彼女はお酒の力を借りないと何もできない《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:櫻井 るみ(プロフェッショナル・ゼミ)
飲み会はチャンスだ。
いろんな意味でチャンスだ。
人はお酒が入ると気が大きくなる。開放的になる。
いつもは言えないことも言えるし、いつもはできないこともできる。
犯罪などの間違った方向に使わなければ、お酒の力を借りて行動するということは大いにありだと思う。
だから、忘年会や新年会などお酒を飲む機会が増えるこの時期は、チャンスなのだ。
私は他人から言いたいこと言って、やりたいことをやってるように見えるようだけれども、実はそうでもない。
『これを言ったら気を悪くするかな……』とドキドキしていたりもするし、『なんであんなことしちゃったんだろう……』と落ち込んだり、逆に『あの時いっとけば良かった・・・・・・』と行動できなかったことを後悔したりもする。
特に、私が好意を持っている人に対してはそうだ。
好意はダダ漏れだけれども、ダダ漏れになっている分、自分の言動にはブレーキがかかる。
要は相手にどう思われるかということが怖いのだ。
嫌われたくないし、できればいい印象を与えたい。
でも、自分の好意が溢れすぎて相手を不快にさせちゃったらどうしよう……と思うと、アクセル全開の行動はできない。
普段思っていることの半分も言えないチキンなのだ、私は。
変なところで内気な私を解放できるチャンス。
それが飲み会だ。
酔った勢い、お酒の席での無礼講、いつもは言えない本当のことを言える最大の機会。
そういえば以前、杉本彩さんが『お酒を飲まないと誘えない』というようなことをテレビで言っていたのを見た。
杉本彩レベルの女性でもそうなのだ。
私なんか何をかいわんや、である。
が、しかし残念ながら、私は飲み会で可愛く振る舞うことはできない。
なぜなら私は飲兵衛の家系に生まれたからだ。
父の家系も母の家系も飲兵衛という飲兵衛のハイブリット。
なので、お酒はそこそこ強いし、顔にも出ない。
サワー1杯で顔を赤らめて「酔っ払っちゃったみた~い」とか絶対言えない。
だって酔ってないし。
だから強いお酒を飲む。
主に日本酒をグイグイ飲む。
そうするとすぐに酔っ払う。
酔っ払ったら、意中の人に『GO!』だ。
GO! GO! がんばれ! 私!
*
あかん。
話しかけられない。
職場の忘年会。
隣の席の彼は、今は背中合わせの彼だ。
この職場の飲み会はあらかじめ幹事がみんなの席を決めてしまう。
最初は驚いたけれども、「どうぞどうぞ」とか譲り合ってる無駄な時間がはぶけるので、この方が楽だなーと思うようになった。
が、席が決められているということは、『この人の近くに座りたい』と思っても、自分の意思でそれはできないということだ。
残念ながら今回の忘年会では、私は彼と同じテーブルにはつけなかった。
背中合わせで違うテーブルになってしまった。
振り向けば彼はいるんだけれど、彼は彼で同じテーブルの人と話しているから、それを遮ってまで話しかけることはできない。
こちらはこちらで私に話を振ってくれる人もいるわけだし。
そもそも毎日隣の席にいて、毎日なんだかんだと面倒を見てもらっているのだから、こんな時ぐらい私から離れたいのではないかと、そう思ってしまう。
これはやっぱり酔った勢いで何とかするしかないね。まずはサワー2杯くらい飲んで、そこから日本酒かな……。
まだまともな頭でこれからの作戦を練る。
今回一緒のテーブルになったのは、同じ営業二課の木田さんと営業一課の北川さん、井出さんだ。
木田さんとは前回の暑気払いの時も同じテーブルになったので、私が飲むことはよく知っている。
「おねえさん、今日は日本酒じゃなくていいんですか?」と最初から聞かれた。
「とりあえず、巨峰サワーでアップします」と返すと、「酒飲みの台詞だ」と笑われた。
木田さんとは仕事上での絡みはほとんどなかったけれど、面白くて話しやすい人だった。
良くも悪くも言葉を選ばない人なので、自分が聞きたいことや言いたいことなどはまっすぐに言ってくる。
そろそろ日本酒を……と思っていたら、すでに木田さんが頼んでくれていた。
そのまま注いでもらい、杯を空ける。
木田さんに返杯をしていると、ふいに聞かれた。
「櫻井さん、4月以降はどうなるんですか?」
あ、きた、と思った。
派遣社員である私の契約は来年の3月まで。
まだ3ヶ月あるが、3ヶ月なんてあっという間である。
4月以降私が継続して働くのかいなくなるのか、販売二課の人間としては多分、気になるところなのだろう。
でも残念ながら、この話にはっきりとした答えは出ていない。
何回か支店長や課長と話しはしたけれども、『今の時点でははっきりとしたことは言えない』という答えに落ち着いてしまっている。
これから来期に向けての人事異動やらがあるので、それがはっきりしないとこちらにも答えは出せないらしい。
「正直なことを言うと、はっきりしてないんですよね。3月一杯までいるのは確実ですけど……」
「そうなんだ。でも、継続してくれってなったらするんでしょ?」
「どうですかねー。その時の状況によってです」
「いっそ、正社員にしてくれって言っちゃえば?」
それまで私達の話を聞いていた井出さんが割りこんできた。
井出さんは定年を来年に控えたベテランの営業アシスタントだ。悪い人ではないけれど、いわゆるお局的な存在。
「正社員にしてくれって言っちゃえばいいじゃない。櫻井さんの人柄や仕事ぶりはみんな見てるんだし、櫻井さんから言えばきっと何かしら考えてくれると思うよ。そんな、その時の状況によって~なんて消極的なこといってないでさ」
軽く説教モードの井出さんは、よく見ると一合とっくりを空けていた。
大分酔っているらしい。
「ソウデスネー」
説教モードの井出さんを軽く流して返事をする。
正社員か……、正社員ね……。
そんなことを考えながら杯を空けていくと、タイミング良く木田さんがまた注いでくれた。
「俺はもう飲めないから、櫻井さん全部飲んでください」と、とっくりも渡される。
考え事をしながらお酒を飲んでいると、程よく酔ってきた。
座も適度に盛り上がっていて、席を移動したりしている人もいる。
あ、これチャンス! 今なら話しかけられる!
