悪人の正義
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記事:千々岩 康治(ライティング・ライブ福岡会場)
「千々岩君、この封筒の中身なんて書いてあるの?」
2月中旬、上司が封筒と書類を持ってきた。
差出人の欄をみて私は嫌な予感を感じた。
すぐに封筒を確認する。
私は青ざめた。上司を問い詰める。なんの事かわかっていないようだ。
埒が明かない。
今から一緒に事務室に相談に行くことを伝える。
途端に渋い顔をする上司。
どうにか理由をつけて逃げ出そうとする上司を無視し事務室に直行した。
「出しとけって言いましたよね? 何で提出していないんですか?」
総務課長の氷の様に冷たい言葉が響いた。
「出さなくても大丈夫とおもったんよ。」
私は呆れた。大丈夫ないわけだろうと。一言言ってやろうとした瞬間、総務課長が
「大丈夫な訳ないでしょう。バカじゃないんですか。まともに書類作成もできないんですか? 給料泥棒も大概にしてください」
流石に言い過ぎだろうと上司の顔を見るとやはりムスッとしてる。
「僕なにか変なこと言ってます?」
総務課長は揺るがない。完全に言い負けている。
その後総務課長から上司に対しての説教は20分ほど続いた。
事務室から帰った後
「あいつなんなの? 言い過ぎやない? ほんと俺あいつ嫌いなんよね。俺がわるいって言いよるん?」
休憩室で憤慨している上司。貴方が悪くなかったら誰が悪いんだ。
ちなみに相談の結果、総務課長からの支持は
「今すぐ書類を作れ」だった。
だがこの人がまともに書類を用意できるとは思わない。
これは本気でやばい。私は頭を抱えた。
1か月後………。
DVD‐ROMを郵便局に持っていく。
書類の提出がギリギリ間に合った。私は安堵した。
封筒の中身は加算を取るための書類が提出されていないという役所からの通達だった。
ちなみに上司の仕事の管轄である。
年度末までに提出しないと加算は返還しなければならない。3桁単位の損失である。
悪質と判断されれば職場の名前が公表される。そうなれば鬼の事務長からの怒号では済まされない。
「なんとかなったやろう」
嬉しそうに話す上司。
貴方が何とかしたのではないだろう。結局何とかしたのは貴方の嫌いな総務課長だ。
ニコニコしながら話す上司に私は殺意を覚えた。
総務課長は事務方のナンバー2。鬼の事務長の直属の部下だ。年齢は40代前半。職場では若手に入り、事務室を実質的に取り仕切っている。
そしていわゆる職場の嫌われ者だった。
事務長に仕事を仕込まれているため暴言や無神経な発言もお構いなし。大きな声を出したりしないが神経質で数字や書類の細かいところまで追求してくる。
決まりは必ず守らせ例外は許さない。
仕事ができない人間と判断すれば上司部下・年上年下・同性異性関係なく罵倒するような人だった。
仕事の為には人間関係を犠牲にする人。それが私の総務課長のイメージだった。
総務課長に説教された次の日、上司は書類作成に取り掛かっていた。
だが絶対に間に合いそうになかった。1年分の資料だ。
事務処理本職の人間でもかなり厳しいはずだ。
私は最悪の事態に備え加算返還のための書類を作成し始めた。
すると上司はなんと書類の作成を断念したのだ。本当に呆れてものも言えなかった。
提出期限まで1週間を切っていた。もう間に合わない。
私は事務長に吠えられる覚悟を決めていた。
ある朝
不意に総務課長に呼ばれた。
そして「これ完成した提出書類。ギリギリまであのバカには見せるな」
そう私に指示しDVD‐ROMを私に渡してきたのだ。
驚愕した。総務課長は他の事務仕事も大量にある。その中で私たちの為に書類を作成してくれていたのだ。並みの仕事量ではないはずだ。どうやら残業までしてくれていたようだ。
本当に感謝しかない。
後日書類作成のお礼を言うために上司に声をかけた。
だが上司の答えは
「あいつ嫌いだから行きたくない」だった。
仕方なしに一人で事務室に行き総務課長にお礼を言う。
総務課長は驚いているようだった。そして照れているようにも見えた。
そしてこう言ったのだ。
「お礼と言われたことないよ。ありがとう。バカの中にもまともな人間はいるんやね」
やはり口が悪い。私は思わず苦笑いした。
そして総務課長は続けてこういった。
「まぁ俺たち事務方はなんも生み出さんけんね。数字さわるから細かい事まで言うからみんなから嫌われるわな。だけどこっちも仕事として言わないといけん事はあるんよ。嫌われていることくらいわかってるよ。無知な善人にはわからんみたいやけど……悪人の正義っていうものがあるんよ」
総務課長は嫌われるのも厭わず覚悟を決めて仕事をしていた。
口は悪いかもしれないがお礼も言えない、面倒ごとを押し付けたり仕事を途中で放り出す周りの人間よりよほどまともな人間だ。
自分の筋を通して仕事をする人間。
嫌われ者をかって出られる人間。
私は総務課長をかっこよく感じた。
この事件からも相変わらず無神経な発言をして総務課長は嫌われていた。
だが総務課長はぶれない。悪人に徹していた。
「お前総務課長みたいなヤツやの」
事務仕事をするようになって上司に自然とこう言われるようになっていた。
以前は腹を立てていたが今は違う。
総務課長の覚悟を知らないのか?
今では立派な誉め言葉である。
***
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