冬の空に映える赤は、私を二度変えてくれた
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:つたちこ(ライティング・ゼミ)
「これ。これも。……これも、うん、いいや」
1年に1度、年末になると、クローゼットの中をぐるりと見渡して、もう着ない服を処分している。
大抵は、古くなったもの。プチプラでうっかり買ってしまった流行りのもの。気の迷いで買ってしまったけど似合わなかったもの。もう何年も着ていないもの。などなど、「もう着ないなー」とつぶやきながら取り出していく。
それでも結局全部の服を把握できなくて、毎年必ず「これはもう着ない」という服が出てくる。そんなに大量に買っているわけではないのに、謎だ。
そんな取捨選択を繰り返す中、ずっとずっとクローゼットに残り続けている服がある。
ダッフルコートだ。
クラシックな型で、厚手のウールでどっしりとした重みのある、ひざ丈のダッフルコート。
色は落ち着いた赤。
買ったのは、今から20年くらい前になる。
その時生まれた子供が大学生になるくらいの時間が流れている、ということをこの間認識してびっくりしてしまった。
そのコートとは東京郊外にあるデパートで出会った。
とあるブランドのショーウインドウに飾られていたのだ。
「うわあ……」
店の前をたまたま通りかかった私は、目が吸い寄せられて足が止まってしまった。
深い赤色の生地に、黒くて小さな角のような、つるりとしたボタンが並んでいる。
襟からフードへとつながったラインがとても美しかった。
ひき寄せられるままに、思わず店に入って手で触れてしまった。
近くで見ると、生地はヘリンボーンに織ってあって手触りがいい。
なんてきれいな色だろう。
なんて素敵なコートなんだろう。
目が離せなかった。こういうのを一目ぼれというんだろうか。
私は地味な色の服が多い。目立つのは嫌いだった。
赤い服なんて1枚も持ってなかった。むしろ避けて通るような色だ。
しかもひざ丈のダッフルコート。体のほとんどを覆うから面積も多くて、暗い色の多い冬の街では目立つだろう。
でも、どうしても気になる。
コートの前で固まっている私のところに、にこにことお店の人が寄ってくる。
「よかったら、羽織るだけでもいかがですか」
着てみたい。
でもこんな派手な色は地味な私にはきっと似合わない。
でもそれでいい。似合わないことがわかればさっさとあきらめて、そのまま脱いで店を出ればいいのだ。
ごくり、とひとつ飲んでから「お願いします」というと、さっとコートを開いて、私の腕に通してくれる。
ゆっくりと、コートの重さが肩にのる。
全身をしっかりと包み込まれる安心感。
鏡で見ると、赤、といっても思ったより悪目立ちすることもなく、むしろなんだかしっくりきた。もしかして、似合っているんじゃないか……? とうっかり思ってしまった。
お店の人も「とってもお似合いですよ!」と勧めてくる。
わかってます、そのセリフはみんなに言ってますよね!?
でも。でも。
これはもう、完全に欲しくなってしまった。
ちら、と値段を確認すると、当時20代の私の給料から考えたら、結構なお値段だった。
うわーー。うわーー。どうしよう。
ちょっと考えてきます、とお店の人に告げて、いったん店から逃げ出した。近くのチェーン店のカフェに入り、コーヒーを飲みながらもんもんと考える。
冷静になれ、私。
この地味好きな私が「赤」って! あの服に合う服を持っているのか?
よく考えろ、私。
あの値段で、赤のコート。買ってからびびって着なかったらどうする! もったいない!!
