福袋を買う人は、もれなく阿呆である。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)
「ほら、急いで急いで! 早く!」
娘の手を引き、先を急いだ。早く行かないと、売り切れてしまうからだ。
すれ違う人たちが皆、カラフルな大きい袋を手にしているのを見て、焦る。もうなくなってしまったのではないだろうか、そう思いながらエスカレーターに乗る。
ようやくたどり着くと、そこには残り数個になった袋が寂しげに置いてあった。「もうすぐ完売となりまーす! お急ぎくださーい!」と叫ぶお姉さんの声に急かされるように手を伸ばし、サイズを確認する。
目当てのものを確保できたことにホッとしてレジに並ぶと、手をつないでいる娘がつまらなさそうにしていた。ごめんね、後でアイス買うからね、となだめ、私たちはお会計を待ったのだった。
「えっ、何か買ったの?」
初売りの時の話をすると、同僚は驚いたように尋ねた。
「子どものものだけですかね。すぐにサイズアウトしちゃうこと考えると、そこで買う方が良いかなって」
私がそう言うと、同僚はうーん、と唸った後に言った。
「だからって言って、いいものは入ってねーだろーよ。
そんなもんじゃない? 福袋なんて。福は入ってないけど福袋、っていうだけだろ」
その指摘には一理ある。答えられない私に、笑いながら彼は言った。
「福ちゃん、あんなん買って騙されちゃあダメだよ。福袋買うのはみんなもれなく阿呆でしょ。だって、売る側に利益があるように出来てんだから、良いものが入ってるわけ無いじゃんか」
そうか、私は阿呆なのか。そう思いながら、同僚にそうですねえ、とへらりと笑いかけて、私は席を立った。
12月に入ると、途端にネットや店舗でとある文字を目にするようになる。
それが「福袋」だ。最近では「Happy Bag」、「Limited Box」などとも言う。
毎年、その時期になると私はワクワクして、今年は一体何の福袋を買おうかと考える。まず、昨年の福袋の人気情報をネットでリサーチして、ここのお店のが良さそうだ、とあたりをつける。そして、福袋の予約販売の日を待つのだ。
人気があるお店のものは即完売なので、通信状況が良くないと予約できないことはままある。そうなった場合、子どもが小さい私は、早朝から何時間も並ぶことは不可能だ。さらに店舗での予約が出来ない場合は残念だが、諦めることになる。そうならないよう、本当に欲しい福袋はスマホにかじりつき、販売開始時間をジリジリと待ったのだった。
けれど、子供服などは当日販売も割と数があり、尚且つ私の居住地は田舎のため、開店時に行けば買うことができる。なので、開店と同時に初売りに行き、子供服を買う……ここ数年はそれが私の恒例行事になっていた。
「福袋を買うのはみんなもれなく阿呆」と言われてしまった阿呆な私だが、それなりに買う理由もあった。
まず、子ども服は絶対買って損はしないと思う。特に、子どもが保育園に入っている間は。なぜなら、先ほど同僚に言った中にもあったが、子ども服はすぐにサイズアウトするからだ。しっかりした生地で縫製のよいものを買っても、どうせ翌年には着られない。
しかもすぐご飯だらけ、泥だらけ、穴が空くのコンボで帰ってくる。保育園に置いておくための着替えも必要であり、服は何枚あっても足りないくらいだった。
この場合、安くて何枚か入っている福袋は、まさにぴったりである。上着も入っているのでちょうど良い。最近は中身が見えるものが多く、お得感が強かった。
また、「このお店で販売しているものなら、変なものは入っていないだろう」という根拠がある場合も買っていた。、私はインテリア系の福袋を毎年買っていたのだが、これはそのお店に対しての信頼感があったからだ。実際、毎年鍋やマグカップなどの素敵なものが入っており、用途に困ることはなかった。
では、なぜ福袋を買うのは阿呆、と言われてしまうのか。
そう考えると、ふと思い出す光景があった。
私は小学生の頃、新年になると毎年両親に連れられてデパートに行っていた。そのデパートではオリジナルの福袋が販売しており、それぞれ袋ごとに中身が異なり、当たりには電化製品などが入っている、ということだった。
