メディアグランプリ

入塾試験と他人の発見。


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記事:ヤスキアヤ(ライティング・ゼミ)

 

 

自分のことなんて、他人は興味ないのだと思っていた。

何考えてるのかわかんないといわれたって気にもならなかった。

人と語りあうことなんて、必要ないと思っていた。

しゃべるには、耳と、適当な相槌と、他愛のないネタがあれば良い。

自分の自分による自分のための言葉があれば、それだけで、よかった。

 

***

 

私立中学受験組だった私は、16歳になる年、エスカレーター式に高校へと進学した。

進学を機に、小、中学校と9年間通った塾をやめてみた。

積極的に行きたかったわけでもないし、なにより、1度ぐらい塾に行かない学生生活!! を送ってみたかった。

そして、きらめく高校時代を謳歌すべく部活にのめり込んだ結果、私の成績は劇的な直滑降を見せ、その冬(高校1年の冬)、壊滅的な結果を叩き出す。

 

「……塾、いかない?」

ついに天の声が下された。

後ろに続く人数が、両手指で足りてしまうという現実を前に、拒否権はない。

 

 

母が仕入れた情報によれば、1学年10人弱の小さな塾。

国立大医学部第一志望の猛者が集まる塾で長らく講師をしていた先生が、代表と袂を分かち、はじめたのだという。英数理しかないものの、通い始めた生徒の学力の伸びがあまりにすごいと、奥様方の間では都市伝説的に名が知れているという。

 

ただし、言葉は続く。

先生の癖が強すぎ、「落とすための入塾試験」なるものが存在するという。

 

 

 

この1年、教科書もろくに開いていない。

地の底を割るような成績なのに、そんな塾のレベルチェック受けたって、と喉まで出そうになりながら、母の顔をみつめたが、反論の余地はなかった。

素直にスケジュール帳を開き、指定された試験日にチェックを入れる。

 

 

 

 

 

街中にある、セブンイレブンの隣の小さなビル。

小さなエレベーターの△ボタンを押して、薄暗がりのエレベーターホールで待つ。

少し、手が冷たい気がして、制服のポケットに突っ込んだカイロを握り締めた。

緊張すると手が冷える。そんな時、まずは物理的に温めよ、とは部活の師匠の教えである。

 

チンと音がして、扉が開くと同時に眩い明かりが急に目に差し込んだ。思わず瞬く。

ちょっと深呼吸をして、私は上昇するエレベーターに乗り込んだ。

 

 

「この結果の意味がわからない」と、彼は言う。

英語、数学、と入塾試験を受けた後だ。まずは、と英語の講評がスタートしている。

 

どう考えても間違っているのだけれど、全くわかっていないわけではないように思える。これは何。てか、ケアレスミスも。「Fujiyama Mt.」言わないだろ普通。マウントフジ、言わない?

 

(そう問われましても。わたくしとしましても)

 

眉間にしわを寄せながら、彼は続ける。

間違ってないけど、間違ってんだよ。この構文使ったら、和文のニュアンスと随分異なってしまう、きちんと伝わらない。問題として正解は、こっちの構文。

 

(そういえばその音の流れと響きの方が耳馴染みありますね、うんうん)

 

 

それからな、数学。この数式使いたいのはわかるけど。

使わせたかったのはこれじゃない。そしてこれ使ってときたかったならルートが違う、この式の時点で……

 

(……なぁんだ、「落とすための入塾試験」って噂だけじゃん。レベルチェックじゃん。そんな緊張するものでもなかったな。まぁ、通えば母上も安心するだろうし、いいか。何時からなんだろ)

 

 

神妙な顔をして頷きながら、頭の中は太平楽である。

と、そこに妙な単語が聞こえた。

 

 

(……、……? さいし? さいしってなに)

 

入塾試験、再試な。

お前の理解レベルがよくわからんから、落としもできない。1回ちゃんと勉強してこい。

そうだな、再来週かな、予定、どうだ。大丈夫か?

 

 

再試験。規定の点数を満たさなかった者を対象に行う試験。あるようなものでは、ない。はず。

呆気にとられている間に話が進んで行く。

 

 

そうだな、

お前の言葉は「ヤスキ語」だ。ぜーんぶ。英語も、日本語も、数学も。

 

頭から、水をかけられたかのように意識が戻る。

手が一気に冷たくなった。

このクソ寒い時期に。ふざけんな。

初対面のお前に、何がわかる。あからさまな反発の気持ち。

 

 

あとな、お前な、相手の言いたいことを自分の好きなように解釈しすぎだと思う。

 

 

その瞬間に、理解した。

私は、他人を自分だと、自分を他人だと、思い込んでいた。

この人が言いたいことは、こういうことだろう。話し途中から、結論を導くのは私の想像。

 

他人に、興味がなかった。

自分が主人公の、悲劇のヒロインストーリーにしか、興味がなかった。

「何考えてるか、わからないよ」と言われるのが心地よかった。自分に酔っていた。

 

私が何かを発そうとしていることを、誰かに、わかって! と叫びながら、同じように叫ぶ友人たちを、完全に無視していた。

分かろうとしてくれていた友のことさえも、見ようとしていなかったのだから。

 

思い思いに好きな情報を好きなように言い合う友人たちに囲まれて、私が話すことなんて、特に理解しようともせず、その場で適当な相槌を打ち、すぐに他の話題に流れ、思い思いに言い合う友人たち。

ちがう。そうじゃない。単に、自分以外の人に興味がなかった。伝わる言葉を選ぶ努力も、相手が伝えたい情報、想いを拾う努力さえも、していなかった。

 

ショックだった。

 

 

入塾してから、何度と言われたかわからない。

「ヤスキ語」になっている。またか!! 怒られながら、こういう言い換え方したらどうだ。沢山の手を差し伸べられた。

先生と話すたび、私という自分以外に、他人という自分がいることを、くっきりと感じた。

 

「私」は「あなた」じゃないし、「あなた」は「私」じゃないから、たくさんのものを費やさなければならない。

いまだって、沢山の「ヤスキ語」だらけで、伝えることが億劫になるけれど、それでもめげずに、「あなた」に向かっていきたいと、強く思う。
***
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2016-11-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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