まんまとその手にはまりたい
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:うらん(ライティング・ゼミ)
エンドロールが終盤にさしかかると、うるんでいた目から涙が一気に溢れそうになった。
辺りからは、鼻水をすする音がする。
泣いたらだめだ。マスカラが落ちるじゃないか。
私は、必死で涙をこらえた。
私は、映画『この世界の片隅に』を観ていた。
私が泣いたのは、作品の内容に感動したからではない。
いや、もちろん映画そのものもよかったのだけれど、私が胸を熱くしたのは、エンドロールに次々と流れる名前に、である。
この映画は、制作するにあたりネットで資金を募るクラウドファンディングを実施している。その支援者たち一人ひとりの名前が、エンンドロールに流れたのだった。
次々と流れていく名前のリスト。
すごいなぁ。この人たちみんなの力で、この映画は出来上がったんだなぁ。
この先どう転ぶか分からないものに、ただそれがプロジェクトになることだけを期待して出資するとは。
なんて熱い人たちなんだ。
それぞれの人の思いは違うのだろうけど、この作品を応援する気持ちは一緒だ。その「思い」がこうして実現している。
よかったわねぇ。
評判を聞いて、今ごろのこのことこの映画を観にきている私とは大違いだ。
うらやましい。私も一緒に参加して、その熱い思いを分かち合いたかった。
みんなで作ったのね、この映画。
そんなことを考えているうちに、ジンときてしまったのだ。
正確にいうと、クラウドファンディングで制作費を調達したのではない。クラウドファンディングで資金を集めたのは、パイロット・フィルムを作るためである。
クラウドファンディングで話題を作って映画への出資企業を募り、それで映画制作委員会を組成する。そこから先は、通常の映画制作と同じだ。
クラウドファンディングの目的を、映画制作の資金調達ではなくて、パブリシティ、つまり「知ってもらうこと」においている。
そのパイロット・フィルムはとてもインパクトのあるものに仕上がって、たった5分のものであったけど、それが功を奏して多くの支持者を生んだという。
そりゃそうよねぇ。ぴらぴらっと紙の企画書を数枚見せられて、それで出資してくれとお願いされても、打診された側は判断しづらいもの。
クラウドファンディングって、興味深い。
株式のように、配当や、それそのものを保持することの資産価値を求めて出資しているのではない。
対象のものがプロジェクトになることを期待して、出資している。見返りは、あってもなくてもいいというケースすらあるくらいだ。
それだけ、熱い思いが込められている。
ただの出資者ではなくて、応援する人になっている。
それだけに、思い描くプロジェクトになることを願う気持ちは強い。
だからこそ、支援者に「ぼったくり!」と思われないよう、その熱い思いに応えるよう、この映画の制作者側は、とても一生懸命になっている。
この映画は、数少ない映画館で公開スタートしたのだが、熱烈な賛辞や感動の声がSNSで拡散して、週を追うごとに上映館の数も入場者数も興収も増している。
ああ、これもそうなのか。
最近は、『シンゴジラ』をはじめ、SNSで話題になり評判が広がっていくというパターンが増えている。
今は情報にあふれている時代だ。あまりにも情報の数が多くて、どれをチョイスすればいいのか迷ってしまう。
これまでは、「SNSで絶賛」というのを決め手の拠り所としていたのだけれど、それすら増えてきたとあっては、何を頼りにしたらいいのかと途方にくれてしまう。
そんななかで、クラウドファンディングという、支援者の熱い思いからスタートしたこの映画の評判には、「確かだぞ」と感じさせるものがある。
映画館を出てからも、頭のなかは映画の余韻がいつまでも残っていた。
それにしても、この感じ、なんだか最近味わっているような……。
妙に既体験感がある。
映画のあと、遅いランチをとりながらも、まだ映画のことを考えていた。
資金を集めたのは、映画製作費にするためではなくて、パブリシティが目的だったなんて。
頭いいよなぁ。
「頭いいよな」などという単純な感想しか出てこないところが、既に頭が悪いのだけれど。
誰かも言っていたし。「なければ頭をつかえばいい」って。
確か、羊羹で有名な「小ざさ」の……。
