには、絶対に迷惑をかけまいと思ったのだ。
入院2日目、出産が終わると担当のナースが声をかけてくれた。
「困ったことがあったらいつでも声をかけてくださいね」
私は「はーい」と返事をしながらも、心の中ではニヤニヤしていた。
「ナースたちが忙しいことは、ちゃんと分かってますよー。うまいことやりますよ。だって私は、ナースに気が配れる『いい患者』なのだから!」
私は、「いい患者」になるために、心に決めていたことがある。
それは、〝ナースコールを緊急時以外に押さない″ということ。
ナースとして働いるとき、ナースコールの嵐で病棟中を走り回ることがたびたびあった。どんなに忙しくても容赦なくやってくるナースコール。「もう! 体1つじゃ足りないよ!」と泣きたくなることがよくあったのだ。
だから私は、絶対に緊急時以外は押さないぞと誓った。
しかし、現実の入院生活は厳しかった。すぐにナースコールを押したい衝動にかられた。
出産後ヘロヘロの状態で、休む間もなく赤ちゃんと一緒に過ごす母児同室、泣き止まない我が子、昼も夜も1〜2時間おきの授乳とおむつ交換……。助けてほしいことばかり襲ってきたのだ。
「うーん。これはキツイ。ナースコールで助けを呼ぼうかな……。いやいや、異常なわけじゃないし、こんなことではナースコールは押せない!」
そして、昼も夜も休みなく慣れない育児を何とかこなした。
入院3日目、ゴミはどこに捨てたらいいのかとか、電話はどこでかけたらいいのかとか、小さな聞きたいことが積み重なってきた。
「うーん。こんな小さなことでナースを呼び止めるのも悪いしなぁ。しかも今はゴールデンタイムだし……」
ゴールデンタイムとは、ナースにとってめちゃくちゃ忙しい時間帯のことである。勤務の交代間近で、やる事が山積みのときや、人手が少ないのにやることが多い食事の時間などである。私が働いているときは、話しかけないでくれオーラ全開で動き回っていたものだ。
「よし、こんな小さな用事は後回しだ! ゴミなんて見えないことにしておこう!」
そして昼食の時間になった。
しかし、我が子が食事の時間を狙ったかのように泣きまくる。私はすっかり昼食を食べ損ねてしまった。泣き止まない新生児を慣れない手つきであやしていると、ナースがやってきた。
「お食事お済みですか?」と。
「うーん。お膳の後片付けも結構面倒な仕事だよなぁ。なかなか食べ終わらない人がいると迷惑になっちゃうんだよなぁ」
心の中でそう思うと、
「あ、ご馳走様でした。お膳、下げてください。なんか食欲なくて。えへへ」
とナースに伝えた。
ナースは「食べられるものがあれば頑張って食べましょうね」と優しく言うと、お膳を下げてくれた。
「ふうー。何とか迷惑をかけずに済んだぞ。大丈夫、この調子! このまま『いい患者』であり続けるぞ!」再び私は意気込んだ。
そして、入院4日目の朝、私は誰もいない授乳室で突然泣き出した。
我が子が大声で泣くため、大部屋にいるのが気まずくなり逃げてきたはずなのに、授乳室にたどり着いた途端、泣いたのは母親である私だった。
ヒックヒックとなるくらい号泣しながらも、もう一人の自分が「ああ……。これが産後のホルモンバランスの崩れからくる『理由もなく涙が出る』ってやつか。これを放っておくと、産後うつになり、産後クライシスに発展するのだな」と、冷静に見ていた。
とにかく、このままではヤバイ……。
「いい患者」になるどころか、精神崩壊寸前になってしまったじゃないか!
頭の中をぐるぐるさせながら必死に泣いていると、一人のナースが私に気がつき、駆け寄ってきた。そして、背中をさすりながら「いいよ、いいよ。うん、うん」と言ってくれた。
これが白衣の天使か! と思った。
辛いとき、何も理由も聞かずに背中をさすってくれて傍にいてくれた。よりによって、朝のゴールデンタイム、私が必死に避けていた時間に足止めをさせてしまったにも関わらずに……。
そうだった。
ナースとしての私も、患者さんが辛い思いをしていることが一番辛かったっけ……。どんなにワガママを言う人でも、自分の思いをストレートに表現してくれたら嬉しかった。逆に、ふさぎ込んで何を考えているか分からない人には、どう看護を提供してよいのか分からず、苦しかったっけ……。無理をして自分を責めている患者さんを見ることが、ナースとして一番心が痛んだなあ……。
「いい患者」になろうとして無理を重ね、爆発して泣いている私は、一番ナースを悲しませる患者になっていたと気が付いた。
ようやく泣き止んだ私は、背中をさすり続ける白衣の天使に本音を打ち明けた。
「迷惑かけちゃいけない……。いい患者になろうとしていました」
ナースは、くすりと笑ってこう言った。
「やっぱりね! 同業者って、変に周りが見えちゃうから『今忙しいかな?』なんて気にしちゃうけど、でも、それは絶対にダメ! 気は使わずに、入院中は思いっきり甘えなきゃ。いい? もう、絶対気を使っちゃダメだよ!」
優しくされると余計に泣けた。
ホルモンバランスの崩れた私は、目が腫れるまで泣き続けた。
翌日から私は、「いい患者」になることをやめた。
自分が助けてほしいときにナースコールを押し、用事があるときには自分のタイミングでお願いし、下膳の時間になっても食事が食べ終わらない時には「まだ食べます!」と元気に伝えた。
それ以来、ふさぎ込むこともなくなり、元気も出てきた。
ナースたちに助けられ、元気になっていく代わりに「ありがとう」はたくさん伝えるようにした。
私は思い出したのだ。
ナースとして一番嬉しいのは、患者さんから「ありがとう」と言ってもらえることだ。
看護を提供したときに、「ごめんなさいね」とか「申し訳ない」と言われると、心が苦しくなるのだ。
私は自分が患者の立場になって、ようやく「いい患者」になる方法を見つけた。
ナースに好かれる「いい患者」になる一番の近道は、「いい患者」になろうとしないこと。そして、「ありがとう」をたくさん伝えること。
それだけで私たちナースは、パワー全開で頑張れるのだから。
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