7才VS48才、シビれる話し合いの結末は
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記事:パナ子(ライティング実践教室)
「で? いつだったら行っていいの?」
7才の息子は自分の学習机のところからわざわざ外して持ってきたディズニーのデカい壁掛けカレンダーとペンを持参していた。彼の覚悟を表していた。
今まさに戦いの火蓋が切られようとしている。
これは息子7才と、息子をこよなく愛す父48才の戦いの記録である。
この問題を説明するには約1年前、2022年の4月に話はさかのぼる。
これといった大きな理由もなく不登校に陥った新一年生の息子は、家族との話し合いのもと、フリースクールに身を置くことにし、6月の半ばには入校手続きを済ませた。
少人数でアットホームな環境に徐々に慣れて楽しそうに通っていた。
しかし冬を迎える頃、その日々は終わりを迎えようとしていた。
「やはり、公立の小学校に」の思いがどうしても消えない夫からの提案で、小学校復帰をすることになったのだ。
3学期が始まって間もなく、張り切る夫とあまり乗り気ではない息子の登校チャレンジは始まった。
最初は、1日のうち1時間だけ出られそうな授業に出てみる、ということから始めた。それがクリア出来たら次は2時間、3時間……給食を食べてみるというように学校での滞在時間を増やしていった。真面目で頑固な分、責任感は人一倍強い夫はパソコンを持ち込み学校で仕事をして、朝の登校から下校まで完全に息子に付き合った。時間割を見て持ち物をチェックしたり、息子が弱音を吐いた時はとことん受け止めたりと夫はエネルギーの全てを息子に注いだ。
それが功を奏したのだろう。緊張感が拭えず固い表情だった息子も、いつでもお父さんが一緒にいるという大きな安心感から次第に柔らかい表情になっていき、よく笑うようになった。小学校でお友達もでき、家で名前が挙がることもあった。1年の3学期が終わろうとしていた。
4月になり息子は無事2年生に進級した。学校生活全体に慣れてきた息子は登下校だけは父と一緒で、教室で一人で過ごすこともできるようになってきた。もうこれで大丈夫かな、と夫婦で思い始めていた矢先、息子からある一つの主張が飛び出した。
「おれ、1回フリースクールに行きたい」
ドキッとした。どれくらいの熱量で言っているのか。慣れ親しんだフリースクールに行く事でまた戻りたいということにならないだろうか。
家族で夕飯を食べている時の息子のこの発言で、夫の箸は一瞬止まった。
「あぁ……その話なぁ……。長くなるかもしれないから、あとで改めて話そう」
いつかその話になるかもしれないと思ってはいたのだろう。夫の歯切れは悪かった。
全ての準備が整い、夫、息子、私はリビングのテーブルについた。今回の話し合いで一つだけ決めていたことがあった。それは口出しをしないと言う事だった。
今日は登校チャレンジを2人で頑張ってきた息子と父の話し合いだ。私までもが口を挟むことで息子が置いてきぼりになる懸念もあるし、とにかく今日は2人が話すのを黙って見守る、そう心に誓った。
「で? いつだったら行っていいの?」
「まず、そのカレンダーはこっちに置いておこうか」
夫も譲る気はないのはよくわかった。
「なんでフリースクールに行きたいと思ったの?」
「友達に会いたい。あとお部屋を改装したらしいから、それを見にいきたい」
すごくまともな理由だった。息子は半ば強制的に小学校にチャレンジしだした。会えないままのお友達の顔も見たいだろうし、自分が学んでいた場所の変化もその目で確かめたいだろう。
「じゃあ、小学校から帰ってきたらお父さんと行こうか?」
「それじゃ意味がないんだよ。フリースクールは14時に終わったらみんな帰っちゃう。小学校終わってからじゃ間に合わないんだよ」
「なるほどな~……」
形勢が不利になったと判断した夫は話の方向を変えた。
「今頑張って小学校に行って毎日授業を受けてるよね。それが途切れて内容がわからなくなるのがお父さん嫌なんだ」
受験生でもあるまいし、たかが1日行かなかったくらいで小学2年生の授業についていけなくなるとは夫だって思っていないのだろうが、なんとかして登校を継続させたいという気持ちはわかった。きっと夫は不安なのだ。仕事の都合をなんとかつけて頑張って登校してきたこの日々が一日のスクールで全て裏返ってしまうことが。
そんな気持ちを知ってか知らずか息子も強気で切り返してきた。
「1日小学校行かなかったくらいで勉強についていけないなんてないよ。ぼく小学校ずっとお休みしていたけど、今の勉強ちゃんとわかるよ。心配ないよ」
中立のような顔をして座っていたが私は断然息子を応援していた。それはフリースクールの校長や月イチで通っていたカウンセリングの臨床心理士の言葉が刺さったからだ。
「何かを決断するときは必ず子供の意思を尊重してください」
決断させられた何かを失敗した時、人は必ず他責思考に陥るという。小学校への登校チャレンジは息子の意思から始まったものではなかった。しかし今、これだけ熱い思いで主張している息子の言葉は是非受け入れてあげたい。大袈裟ではなく、このフリースクールの一日がもしかしたら今後の人生に大きく関わってくるかもしれない。
両投手が譲らず延長戦に入った野球の試合をスタンドで見守るように、私は固唾を飲んでこの戦いの行方を見守った。
頑固で真面目な夫がこれしきの事で折れるわけもなく、まだ話し合いは続いた。
「昨年の今頃を思い出してごらん。○○は学校に行くのが嫌で毎日泣いてたよね?」
「え? そうだっけ?」笑いながらとぼけるという球種も持ち合わせている息子。
「でも最近じゃお友達もできて、元気に学校に行けるようになったよね。すごいことだよ」
「うん、そうだね。おれは学校に行けるようになったね」
「お父さんはあの時一つの避難場所としてフリースクールを提示したんだ。でも行けるようになった今、軽い気持ちでフリースクールに行くことがどうしてもズル休みのように感じてしまうんだ」
「一日フリースクールに行ったからってもう学校に行きたくないとはならないよ。おれはもう大丈夫だから。ちょこっと見にいくのじゃ意味がないんだ。綺麗になった部屋で友達と一日過ごしたいんだ」
最後にこう畳み掛けた時、ふいに夫から笑みがこぼれた。
「あはは! そっか、よくわかった! よし、一日フリースクールに行こう!」
息子が勝利を掴んだ瞬間だった。
負けた投手のさわやかな笑みは、自分の力を出し切ったうえで相手の力が上回ったことを意味していた。これにより勝ち投手になった息子の喜びは一層増した。
「やったー! おれフリースクールに行ってくる!!」
絵に描いたような万歳で両手を天井に突き上げ、はち切れんばかりの笑顔をふりまいた。
親は子供を見守り、導かねばならないと思うあまりに行き過ぎてしまう場合もあるだろう。何かを決定していく時、そこに子供の意思が存分に反映されているか。親であることに驕らず謙虚な気持ちを持ち続けていたい。
そして今日の二人の戦いを私は忘れることはないだろう。
***
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