メディアグランプリ

プチ飢餓状態でターミネーター走りをしていた生活から私が得たもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:伏島恵美(ライティング・ゼミ)

もしも、世界一有名な黒ネズミの夢と魔法の国からの帰りに、薄化粧でメガネを掛けたガリガリの中年女性が荷物を片手に、もう片方の手には食べかけのパンを持ちながら、全力疾走する姿を見かけたら、どうしますか?
その日はもしかしたら、恋人とちょっと喧嘩気味だったけど、魔法の国で遊んでたらなんとなく仲直りしたかもしれません。
そんなウキウキした気分の時に、自分の横を得体の知れない格好の女性が走りすぎていくのです。
引きますよね? うん、引くんじゃないかしらん。
はい、白状します。数年前の私の姿です。

当時の私は客室清掃の仕事をしていました。場所はねずみの国がある舞浜のホテルです。
転職活動の合間にという単純な理由で週2日のパートから始めた仕事だったのですが、気が付くと本業に変わっていました。

清掃の仕事自体は初めてでしたが、ゴミを扱う、見ず知らずの人が使った浴槽やトイレといった水回りを綺麗にするといったことに抵抗もなく仕事を続けていったのです。

人間関係で大分追い詰められていた私は清掃の仕事に逃避していたのかもしれません。本当は仕事によって忘れたかった。何も考えたくなかった。

働いている。収入になる。だからいいことだ。そんな風に自分は正常であると理由づけしていったのです。

なので、上司から別のホテルでのレイト清掃を打診された時も迷わず引き受けました。レイト清掃とはビジネスホテルなどで日中利用された部屋を夕方から夜間にかけて清掃する仕事を指します。

朝ごはんを食べたら夕方の仕事終了まで水分補給のみで清掃や事務仕事を行い、終わったらレイト清掃先のホテルへ直行して真夜中まで清掃。というダブルワーク生活が始まりました。

レイト清掃のホテルは四谷にあるので、京葉線で東京駅に行き、そこから移動するのですが、昼ごはん兼夕ご飯を摂る時間がないため移動しながら食べました。

ねずみの国帰りのお客さんに混じって、私はパンを片手に持ちながら、猛ダッシュで東京駅の長い連絡通路を駆け抜けます。立ち食いならぬ走り食いです。

もはや女性のなんたるかを完全に捨ててる私がいました。やっぱり当時は病んでいたのでしょう。

「遅刻しちゃいけない」
ろくに食事を摂っていない中でその思いだけが、私を走らせたのです。姿格好はともかく表情は真剣です。

さながらターミネーター2(T2)で主人公のジョン・コナーを追いかける敵役のT―1000型のような走りっぷりです。逃げる主人公を無表情に恐ろしい速さで追ってくる、あの姿です。(あんなに無駄の無いフォームではありませんが)

そんな生活が続いた結果として。当初、ぷくぷくのおまんじゅうのようだった顔や標準体重をオーバーしていた体型はみるみる痩せていきました。

レイト清掃が終わって最寄りの駅まで帰ってきたときは日付が変わるのが常でしたから、真夜中にマックフライポテトLを食べる。揚げ物もどかどか食べる。そんな食生活だったのです。

にも関わらず、消費の方が激しいため一向に太る気配はなく、友達や親しい人が心配するほどにガリガリに痩せてしまったのです。

働き方を改めるべきだとの声にも、次の仕事は無いに決まっていると頑なに思い込み、耳を貸すことができませんでした。

そんなある日、いつもお世話になっている年上の女性に、働いているから大丈夫と言うけど、あなたは移動時間をお金換算して考えたことがあるのか? と問われて初めて自分の置かれている状況を見直す気になったのです。

私は働いているから何とかなる。と、辛い人間関係のことを考えたくないという逃避が、いつの間にか目の前にあることしか考えられない状態に変わっていたのです。

「何で今まで考えなかったんだろう」
そう思いました。でも。思考停止の状態を望んだのも、その状態のままでいることを望んだのも自分でした。ガリガリに痩せて化粧も薄い自分自身だったのです。

それから一念発起して、転職活動をし、紆余曲折を経て校正・校閲の仕事に就くことができました。

新しい仕事で定時にご飯が食べられるようになると、あれほど荒れ狂っていた食欲はすっかり普通の成人女性が欲する程度に収まり、真夜中に油ものを食べることもなくなりました。

今から考えるとあんなにドカ食いしていたのは、私の動物としての生存本能が働いていたとしか思えません。
いつ食べられるかわからない状況に置かれた私の身体は何とか生き残るために私を動かしたのです。

なんだかんだいって追い詰められると私は一人の動物にすぎないんだ。自分の身のちっぽけさが身に染みたのです。

そして、仕事が変わった後で私は前の会社の先輩にあたる方と友達づきあいをするようになりました。
わたしは、ちっぽけかもしれないけど、こうして縁を結んでくれる人もいるんだ。なら、このちっぽけな自分でこれからも堂々と生きていこう。そう、穏やかな気持ちで思えるようになったこと。
それがなにおりの収穫です。

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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