己の愚かさで人の優しさを知る
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:サイ・タクマ(ライティング・ゼミ)
とある居酒屋の椅子の前で、俺の時間は止まっていた。
「……ない」
ファスナーがだらしなく開いたカバン。
手を入れて、何度も確かめる。
やっぱり、ない。
そこにあるべきはずの財布が、ない。
あれだけ楽しかったのに、財布がないという事実1つで天国から地獄へ真っ逆さまだ。
床がパカッと2つに割れて俺は奈落に吸い込まれた。
声にならない悲鳴を上げて虚空を落ちていく。
急降下しているのに、いくら体をまさぐってもパラシュートが開かない。
ヤバイ。絶対にヤバイ。
そもそもパラシュートを忘れてきているかもしれない。
それって凄くピンチじゃないか?!
なんで気が付かなかった?!
ひょっとしてバカなのか?!
一体どこに忘れてきた?!
血の気が引いていくのがわかる。
あとどのくらい地面が迫っているかもわからない。
このまま地面と激突して粉々に散るのか、俺?!
胸の掻痒感。
明日歯医者なんだよな〜、診療代でしょ、診察券でしょ、月初めだから保険証でしょ、
見つからなかったらクレジットカードも止めなきゃいかんのか、再発行って身分証明いるよなあ、あっ免許証、免許証、の再発行って免許センターまで行くんだっけ??
ああダメだ、面倒だ、本当に面倒だ、この胸のわだかまり、堪えられん!!!!
心の中では独白が続くが、口をついて出るのは「ええ~~ま~じ~~……??」「まじでか~~」の2パターンしかない。
「言葉を失う」とはこういうことか。実感。してる場合じゃない。
誰に問うでもなく「まじ」を連呼し、「ないなあ」「ないなあ」とあたりを見回す。
俺は深夜に徘徊する妖怪と化している。妖怪ないなあだ。
事実を知らないままヘラヘラ笑っていたころと、事実を認識してオロオロうろたえながら歩き回っている今と、どっちが幸せだろう?
どっちも幸せじゃない!!
祈るような気持ちで来た道をさかのぼる。
ああ、またやってしまった。ほんとにまたやってしまった。
というのも、財布を落とすのは実は今年に入って2回めなのだ。
前回が6月3日だったからちょうど半年前になる。
その時も、今日みたいにガハハと飲んでお会計し、タクシーを捕まえて連れ立って『ズートピア』を観に行こうとしたときに、カバンの中がスッカスカであることに気づいて愕然とするパターンだった。
お店からタクシーに乗るまで、直線距離にして300メートルでの出来事である。
使っている財布は「なくさないように」長財布で、「落とさないように」カバンの中に入れているはずなのに、ことごとく意味を成していない。
どうやら俺の財布は束縛を嫌う風来坊らしい。
いや、いい歳こいて財布を落とす愚鈍な主人にほとほと嫌気が差しているんだろう。
前回は『ズートピア』1回分の時間をかけて捜索した。
心優しい後輩は文句も言わずに付き合ってくれた。
歩いた場所を端から端、隅から隅まで。
こんなとこにあるはずがない場所まで、あの面影を探して。
山崎まさよしの『One more time, One more chance』は実は財布をなくした人の歌だと思う。
それくらい、切ない歌詞が状況にリンクする。
失ってはじめて大切な存在に気づく。だがそれじゃ遅いのだ。
現実は残酷だ。ハードだ。ああ無常だ。
ひとしきり切なくなったあと、それでもまだ見つからない場合は、切ない気持ちが世の中に対する恨み節に変容する。
一体、俺が何をしたというのか。なんか悪いことしたか?
俺がこんなに冷や汗をかいて絶望しているのに、世の中のやつらはいい気分で酔っ払ってやがる。
人の気も知らんで、へらへらへらへら、いい気なもんだ!
闇に紛れて俺の財布盗んだやつがいるんじゃないか?
俺の財布で悪さを働いてみろ、ただじゃすまさねえぞ……。
こうなるともう被害妄想だ。暗黒面に堕ちた目が濁った光を放つ。
当たり前だが、世のサラリーマンが陽気に酔っ払っているのは彼らが立派に1日の勤労を果たしたからであり、財布を落としていないからであり、財布を落とすようなバータレじゃないからだ。
5分後、ダークサイドに堕ちたところで財布が見つからないことに変わりはないので、神仏に祈りを捧げるようになる。
素直に交番へ行く。
この時のお巡りさんほど輝いて見える職掌の方はいない。
縋る思いで事情を話す。
「サイさんねえ。届いてますよ」
「えっっっまじですか!!!」
「お金もね、入ってます」
「ま~じですか!!!!!!」
神ってる、とはこのことだろう。
心優しいその御方は気高く爽やかに届け出て去っていったと言う。
「名前は言わなくて大丈夫、って。お礼も要らないそうです」
俺の眼前に薫風が吹いた。
か、カッチョよすぎる!!!
前回もそうだ。心の綺麗な女性がそっくりそのまま財布を交番へ届けてくれた。
この国には溜息が出るほど美しい徳を備えた英雄が、本当に沢山いる。
ありがてえ、ありがてえ、財布と掌を合わせてさする。
この圧倒的安堵感。圧倒的感謝……!
人の無私なる優しさに触れて、俺の心は晴れ晴れと澄みわたっていった。
雪解け水が川を流れる。野に咲く花が風に揺れている。
ふと、自分は人に優しくできているのか振り返る。
今日は余裕のない誰かに優しくおおらかに接しただろうか?
心ない態度で人を傷つけることはなかったか?
ああ、俺も財布を見つけたら同じように届けてあげよう。
名乗りもせず小粋に去ろう。
人は己の愚かさを以て人の優しさを知るんだなあ。
財布を拾ってくれた優しい人、財布探しに付き合ってくれた優しい人、これから財布を拾って届ける運命にある人、すべての優しい人にイイことが起こりますように!
乾杯!
***
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