その福袋を両親は毎年「運試し」と称して購入していたが、中身は散々たるものだった。なんのアニメのものかわからない貯金箱、変な絵のカレンダー……そんなものばかりが入っていた。今にして思えばまさに、「店頭での売れ残りの詰め合わせ」といった内容であり、開ける度に私と妹はガッカリしていた。
私が小学校の高学年になる頃には、「買ってもどうせいいものなんて入ってないんだから、やめなよ」と両親に言っていた。その時、確かに私も思っていた。福袋なんて、買っても損をするだけだと。ぼったくりのようなもので、お金を出すだけ無駄だと。
そのことを思い出すと、同僚がそう言う理由がわかる気がした。
また、ビジネス的な面に私はあまり明るくないが、確かに「売る側に利益があまりにも薄い」ものを、個数限定とはいえ、ある程度の数以上販売するということはあり得ないのではないだろうか。
そうなると身もふたもない話なのだが、福袋の中身は「お得に見えても、実は値段相応」なのではないだろうか、と思う。洋服はよく言われているが、確かに生地が少し薄手だったり、ほつれやすかったりという面はあるかもしれない。そんな風に、どこかしらでのマイナス面はあるのだろう。
そこまで考えて、おや、と気がついた。
そんな風に思っていて、分かっているのに、それでも福袋を買うのはなぜなのだろう。自分でも不思議だ。
そもそも、子どもの頃の経験から、福袋を買うことは一度やめたはずなのに、またいつの間に私は買うことを再開したのだろうか。
「子ども服の福袋、買ったよー」
妹から電話を受けたのは数年前の年明けだった。
私は素直にありがとう、と喜べなかった。福袋なんてロクなものがないんじゃないの、という私に妹と母は「そんなことないよー、かわいいよ」と、生まれたばかりの娘へ、と服を送ってきた。
着なかったら無駄になるな……そう思いながら、渋々袋を開けた私は驚いた。この値段でこの量、しかもデザインもそこそこに可愛い。
私の福袋の概念が変わった瞬間だった。
それから、私は福袋を買い続けている。
けれどそれは、家計のためでもなく、子どものためでもなく、どちらかというと自己満足なのだろうと思う。
福袋とは、自分で自分に買うプレゼントのようだ。人からもらうプレゼントは、中身がわからないから、開けるまでワクワクする。この人は私に何を贈ってくれたのだろう、と。それと同じで、何が入っているかわからず、開けるまでワクワクする。私はそれが堪らなく好きなのだ。
どんなものが入っているのだろう、そう想像して夢を見ることは、楽しい。その夢を、一瞬の非日常を、私は買っているのだと思う。
単に、中身に対して利益があるから、という人ももちろん多いと思うけれど、私と同じような人も多少はいるのではないだろうか。
お正月は、イベントだ。一年に一度の大きな、祭りのようなものだ。
私はただ、販売側から用意されている福袋という踊りに乗せられ、踊らされているだけかもしれない。
いや、多分、そうなのだ。
けれど、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」というように、踊っているのは悪くない。開ける時のワクワク感は、側で見ているだけでは味わえないのだ。
ただ、小心者な私は、結局のところあれこれ調べても、毎年同じお店のものしか購入しないのだった。
そんな私も、今年の福袋は1つ、冒険をした。
何が入っているか全く読めない、まさにブラックボックス。損をしないという保証は、店員さんの言葉を信じるのみだった。清水の舞台から飛び降りるほどではないが、階段の一番上から飛び降りるくらいの勇気を要する賭けだった。
家族がいる身では、1万円は決して安くはないのだ。
それでも賭けてみよう、そう思ったのは限定数個だったからだった。これも戦略なのだろうと思うと、してやられた、という気持ちと同時に、中身に対するワクワクが止まらない。それに後押しされるように、気がついたらボタンを押していた。
開いていたページは「天狼院の福袋2017、通信販売開始しました」。
一体何が届くのだろうと、ニヤニヤと笑みがこぼれる。
どうやら私は相当の阿呆らしいな、と自分でも呆れながら、2017年がまた1つ心待ちになったのだった。
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