私は貧乏性だし、お金もそんなに持っていないし、ものすごく地味好きだった。
いつもの服を思い出しながら、あのコートへの反対意見を頑張って集めてみる。
それなのに、何度も何度も頭の中を赤いコートがよぎる。
あれを着た時の幸せな感情がよみがえる。
だめだ。
やっぱり好きだ。
あのコートを、どうしてもうちに連れて帰りたい。
私は急いでお店に取って返し、赤いダッフルコートをカード払いで手に入れた。
家に迎え入れて、何度も着たり脱いだりしてコートを抱きしめた。
なんという幸福な気持ちだろう。
絶対大事にしよう、と心に決めた。
そのダッフルコートは、予想に反して大活躍した。
渋い赤は、思ったより自分の持っている服との相性も良かったので、冬には毎日のように着る愛用のコートになった。
周りからの評価も意外とよかった。いい色だね、似あうね、と言われると、赤いコートが誇らしくなった。
あんなに目立つのが嫌だと思っていたのに、周りが暗い色でいっぱいの冬の街を、赤いコートで歩くのが楽しかった。
それなのに。
月日は過ぎ、30代も数年超えた私はふと考えた。
この年で、赤いコートってアリだろうか。
20代ならいいけど、30代で赤は、ちょっときつくないかな……。
誰かに言われたわけではない。
私は小心者で変な常識にとらわれるタイプだった。
自分の言葉に制限された私は、その冬からベージュやグレーのコートばかり着るようになった。
だけど、ほかの服は思い切りよく処分しても、赤いダッフルコートだけはどうしても手放せなかった。
ずっとクローゼットの隅に眠らせて、たまに出してはそっと撫でてまた同じ場所にしまっていた。
さらに10年ほど経った。
軽くて暖かい、グレーのダウンコートばかり着るようになってしばらく経つ。
今年になって、にわかにお店や街でダッフルコートをよく見かけるようになった気がする。
あれ、またダッフルコートが流行っているのかな。
でも街で見かけるダッフルコートより、断然うちの子のほうが素敵だな。
……あのコート、久しぶりに着てみる……?
最後に着たのはいつだったっけ……。
いやいやいや、でもやっぱりあの赤い色はなあ……私、もう40代だよ?
でも、あの子をまた着られるいい機会かも。
私の中の、変な理性と感情の戦い。
ある日、グレーのニットに黒いロングスカート、とシンプルでモノトーンだけの服を着てから、思い切って赤いダッフルコートを羽織ってみた。
久しぶりの、この袖を通す感覚。コートの手触りと重み。
鏡を見ると、うす暗い室内で赤いコートは私の顔を明るく照らした気がした。
あれ。なんだか、大丈夫な気がする……!
試しに夫に見せてみた。
「このコート、どうかな」
「お、珍しいコート。買ったの?」
「や、これは、えーと。……20年くらい前に買ったコートなんだけど」
「え!? 20年前!?」
なんて物持ちがいいんだ、でもいいんじゃない? とそこそこ好印象らしい意見をもらったので、ちょっと自信を持ってみる。
休日だったこともあって、思い切ってそのまま出かけてみた。
久しぶりに着たダッフルコートは、最近よく着ているダウンコートに比べたらものすごく重かった。これは肩がこるな。
ああでも、ウールのコートの、このずっしりした感じ、やっぱり好きだな。肩はこるんだけど。
曇り空の冬の街を、赤いコートでずんずん歩いていく。
初めてこのコートを着たころのわくわくする気持ちを思い出す。
いい年した大人だけど。20年前のコートだけど。よく見ると隅っこの生地がこすれて穴が開いていたりするのだけど。
やっぱりこの子が好きだ。深い赤色に黒いとがったボタン、かわいいなあ。
よかった。
ずっと処分しないで、一緒にいてよかった。
ずっと大事にしていて、よかった。
めったに出会えない、こんなに大好きな服を、どうしてずっと着なかったんだろう。
私はいつもこうだ。
誰に言われたわけでもないのに、自分で自分の行動を縛って、やめたりあきらめたりしてしまう。
いいかげん、その自分でかけた呪縛を解こう。
40代で赤いコート着たっていいじゃん。変なおばさんかな? まあいいや、人に迷惑かけるわけじゃない。
重くて肩がこるかな? 肩がこったら、脱いで休憩すればいいや。
好きな服を着て生きよう。なんて、服屋のキャッチコピーみたいだ。でも今ならすごくわかる言葉。
このコートと一緒だった20年、いろいろあって大変だったはずなのに、なんだかあっという間だった。
だから、次の20年もあっという間に過ぎてしまうかもしれない。
つまりよく聞く言葉だけど、人生は短い、ということだ。
自分だけの理由でためらってることがもったいない、と二度も気付かせてくれた。
これからもまだまだよろしくね、とコートにつぶやいてもなにも応えてくれないけれど、20年前と変わらずしっかりと私を包み込んでくれた。
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