手袋を買いに、香川県へ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鈴村文子(ライティング・ゼミ12月コース)
「今度のライブ、香川県が当たったよ」
我が家の旅は、夫の一言から始まる。夫は、とある歌手のファンクラブに入っていて、ツアーが開催されると、いつも、行ったことのない街を選んで、抽選に申し込むのだ。旅行に行くことは好きだが、取り立ててここに行きたい、という街があるわけではない私たち夫婦にとって、このライブ抽選方式とでもいう旅行先の決め方は、ここ数年、定番となっている。ダーツを投げて、当たったところに行く、というテレビ番組のような感じだ。
今から4〜5年前、この時は香川県のライブ会場が当たった。香川県といえばうどんだが、食べ物だけでは旅行にならない。行く場所や、泊まる場所、やりたいことなどを、考えなくてはいけない。本屋さんで売っている旅の情報誌はもちろん、雑誌やインターネットなど、いろいろなものを調べていくうちに、香川県の東かがわ市が、手袋の一大生産地であることがわかった。なんと、国内の手袋の約9割を、東かがわ市で生産しているというのだ。季節はちょうど秋だったので、冬に向けて新しい手袋を買ってもいいかも、と思い、東かがわ市にある手袋のお店に行こうと、旅行の計画に組み込んだのであった。
東かがわ市は、香川県の東の方にあり、高松市から車で30分くらいのところにある。海沿いの街で、磯の香りがする。そんな街の中にある手袋のお店に行くと、こじんまりとしたショールームに、色とりどりの手袋と、同じ生地で作られたマフラーが並んでいた。触ってみると、とても肌触りが良い。試しに、はめてみると、軽くて暖かい。なかなかいいな、買うなら、何色がいいかな、などと思っていると、お店の方が奥から出て来られて、「どちらから来られたの?」と聞いてきた。「東京からです」と答えると、とても驚かれて、「遠くからありがとうございます。もし、よかったら、奥にある工場も見学して行かれますか?」と言ってくださった。私は、そんなふうに誘ってもらえるなんて、思ってもみなかったので驚いたが、せっかくの機会なので、工場も見学させてもらうことにした。
工場の中は、学校の教室が2〜3個分といったくらいの広さだった。手袋やマフラーの生地が竹輪のように丸まって、壁一面に並べてある。反対の壁面には、生地を裁断する機械があって、真ん中には、手袋を裁縫するミシンが何台か置いてあった。職人さんたちが、働きながら、話を聞かせてくれる。生地を裁断するのは、型紙に沿って、というわけではなく、長年の経験に基づいて、裁断するのだそうだ。また、手袋を縫製する方も、もうベテランで、30年くらい勤めているそうで、「有名ブランドの手袋も、作ったことがあるのですよ」とおっしゃっていた。そう話しながらも、手は止まることなく、ものすごい速さで手袋を縫っていた。初めて見る機械や、手袋を縫う技術に圧倒されていると、先ほどの工場見学に誘ってくださったお店の方が、「よろしければ、生地から選んで、オーダーで手袋を作ることもできますよ」と、提案をしてくださった。私は指が短いため、いつも手袋をすると指の長さが余ってしまって、困っていたので、「オーダーでなくてもいいんですけど、指が短いので、既成の手袋の指だけ、短くしてもらうことはできますか?」と尋ねると、「もちろん、できます。どの手袋にするか選んでいただければ、今から作りますよ」とのお返事。私はすぐに手袋を選んで、手袋をはめた手を、生地の裁断職人さんに見せた。もう、触っただけで、何センチ詰めればいいのかがわかるという。何センチ詰めるかが決まったら、縫製職人さんに短くしてもらう。1本ずつ、短くしてもらって、作業は順調に進んでいたが、10本全部は、時間的に厳しそうだった。帰りの飛行機の時間が迫っていたのだ。後日、同じ色のマフラーと合わせて、送っていただくことにして、慌ただしく手袋のお店を後にすることになった。
1週間ほど経って、手袋のお店から、指を短くした手袋とマフラーが、届いた。実際のお客様のお声を聞けて、励みになりました、という手紙も添えられていて、私の心はとても暖かくなった。こちらこそ、職人さんのお仕事中にも関わらず、工場見学をさせていただいて、感謝の気持ちでいっぱいである。指を短くしてもらった手袋は、私にぴったりで、既成の手袋が合わないな、と悩んでいた私には、かけがえのないものとなった。
それから毎年、冬が来るたびに、その手袋とマフラーを使っている。大切に大切に使ってきたのだが、今年、とうとう穴が空いてしまった。新しく買うか、直してもらうか、なんとかしないといけない。今度は、ライブ目的でなく、手袋のお店に行くために、香川県を訪れたいと思っている。
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