あ。そうか。映画館を出たあとに「何かに似ている」と感じていた、その「何か」が分かった。
「天狼院書店」だ。
天狼院書店は、映画を作ったこともあるけれど、基本的には映画制作会社ではない。
でも、映画を観たあとの「何だか最近味わっている感じ」は、天狼院書店にあったのだと合点がいった。
私は、天狼院書店のライティング・ゼミに参加している。
天狼院書店は、このライティング・ゼミ以外にも、フォト・ゼミや、小説家養成ゼミ、マーケティング・ゼミといった、いくつかの企画がある。
単発のものも含めれば、相当数になるだろう。
カルチャーセンターやスクール等でも、数多くの講座が開かれている。
天狼院書店のゼミも、タイトルだけでみれば、それらの講座と似たりよったりのようなものかもしれない。
だが、天狼院書店のものは、何かが違う。
簡単に表現してしまうと、「天狼院書店に参加している感じ」が持てるのだ。
カルチャーセンター等の講座は、受講する側が受動的な心構えでいるように思う。
組織の規模が大きければ大きいほど、講座内容にもバラつきがあり、ときに「この金額でこの内容かよ」といった、ぼったくり感を感じるものもある。
講座を紹介する内容と実際のものとのギャップを多少感じても、受け身で受講しているせいか、まぁこんなものだろうと、その違和感を流してしまいがちだ。
そもそもの期待値もあまり高くないのか、誇大広告だと怒ることもなく、騙されたと舌うちすることもなく、講座が終われば次第に記憶も薄れていく。
その代わり、そのカルチャーセンターやスクールには、何の親近感も愛着も感じない。
ところが、天狼院書店の企画には、なぜか能動的に参加してしまうのだ。
そう。私自身いま気付いたのだが、カルチャーセンター等の講座には「受講する」という言葉を無意識に使っているのに対し、天狼院書店のそれには「参加する」という言葉を使っている。意識していないところで、カルチャーセンター等は受講、天狼院書店は参加、の気持ちが働いているのだろう。
そして、どれも「ハズレ」感がまるでないのだ。
店主の三浦さんが、ストーリーをもってそれぞれの企画を紹介するものだから、どれもこれも「参加しなければ、損! 損! 損!」と思ってしまう。
だからといって、それが誇大広告であったためしがない。紹介どおり、いや、それ以上の内容だ。騙されたどころか、「騙されたい!」気持ちになる。
「そうきたか。やられたな。参ったな」と、思わずニマニマしてしまうのだ。
そして、カルチャーセンター等と違って、天狼院書店に愛着を感じ、天狼院書店のことを応援している自分がいるのを感じる。
それは私だけではないはずだ。天狼院書店のお客さんは皆、天狼院書店の応援団なのだと思う。
だから、天狼院書店のお客さんは、自分たちも天狼院書店を作っているメンバーの一員のように感じている。
友人知人に、「これこれこういうカルチャーセンターがあってね……」などと話したくなったことはないが、天狼院書店のことは話したくなる。自分の言葉で語りたくなる。
それは、天狼院書店に親しみを感じているから。応援する気持ちがあるからだ。
今度はどんな企画を提示してくるのだろうと、いつもわくわくして待っている。
そして、私を誘い込んでほしい、その手にまんまとのせてほしいと期待してしまうのだ。
『この世界の片隅に』は、それを応援する人たちがいたように、また、そのみんなの力で作り上げた映画だったように、天狼院書店にも応援団がいて、また、お客さんがお店を作る要員となっている。
そして、映画を観た人が、その感動を自分の言葉で語るように、天狼院書店に関わった人は、それを人に伝えたくなる。
「なければ頭をつかえ」
三浦さんは、銀行に融資をお願いするとき、紙の事業計画書を数枚みせた。
でも、それはただの計画書ではない。そこにストーリーを持たせたのだった。
それは、天狼院書店にとってのパイロット・フィルムだったのだろう。
天狼院書店がストーリーを持たせているのは、事業計画書ばかりではない。
売っている本の背景にも、ゼミや部活などの企画にも、その周りにはストーリーがある。それは話題にもなるし、なによりお客さんがそのストーリーを楽しんでいる。
天狼院書店のストーリーの罠にかかることが、もはや私には快感になっているのだ。
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