ドラッグストアに売っていた魔法使いのクリーム
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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むかーしむかし。そう、ふた昔、くらい昔のこと。
東京の片隅に、ニキビ面の女子中学生がおりました。名を、チイコといいました。
チイコは健康的にすくすくと大きくなりましたが、思春期になるころから、大いなる悩みができました。
そう、お察しの通り、ニキビです。
一つ二つならまだかわいげもありますが、チイコの場合、ほっぺたはもちろん、おでこ、あご、と顔のそこかしこに赤いニキビがたくさんありました。
ニキビは青春のシンボル、なんて例えた薬のCMも昔ありましたが、チイコは顔面シンボルだらけなのです。
青春とは、つまりこの顔のことを指すのか、と薬メーカーを問いつめたい気持ちでいっぱいでした。「こんな青春、いらねー!!」と何度心の中で叫んだことでしょう。
もちろんチイコも、ニキビをそのまま放置していたわけではありません。
先ほどの薬メーカーを信じてニキビに効くという薬を使ってみたり、専用の洗顔フォームがいいと聞けば親にねだって買ってもらって試したり。
でも、一向にニキビは鎮まる気配が見えませんでした。
同級生が、つるつるの肌に1つニキビができただけで「ニキビができて最悪ー!」などと言っているのを聞くと、嫉妬といら立ちで「そんなのニキビのうちに入らんわ!!!」と逆上しそうになるのを必死で抑えていました。
チイコの妄想の中では、いつだって自分の肌は陶器のようにつるつるなのです。
でも朝起きて顔を洗おうと鏡を見ると、現実が待っていて絶望的な気持ちになります。
きれいな肌だったら、きっと何もかもうまくいくに違いない……。
魔法使いのおばあさんがあらわれて、ささっときれいにしてくれればいいのに……。
でも魔法使いがあらわれるはずもなく、チイコの青春は、正にシンボルであるニキビとともに過ぎていったのです。
さて、ニキビがようやく収まってきたか……という大人になりかけのころ、チイコは次の悩みができました。
さんざん肌の上で暴れまくったニキビが何も残さずに立ち去るわけもなく、しっかりとでこぼこ跡が顔に残りました。
ニキビと違って、いつか治るに違いない、という保証もありません。
どうすれば、このでこぼこを平らにできるのか……!!
チイコはお小遣いやバイト代をはたいて、効くと噂のグッズや化粧品をいろいろ試してみましたが、一向に平らになる気配もありません。
いっそのこと、顔を全部カンナがけとかして皮一枚まるっと剥くことができたらいいのに……。
魔法使いは無理だとしても、大泥棒がでてくるアニメのように、顔の皮をめくったらつるんと一皮むけて下からつるつるの顔が出てくればいいのに……。
もちろんチイコもそろそろ大人ですから、自分の皮を剥いたら血だらけになってしまうことはわかっていますが、そんな妄想をしては落ち込んでおりました。
肌にコンプレックスを抱えまくったまま月日が経ち、いつしかチイコは、反動で「無頓着な女」になっておりました。
どんなに手入れしても、どうせもう私の肌はつるつるにならない。
お化粧できれいになるには土台が大事なのだ。がんばって化粧をしても土台が悪いので、絶対キレイになれない。
ニキビのせいだかわからないけど脂性肌だからすぐ化粧が崩れちゃうし、脂取り紙で取ってもすぐテカテカになるし。
なにをしてもだめなのだったらもう何もしたくない。っていうか、もう面倒くさい。
こうしてチイコは化粧も身体のケアもろくにしない、ずぼらな大人に育ってしまったのです。
社会人になり、一応朝になると顔に何かしらを塗って家を出ていましたが、何をしてもどうせ無駄! という気持ちから、普通のOLさんに比べたら「すっぴんなの?」というくらいの塗り具合でした。
世の中には、化粧で美しくなるためにとても努力している人がいるのも知っていましたが、別世界の人のように感じていました。
さらに月日は流れ、アラフォーになったチイコは相変わらず無頓着でずぼらな日々を過ごしておりました。
ある冬の日、チイコがお風呂に入っていると、両方のひざにパッチのようなものがついていることに気が付きました。それは肌色で直径1.5cmくらいの丸に近い形をしていました。
「なんだろう、これ?」
ちょうど膝を床についたときに触れる場所にくっついた、まるで薄いプラスチック片のように硬いそれは、こすっても引っ張っても、ひざにぴったりついて離れようとしません。よくよく見てみると、なんと皮膚が硬く変質したものだったのです。爪でたたくとカチカチと音がします。
さすがのずぼらなチイコも、これにはショックを受けました。
このままパッチが広がっていって、ひざが全部カッチカチになってしまったらどうしよう。
改めて自分の体をいろいろ確認してみますと、ほかにも気になるところがたくさん出てきました。
ひざは、発見した硬いパッチの周りもガサガサで深い横皺がたくさん入っています。ひじもしわしわのかっちかちで、どちらもまるで象の足のようです。
お尻のほっぺもかさかさしていますし、すねは鱗のように細かくひび割れて粉を吹いていました。どうりで黒いタイツを履くと、白い粉が付くはずです。
ちょっと、これはやばすぎる……!!
