自尊心と劣等感とアレルギー
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田光(ライティング・ゼミ9月)
「あらー、赤ちゃんのうちからこんなに薬漬けにされちゃって、可愛そうにねぇ。私に言わせりゃ、アレルギーなんて親が悪いんだわ。ぜーんぶ母親の責任」
薬剤師さんがレジの横に並べた、2週間分の抗アレルギー剤の水薬3種と鉄剤、そして鉄剤の副作用で起きる便秘を解消するための下剤、皮膚のかゆみと乾燥防止の軟膏を見て、待合室に座っていた見ず知らずの初老の女性が、息子を抱いたまま財布を開いていた私に向かって言い放った。
何ですと?
ちょっと待てコラ、すぐ会計を済ませるから、それまでじっとそこに座っとけよ。
湿疹でただれた頬をした、もうすぐ一歳の息子を抱いて薬を受け取りながら、私は心の中でこう言い返し、薬を受け取ると女性の横に座り直した。
あとから分かったことだが、生まれてすぐから食物アレルギーを起こしていた息子は私の母乳に敏感に反応し、生後半年を過ぎたころから夜になると眠れないほど咳き込むようになっていた。
熱もないし日中は元気なので、最初は軽い風邪でも引いたのかと思っていた。
だが症状が何日も続くので、念のためにと近所の小児科を訪ねた。
すると医師は、
「風邪ではないです。
胸がゼーゼーしていますよ。
血中酸素濃度もかなり低下しているので、乳児喘息でしょう。
赤ちゃんの場合、お母さんの母乳に反応した食物アレルギーが原因のことが多いので、一度検査しましょう」
と言い、息子の青白くて細い腕の血管に、採血用の針を刺した。
息子が食物アレルギー?
妊娠中、あれほど食事に気を使っていたのに?
まさか。
医師の言葉は、にわかには信じられなかった。
二週間後、検査結果を聞きに行くと、卵、牛乳、小麦、大豆に強いアレルギー反応を起こしていることが分かり、それから私は母乳から上記の成分が出ないようにするため、いわゆる「除去食」をすることになった。
抗アレルギー剤を飲ませるようになってから、息子の喘息は目に見えて軽くなり、夜半に咳き込むことはほとんどなくなった。
だがこれは薬で症状を隠しているだけで、喘息や食物アレルギーが解消したわけではない。
それが証拠に、私がちょっと気を抜いてパンなど食べた日には、息子の湿疹が一気に広がった。
今まで普通に食べていたものを日々の食事から排除してゼロにするのは、本当に辛かった。
まず醤油と味噌という二大調味料がアウトになるし、パンもダメ。
そしてほとんどの加工品には卵、牛乳、小麦が普通に使われているから、外食も出来合いのお惣菜も半調理品もほぼ口にできなくなった。
だが、今しっかりと対処しておかなければ、息子が一生アレルギーを抱えて生きていくことになるかもしれない、そう思ったらそうせずにはいられなかった。
もちろん息子のおやつも離乳食も除去食だ。
ひえ醤油やあわ味噌といったアレルギー対応食品はお高いので、エンゲル係数が一気に上がった。
息子の昼寝中に除去食を手作りし、昼夜を問わず数時間ごとに乳を飲ませ、夜泣きにも悩まされて睡眠時間もろくに取れない毎日だったが、顔を湿疹でぐちょぐちょにした、見た目のちょっとアレな子どもとその母親に周囲が向ける視線は、思いのほか厳しかった。
いや、視線だけならまだいい。
知らずにあれこれと口を出してくる人の相手をするのが、一番しんどかった。
安易に口だけ出すくらいなら金も出せ、手を貸せと何度も喉まで出かかったが、息子をアレルギーにしてしまったという負い目から、何も言い返せなかった。
除去食をしていると言えば、
「そんなことをしても無駄」
「みんなと同じものを食べられなくて、子どもがかわいそう」
と言われ、
アレルギーがあると言えば、
「お母さんの気のせい」
「母親が神経質だから子供が影響を受ける。もっとのびのび子育てしろ」
などと説教される。
そのたびにイラっとし、やるせない気持ちになっていたが、普段から親しくしていて、大変だねとよく声をかけてくれていた人が陰で、
「あんなに食べ物に神経質になる必要はないんじゃないの。
卵を食べたらどうなるのか、一度食べさせてみたい」
と言っていたのを知ったときには、さすがに深く落ち込んだ。
そしてそのうち、
どうせ誰も理解してはくれないのだ、
親切そうな顔をしてあれこれアドバイスしていれば、人は善人気分を味わえるのだろうが、無責任に口だけ出してくるような人の自己満足に付き合ってやる必要はない、
分かってほしいなんて他人に期待などしないほうがいいのだと思うようになっていた。
今から思えば、外に対して愛想笑いで武装しながら、心を固く閉ざしていた。
そんなある日、妊娠中にお世話になった助産師さんにばったり会った。
「お久しぶりですー! 元気にしてますか? あら、息子くんも元気そうでご機嫌ですねー」
一目でアレルギーっ子と分かる息子を見ても屈託なく笑う彼女の顔を見たとき、ちょっと甘えてもいいだろうかという気持ちになった。
ぽつぽつと語り始めたら、今まで抱えていたものが一気に流れだした。
授乳と夜泣きで夜眠れないこと、除去食をしてもなかなか数値が下がらなくて焦っていること、人にあれこれ言われるが言われても仕方がないのかもしれない、息子のアレルギーは私のせいかもしれないからなんていう愚痴が、とめどなく流れ出た。
彼女は黙って、うんうんと頷いていた。
話し終えると後悔が襲ってきた。
相手の都合も考えずに言いたいことだけしゃべり倒すなんて、人のことにズケズケと口を出すあの手の人たちと同じじゃないか。
「ごめんなさい、お忙しいのに自分のことばっかりしゃべって」
私が謝ると、彼女は笑ってこう言った。
「全然迷惑でも何でもないですよ。
それにインドでは子供に、『あなたは人に迷惑をかけながら生きているのだから、誰かに迷惑をかけられてもその人を許してあげなさい』と教えるそうですよ。
だからそんなことは、誰も気にしない方がいいんです。
それでね、アレルギーの話ですけど、アレルギーっ子のお母さんは、みんなそう言うんですよ。
自分が至らなかったから子どもがアレルギーになったんだって。
でもね、アレルギーっ子ほどお母さんに手をかけてもらっている子、いないですよ。
子どもはみんなお母さんが大好きなんですよ。
そのお母さんがずっと自分のことを考えてあれこれ手を尽くしてくれるなんて、子どもにとってはとても幸せなことかもしれないじゃないですか?」
ハッとした。
そんなふうに考えたことは一度もなかったからだ。
だとしたら、もしかしたらちょっとは自分の子育てを認めてもいいのだろうか。
こんな親でも、子どもに喜びを与えてやれているのだろうか。
その日から、私の中でちょっとずつ、何かを変えてもいいような気がしてきた。
たとえば、「理不尽なことを言われたときに、我慢して丸く収める」以外の選択肢を選ぶことだ。
知らない人から向けられる無遠慮な言葉に傷つき続けるという罰を、いちいち自分に与えなくてもいいじゃないか。
冒頭の薬局でのできごとは、そう思えるようになった矢先のことだった。
分かってもらう必要はないが、私は私のため、そして息子のために話をさせてもらおう。
ただし、頭の中で切った啖呵はそのまま出さず、あくまでも息子に誇れるように。
***
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