大丈夫、充分酔っ払ってる。
今なら行ける!
さあ行け! 行くんだ!!
酔っ払ってる頭で自分に叱咤激励。
背中合わせに座る彼をツンツンと突く。
振り向く彼。
「高林さん、高林さん。さっき井出さんにね『正社員になっちゃったら?』って言われたんだけど、私、正社員になった方がいい?」
「なったほうがいいです」
即答で答えてまた前に向き直る彼。
え? 即答? 即答で「なったほうがいいです」って何それ?
もしかして、もっと私と一緒にいたいとか思ってくれてる?
もっと話をしたいのに、彼はまた同じテーブルの人と話し込んでしまっている。
話しかけるチャンスを失った私も前に向き直る。
その後はただひたすらにお酒を飲んだ。
飲みながら彼に話しかけるチャンスをうかがっていた。
チャンスと見れば、彼の背中をツンツンつついて、話しかけていた。
「高林さん、高林さん」
「ねぇねぇ、高林さん」
私が彼の隣に席を移れば良かったのかも知れないし、彼に「こっち来てくださいよ」って言えば良かったのかもしれない。それこそ酔った勢いで。
だけど、私達はお互いに自分の席から動かず、つついては振り向かせ、二言三言でまた前に向き直るという攻防を続けていた。
何コレ、楽しい。
もっとじっくりしゃべりたいという欲はあったけれども、ツンツンつついて彼を振り向かせることが楽しくなってきてしまった。
酔いがまわるにつれて、どさくさに紛れて彼の肩に触れたり、お猪口を渡して乾杯することもできた。
そうこうしているうちにお開きの時間になってしまった。
みんなそれぞれに帰り支度を始めたり、トイレに行ったり、二次会はどこへ行くかと話をしていたり、ばらばらに行動していた。
私も、支店長や課長、いろいろとフォローしてもらった同僚に今年一年のお礼とご挨拶をしてから、外に出た。
彼はまだ外にいた。外でみんなと話をしていた。
彼には一番最後にお礼を言おうを決めていた。
「高林さん。今年はお世話になりました。ありがとうございました」
「何ですか? 急に」
「いやだって高林さんには一番迷惑かけて、一番お世話になったから……」
「それは櫻井さんの仕事の性質上しょうがないでしょ」
「そうですけどね……」
飲み会の後というのは、何でこう、その場から離れがたい雰囲気になるんだろう。
もう少しだけ、彼と話をしたくなった。
「なんかね、この会社のこの雰囲気が好き過ぎて泣けてきます。こういうところいいよなーって……。いつまでいられるか分からないけど」
「いたいだけいればいいじゃないですか。櫻井さん次第でしょ。……いてくれた方が、俺は嬉しいし」
思わず彼の顔を見る。
「え? 今、何か言いました? 言いましたよね? もう一回言ってください」
「一回しか言いません。大事なことを聞き逃す方が悪いんです」
「そこを何とか!」
「ダメダメ。はいもう、俺帰りますよ。お疲れ様です。明日、休んだらダメですからね」
*
次の日。
「おはようございまーす」
「ああ、おはようございます」
何事もなかったかのように挨拶をする彼。
昨日のことなんて忘れてしまったかのように。
昨日の発言の真意を聞きたかったんだけどな……。
特に意味はないのかもしれない。『戦力』という意味でいてくれれば助かるという意味だったのかもしれない。
でも、もしかしたら。
もしかしたら、彼も酔った勢いで出た本音の言葉……って思っちゃダメかな。
まあいいや。
また飲み会はあるだろうから、その時聞こう。
今度はいつになるだろう? 3月かな、やっぱり。
その時はもっと作戦を練って、まずは飲み会でも彼の隣の席をキープするところから始めよう。
酔うなら彼の隣で、だ。
***
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