人生を変えた「ツッコミ」とシドニー留学
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記事:島原 美鳥 (ライティング・ゼミ6月コース)
「君、一体ここに何しに来たの?」
気の毒そうなゼミ仲間の背中、自分の背中の溝を流れる一筋の冷たい汗。
皆さんは、他人から面と向かってこの言葉を言われたことがあるだろうか?
言われた人はその後どうなっていったのだろうか。
この話は、22歳の私がこのツッコミと格闘し、自分の人生を好転させるに至るまでの軌跡である。
それは大学院に入学したての、修士1年の前期課程の講義だった。
確か文化人類学の講義だったのだが、なぜかその教授は講義の後半、いつも学生に一人一人の研究内容や関心のある分野、大学院卒業後の進路に関しての質問をした。
自分が卒業した大学よりもずっとレベルが高い大学の大学院に入学できたことに満足していた私は完全に気が緩んでおり、自分の研究より大学の授業の延長のような講義が楽しくて何となく日々を過ごしていたため、その質問にうまく答えることができなかった。
そして何を思ったか、
「いや~、将来何をしたいかわからないんですよね。英語の教員免許は持ってるんですけど……」
と付け加えた。
そして、返ってきたのが冒頭の、「君、何しにここに来たの?」である。
その後8年くらいたってみれば、かなり真っ当な「ツッコミ」だったわけだが、22歳の甘ちゃんにはかなり痛かった。
君はここにいるべき人間ではない。役立たず。教員免許を持っているのなら、地元に帰って教員でもしていなさい。
そう聞こえたのである。
そのあと自分がどう反応したのかは覚えていないが、帰りの電車で泣き、本屋に寄り、自分の地元の教員採用試験の過去問が売ってあるコーナーに行って、また泣いたのは覚えている。
ここで、大学に行かなくなるパターンもあったのだろうが、その後、夏までは私は大学院には通い続けた。
自分にできることが何かまだあると信じて、2人しかいないフランス語の原書購読のクラスも、溝口健二という映画監督の映画をひたすら見てレポートを書くという授業も楽しんでやった。院生の飲み会でも積極的に交流した。
ただ、下宿先に帰ると、あの言葉を思い出して涙が止まらない。講義も課題もとてもやりがいがあるが、あのツッコミには答えられない。
なぜなら、皆と同じようにリクルートスーツを着て自分を偽るような就活をしたくない、でも教員にはなりたくない、といって決めた大学院への進学だったからだ。
夜な夜な、大学院を辞めた東大の元院生を名乗る人のブログを読む。何度も何度も読んで、心が固まっていった。大学院には運よく合格したものの、逃げの姿勢だった事実と向き合う時が来たのだ。
これからは英語の教員として経済的自立をすることを目標にする。でもその前に自分の中の絶対条件であった留学をしなければどうしても前に進めない。
そして私はシドニーに行くことを決めた。お金がなかったので、2カ月の短期留学である。エージェントをメールのやり取りを何度かして、英語教授資格であるTESOL Certificateを取る8週間のコースに決めた。
中学の時に部活を辞める時以来の「もったいない」という言葉をたくさんもらったが、休学届を出して、その2日後には羽田空港からシドニーに飛んだ。
シドニーには2カ月しかいなかったが、かなり濃い日々だった。
それまで勉強はしていたのになかなか話せなかった英語が、歯車がかみ合ってグルグル回るように自然と出てくるようになった。
シドニーのビーチを毎日散歩するようになって、ずっと嫌いだった夏も楽しいのかもしれないと思えるようになった。
「親友から裏切られたの」
という相談を、1週間くらいの韓国人のクラスメートにされて、何と言っていいかわからず、ホストマザーに相談したこともあった。
模擬授業の準備で毎日が忙しく、人生で一番勉強をした。
そして何より、自分のような人とたくさん出会った。
将来何をしたいのかわからない。でも英語を学んで何かを掴もうとしている人たち。
年齢も国もさまざまで、その人たちとかかわるうちに、自分のものの見方も少しずつ緩んでいくのを感じた。
オーストラリアの10月は春。
奇しくも、かなり過ごしやすい時期に滞在できた。
あのツッコミからたったの4カ月。
まさか自分がオーストラリアにいてTime of my life(メチャクチャ楽しい時間)を過ごすことになるとは想像もできなかった。
もちろん、あの時の悲しい気持ちは忘れられないし、何よりいろんな人の応援や支えがあって進学した大学院を中退することになったので、「中退」の2文字を履歴書に書く度に今でも心が痛む。
でも、あのツッコミがなければ、私は今こうして経済的自立を果たし、英語教師として働きながら、ライティングゼミに参加をする生活をおそらくしていないだろう。
ストレートなツッコミは、時に言われると傷つくこともあるけれど、いったん冷静になってみると、自分が引け目を感じていることや逃げていることに正面から向き合うきっかけを与えてくれる。
「私、一体ここに何しに来たの?」
私はきっとまた、今度は自分で自分にこのツッコミをする時が来るだろう。
でもこのシドニーに至るまでとシドニーでの最高の経験を思い出して、前に進めると思うのだ。
***
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