チイコがインターネットで調べてみると、どうやらすべての原因は肌の乾燥らしいとわかりました。
特にお風呂上りは、あったまった体の熱で余計皮膚の水分を乾燥させてしまうとのこと。風呂上がりに、まだ湿っているくらいの状態ですぐにボディクリームを塗るのがよい、とありました。
「ボディクリーム……」
ずぼらなチイコにとっては、顔は顔用、体は体用、と使い分けることも面倒でなりません。
更に調べてみると、どうやらよくドラッグストアで売っているハンドクリームがとても汎用性が高くて効き目もいい、という情報にたどり着きました。
コストも安く、顔にも体にも使えるから面倒くささ半減、しかも乾燥にめちゃめちゃ効くらしい。チイコにうってつけの方法です。
「これだ!!!」
さっそく手に入れたチイコは、毎日風呂から出るとすぐに、顔から足の先まで全身にそのクリームを塗るようになりました。
特にカチカチのひざとひじには「やわらかくなーれ、やわらかくなーれ」と呪文を唱えながら念入りに塗りこみました。
こってりしたクリームなのに、体に塗るとすぐにさらりとした感覚に変わるそのクリームは、すっかりチイコのお気に入りになりました。
それにあっという間に全身の手入れが済んでしまうので、ずぼらなチイコでも毎日続けることができました。
徐々に、すねの白い粉が出なくなりました。
ひじやひざのガサガサも少しずつですが柔らかくなっていきました。
ひざの硬いパッチは、さすがになかなか変化しませんでしたが、少しずつ小さくなっていきました。
そして、4か月も続けたころでしょうか。
ある夜、お風呂でしっかり浸かった後にタオルでこすったら、ぽろりっと最後の小さなパッチが取れたのです。
やったー!!! あのパッチがとうとう取れた!!!
チイコは大喜びし、そして改めて驚きました。
お風呂上りに毎日クリームを塗ることで、自分の肌がちゃんと柔らかくきれいになったからです。
象みたいだったひじもひざもつるつるになり、鱗のようだったすねもツヤツヤしています。
一生、自分の肌は何をしても美しくなることはないと思っていたのに、そうではありませんでした。
魔法使いはいなかったけれど、ハンドクリームと風呂上がりの新しい習慣で、まさに一皮むけたキレイなひざになれたのです。
そんなある日、会社の後輩と飲みに行ったとき、後輩が言いました。
「チイコさん、肌きれいですよね」
「はあっ!?!?」
酔っぱらっているとはいえお前は何を言っているのだ、あまりに見え透いたお世辞は嫌味だよ、と言いかけると、
「なんていうか、しっとりしてます」
と追加攻撃をされました。
どうやら一緒に手入れしていた顔も、乾燥がなくなった、ということらしいのです。
もちろん顔のでこぼこは相変わらず残っています。シミもシワもできて、どうひいき目に見てもチイコの思う「きれいな肌」とは別物です。
でもお世辞であっても「肌がきれい」なんていう言葉は、今まで一度も聞いたことがありませんでした。
どうやらあのクリームは、顔にも魔法を少しだけかけてくれたようです。
その夜もいつものようにひざにクリームを塗りながら、チイコはちょっとニヤニヤしていました。
いくつになっても、あきらめるもんじゃないなあ。
なかなか人に見せることもないけれど、つるつるのひざはチイコの数少ないチャームポイントになりましたとさ。
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