4時間44分の、誰も見られない舞台の次回公演は3月です
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:つたちこ(ライティング・ゼミ)
「お申し込みいただき、誠にありがとうございます。
以下のとおり、承りましたのでご案内いたします。
自己都合によるキャンセルは承れませんのでご了承願います」
ブラウザの上に「やっちゃった以上はもう一歩も退けませんよ」と、丁寧な脅し文句が表示される。
メールでお知らせまでくれる、ダメ押しつきだ。
自分の意思で申し込んだにもかかわらず、不安で心臓の音がどくどくと高まる。
あー。どうしよう。
申し込み、完了してしまった。
私が申し込んでしまったのは、フルマラソンの大会だ。今回で7度目の参加になるレース。
これまで6回も出ているのだから、もっと自信をもって参加できるようになればいいのに、いまだに申し込みをする前はものすごい緊張するし、申込み完了したあとは少しだけ後悔する。
なぜなら、私にとってフルマラソンを走ることは、爆発する自分の感情と向かい合うことになるからだ。
「フルマラソン? 自分には絶対無理だわ」
よく周りに言われる言葉だ。
自分で走っておきながら私もそう思う。
よく42.195kmも自分の足で走るよね。
42195は「死に行く、GO」とも読めるという。
なんて不吉な語呂合わせなんだろう。
私はごくごく一般的な市民ランナーの一人だ。
フルマラソンを走り切るのに、前回ようやく4時間44分を切った。
4時間を切ることが市民ランナーの一つの目標、と言われるので、「一般的な」といったら怒られるかもしれない。
4時間44分。
消して短くないその間に、私の中で激しい感情がぶつかり合う舞台が上演される。
スタート前は、少しの緊張と期待でそわそわしている。
道路にぎっしりと詰まった大勢の同行者たちと一緒に、号砲が鳴るのを待っている。
みんな速そうだな。
余裕がありそうだな。
私もそれなりに練習してきたし。
でも無理は禁物。くれぐれもマイペースでいこう。
深呼吸を何度もして、気分を落ち着かせようとする。
さあ号砲だ。舞台の幕も上がる。
みんなが一斉に動き出すのに合わせ、心拍数が上がっていく。
少し走り慣れてくると、だいぶ心臓も落ち着いてきて、少し楽しい気分になってくる。
序盤は、たいてい気分よく、気持ちよく走れるのだ。
楽しい。ずっとこうならいいのに……。
そう、悲劇のフラグはここから立っているのだ。
中盤を過ぎると、少しずつ疲労が貯まってくる。
徐々に筋肉が痛みの予兆を伝え始めるころだ。
まだまだ先があるよ、まだがんばらないといけないよ。
筋肉をなだめながら、脚を動かし続ける。
後半に入り、本格的に疲れが表に出てくる。
コースによっては、アップダウンで体力がどんどん削られる。
さあ、いよいよクライマックスの始まりだ。
まずは「怒り」の登場だ。
だれだよ! こんなことしようって言ったのは!? 私か!!!
あの時申し込んだ私、ばかじゃないの!?
何を考えているんだ!! いい加減学習しろ!!
走りながら黙々と、でも脳内で罵詈雑言を浴びせ、呪いの言葉をつぶやく。
怒っても怒っても、対象が自分なので、それ以上怒りの持っていきようがない。
むしろ怒りパワーでしばらく走れてしまう。
人間の体って不思議だ。
次は「悲しみ」が現れる。
脚がとても痛い。通常の生活では感じたことのないレベルの痛みだ。
膝の上の筋肉が、もう裂けてしまうんじゃないだろうか。
筋肉が「もう走れないから止まれ」と脳に助けを求めてるに違いない。
なんでこんなつらいことをしているんだろう。
止まりたいのに止まらせてもらえない、かわいそうな私。
こんなに痛くてきついのに走る、という選択を続ける私。
止まりたい私と走らせる私の、相反する2人の間で揺れ動く感情。
どちらの気持ちもよくわかる。当たり前だ。
でも今はまだ止まれないのだ。わかって、私。
わかる、わかってるよ。でもこの止まれない悲しみには耐えられない。
スポーツ用のサングラスをかけているし、周りのみんなも自分のことで手一杯だ。
咎められないのをいいことに、遠慮なく、だらだらと泣きながら走る。
そうそう、舞台には音楽が必要だ。
私はいつも足のリズムキープのために、音楽のテンポを調整して聞きながら走っている。
普段の練習と変わらない曲を流しているのに、フルマラソン本番の時だけ妙に琴線に触れる曲があるのだ。
小沢健二のときもあれば、Perfumeだったときもある。
肉体の疲れによって神経がものすごく過敏になって、いつも聞き流している音楽に過剰反応しているのではないかと勝手に分析している。
突然、聞いている歌詞が頭の中に鮮明に浮かび上がり、その歌詞に励まされて、どんどんやる気や元気が出てくるのだ。
音に感動しすぎて、涙が止まらないことも多い。
へとへとなのに音楽に押されて足に力が入り、もうひと踏ん張りしよう、と思えるのだ。
音楽の力は、本当にすごい。
いよいよ舞台も最後を迎える。ゴールする時が近づいてきた。
もう無理だ、と思ってからだいぶたつ。
あと1km、あと500m、あと200m……。
本当に最後の力を振り絞って、少しでもスピードを上げていく。
たいてい、もう頭の中は真っ白だ。
そして、ゴール。
ゴールは喜び、と思うかもしれないが、実は「喜び」とは微妙に違う。
ゴールは「解放」だ。
止まっていい。
座ったっていい。
長い時間続いた苦痛から、ようやく解放されたのだ。
もう、走らなくていいんだね。
ぼろぼろの体が安堵感で満たされていく。
解放感を味わって、しばらくしてからようやくじわじわと「喜び」が訪れる。
よかった。
無事にゴールできた。
「死に行く、GO」だけど、死ななかった……。
4時間44分をかけたマラソン劇場は、ジ・エンド。
感情の嵐が過ぎ去り役者は退場、ようやく日常の私が戻ってくる。
肉体的にもちろん疲れるが、暴れる感情につきあった脳みそも相当疲れるのだろう。
翌日いっぱい、まったく使い物にならないことは保証付きだ。
「お申し込みいただき、誠にありがとうございます」
ああ、申し込んでしまった。
また肉体的にも精神的にも激しい1日を迎えることになるのか、と、ちょっと心が重くなる。
でも、あのゴールの解放感もまた、ほかに代えがたい体験なのだ。
まるで中毒のように、おびえながらも申し込んでしまうのだから。
マラソンは、一見とても地味な競技だ。
特に私なんて、のたのたと走っているだけにしか見えないだろう。
でも走っている本人のなかでは、激情うずまく舞台が繰り広げられている。
主人公は自分自身、そして観客も自分自身だ。
私は今日もジョギングシューズを履いて練習をしに家を出る。
3月に、また主役を務めるために。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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