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あるものを身につけたら、人の優しさに胸がいっぱいになった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
もし身近な人が身体障害者と知ったとき、あなたはどういう行動をとるだろう。
積極的に関わろうとするか。それとも、できるだけ避けようとするか。
以前の私なら確実に後者だった。
しかし自身に持病があることがわかり、のちに身体障害者という判定を受けてからは、障害者の方との関わりが増えてきた。
ちなみに私は視覚障害者である。少しずつ視野が欠けていく「網膜色素変性症」(もうまくしきそ へんせいしょう)という難病を患っている。
 
30代までは見えづらいことを感じつつも、車の運転も辛うじてしていたし、深夜残業で多少無理をしてもなんとか乗り越えられてきた。
しかし40代手前になるにつれガクンと体力が落ち、それと共に見えない範囲が増えてきた。自分ではちゃんと見えているつもりだが、置いたはずの消しゴムを見つけられず、また、フロアに落としたクリップや定規にも気づかず、同僚に拾ってもらうことが増えたのである。
 
これは進行が進んでいるな、と思った矢先に大学病院の先生から言われた。
「田盛さん。障害者の申請、そろそろしてもいいかもしれませんね」
「あ、やっぱりそうですか……」
とうとう来たか、と思った。
必要な書類を書いてもらい地下鉄で帰る途中、右斜め前方から早足で来た女性にぶつかった。
「もう! ちゃんと前見て歩きなさいよ!!」
「すみません……」
前は見て歩いていたのだ、ちゃんと。でも、その方向は私からは一番見えない視野なのだ。
「はぁ、今後ずっとこんな思いするのいやだなぁ」と深いため息が出て、自宅が遠く感じた。
 
後日、障害者手帳を無事受け取り、会社には一応報告しておいた。
どの企業にも「障害者雇用率」が関係している。従業員が43.5人以上いる会社は、障害者を1人以上雇用しないといけないという「障害者雇用促進法」があるからだ。
雇用していない会社はその分ペナルティを支払わなければならない。ちなみに民間企業の法定雇用率は2.3%である。
まだ病院での出来事を引きずり、もやもやと仕事していたある日のこと。会社の人事担当者から電話がかかってきた。Mさんという男性で初めて話す方だった。
「あ、田盛さん? 身体障害者って聞いたんだけど、具体的にどこが大変なの?」
「視覚障害があるんです。健常者より見える範囲が狭かったりして……」
「そっか、それはつらいね。実は僕の友人にも同じ病気で悩んでいる人を知ってる。そうだ! ヘルプマークはちゃんと持ってる? もしなかったらあげるからヒマな時に人事においでよ」
それまで、ずっともやもやとしていた気持ちにすうっと風が入ってきた感じがした。
自然にさらりと私の話を聞いてくれる人は、今まで職場にいなかったからである。
 
ヘルプマークというのは、援助や配慮を必要とする方が周囲に知らせることができるマークのことで、2012年から運用が開始されたものだ。
義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、妊娠初期の方など外見では分からなくても、そのマークをつけておくことで、万が一の時にどう対処して欲しいのかを個別にかつ具体的に書けるものである。
デザインは赤色の下地に白色のプラスマークとハートが記されており、一般的に知られているマタニティマークよりもふた回りくらい大きい。バッグなどにつけるとけっこう目立つ。
 
人事の中でも障害者雇用の担当であるMさんと話してみて、気さくな人柄と温かさにほろっと涙が出そうになった。優しい。初対面なのになぜこんなに優しくしてくれるのだろう。
「何か困ったことがあったら、遠慮なく連絡してきてね。仕事も無理はしなくていいから」
そう言って笑顔でヘルプマークを渡してくれた。
それからというもの、私は出勤用のリュックには必ずヘルプマークをつけている。
不思議なことにつけていると安心なのだ。
 
ある時は、リュックにつけていることに気づいた社員が「それ何のマークだったっけ? 教えてほしい」と聞いてくれた。
またある時は、ヘルプマークを持っている先輩が「田盛さん、それ私も持っているよ。私も難病があるんだよね。どのあたりが大変なの?」と会話が広がり、お互いの理解が深まるということが続いた。それ以来、お互いの体を気遣いながら仕事に取り組むことができている。
 
先日も半日休暇が取れたので、久々にひとりランチをした。
その店は福岡でも魚を使った定食が美味しいと評判で、タイミングを逃すと行列ができるお店である。しかもランチタイムは店内に声が飛び交い、店員さんも引っ張りだこだ。
空席待ちの間、女将さんに「お一人? もう少し待っててね」と声をかけられた。
私はのんびり待つつもりだったが意外と早くお店に入れてもらえた。
すると女将さんが私に素早く言った。
「何かこちらで配慮できることがあれば、遠慮なく言ってね」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。あっ! ヘルプマーク! いつの間に気づいてくれていたのかと胸が熱くなった。リュックを見ている気配を全く感じなかったからだ。
「ありがとうございます! 今は大丈夫です」
カウンター席でリュックを下ろしながら、やっぱりつけてて良かったなと思った。
 
その日、ランチで食べた「銀だらみりん定食」は20年間通い続ける中でどの定食よりも、温かさを感じられて「最高!」と叫びたいほどの味だった。
私もMさんや女将さんみたいに、自然に気遣いができる人間になろう。嬉しくて胸がいっぱいのまま「銀だらみりん定食」を完食した。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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